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読書感想文『僕僕先生』を読んで


※ネタバレあり

 私は歴史ものの物語が好きで、特に世界史、その中でも特に中国が好きです。中国の武術とか、歴史とか、あるいは仙人みたいなのが出てくる面白い話が読みたいなと思っていたら、どストライクの本が見つかりました。そのタイトルが『僕僕先生』。全11巻にのぼる長編シリーズのようです。この本をまず見たときに思ったのが、表紙の絵が可愛い。表紙で本を選ぶだなんて軽薄ですが、親しみやすい絵柄に惹かれて手にとってしまいました。

 物語の舞台は唐、玄宗皇帝の時代です。親の財産をあてにだらだらと暮らしていた青年「王弁」が、何万年という時を生きていながら見た目は美少女という不思議な仙人「僕僕」と出会い、中国各地を旅しながら様々な怪異に遭遇するという歴史ファンタジー小説です。

 作中には玄宗皇帝など実在の人物が登場するほか、町並みや当時の時代背景など詳細な歴史描写が盛り込まれます。ジャンルはファンタジーと取っつきやすいのですが、その文章は格調高く歴史小説好きの私の好みにぴったりです。

 そして何よりキャラクターがこの物語の一番の魅力です。まず、僕僕が可愛い!先述の通り立派な仙人でありながら女の子の姿をしており、その見た目相応に王弁にいたずらをしかけたり、たまにいじけたり、ちょっと色っぽい表情を見せたり、かと思えば仙人然とした深淵な雰囲気を漂わせたり、様々な表情を王弁と読者に見せてくれます。
また僕僕以外にも色んな仙人や妖怪たちが出てくるのですが、誰もが物事を超越した取り澄ました存在という感じではなく、時に酔っぱらったり、夫婦喧嘩をしたりと感情豊かで妙に俗っぽい姿を見せます。このキャラクター達の人間離れした面と人間くささとのミスマッチが面白いのです。特に私は白雲子が好きですね。仙人のくせに騒がしく砕けた態度のおっさんで、口癖のように言う「この白雲子、嫉妬に胸が燃えますわい」が妙に頭に残ります。

 また作中には仙人の不思議な術のほかに、人間の力によって成し遂げられる大事業も壮大に描かれます。物語の後半には、各地を襲う蝗の大量発生に対して宮廷の気骨ある官僚が立ち向かう姿が描かれます。彼は「祭壇を設けて祈りを捧げるべきだ」と天命任せの皇帝や、それに同調する臣下たちを退けて各省全域の田畑の周りで火を燻して蝗を駆除するという大規模な対策を官命をかけて行います。僕僕たちは各地に煙と炎がもうもうと広まってゆく様を雲の上から眺め、もはや人間は仙人の力を必要としないのではないかとすら思います。自然への驚異が今よりずっと大きかった中世において、目に見えないものにすがらず自らの力で困難を乗り越えるという人間の強い意志と努力が表れる一場面です。

 さらにこの物語はファンタジー冒険活劇かと思ったら、意外なことに恋愛要素もかなり強いのです。王弁は美しい姿の僕僕に程なく想いを寄せるようになります。一方僕僕は人の心が読めてしまうためその気持ちをすぐに見抜いてしまいます。しかしそれを拒むでもなく、かといってそれに応じる訳でもなく、「いまキミが思っていることも、天地の摂理だね」と仙人らしい達観した捉え方で、はっきりとした態度を取りません。そして王弁は相手に筒抜けの思いを抱えたまま旅をしていくのです。二人は旅の途中時に近付いたり、かと思ったら師弟として距離を取ったり、時に仲違いをしたり、更には臥所を共にしたりとドキドキさせられる展開が続きます。

 そして物語の終盤、僕僕が天界に帰ってしまうところで彼女は王弁に杏の実を一つ与え「これはボクだ。そしてボクがまたキミのところに帰ってくる目印となるだろう。」「よく育ったものだ。師として嬉しいよ」と言葉をかけます。これは僕僕が師匠として初めて弟子を愛おしむ言葉をはっきりと伝え、同時に慕いあう者同士として切なくも爽やかに別れを告げる言葉でもあります。最後まで本人にはっきりとは言わないものの、僕僕もいつのまにか王弁を強く想うようになっていたのですね。それは師匠として弟子を可愛がることの延長なのでしょうか。それとも王弁の頼りなくも純情なところに親しみを覚えたからでしょうか。いずれにせよ王弁の人柄に深く惹かれていることでしょう。しかし俗世を絶ち無我の境地を目指す仙人が恋をしていいものなのかは疑問に思うところです。その辺りも今後詳しく描かれるのでしょうか。

 物語の最後、僕僕は天界から王弁の元に帰ってきて、そしてまた二人は新たな旅に出るというところでこの巻は終わりとなります。二人で旅を続けるということは、これからも二人の関係は様々な起伏を経ながら続いていくということでしょう。しかし作中では、何万年と寿命があり人を超越した仙人と、ただの人間とが結ばれることはないということが示されます。読者としては王弁も僕僕もとっても魅力があるキャラクターなので幸せになって欲しいと思います。そして想いを抱えながらなかなか積極的になれずいつものらくらと躱されてしまう王弁も応援せずにはいられません。

 これからどんな仙人、仙術が出てくるのか、仙人と人という壁に隔てられた二人の関係はどうなっていくのか、続きがとても楽しみです。実はすでに私の手元には次巻『薄妃の恋』があります。こちらもすぐに感想を書きたいと思います。

仁木英之『僕僕先生』新潮社 2006

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