エターナルアルカディア開発の危機
今日でDC版エターナルアルカディア発売から19周年。折角なので、開発時の思い出を少しだけご紹介いたしましょう。もう随分経ったから、技術的なネタバレも含めて。
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「もうダメだ。全部作り直しだ」
空移動パートのプランナーが投げやりに言う。
「新しい船に乗り換えても、スピード感が全然ない。もっとスピード上げなきゃいけない」
開発は順調に進んでいて、あちこちのパートで作りこみも進んでいた時期のこと。作り直し? まさか。ピントのズレた話に興味のない私は、モニターから目も離さずに聞き返す。
「じゃ、スピード上げれば?」
「島から島への移動時間が短くなっちゃう。そうしたら、設計されているエンカウント率もあげなきゃ想定通りの経験値がたまらない。短い移動距離で敵に遭いまくるようになるんだぜ? ダメだよ。世界自体を広げなきゃいけない」
あー。言いたいことは全部解った。私はめいっぱいウンザリした顔をしていたに違いない。世界を作り直すことにウンザリしていたんじゃなくて、どう説明すべきかにウンザリしていた訳だけど。仕方ない。ひとつひとつ説明するか。
「世界を広げるとすると、世界がスカスカになるよね?」
「わかってるよ。だから、島の3Dモデルを全部大きくしないといけない」
「島と島の間のエリアもスカスカになるでしょ?」
「賑やかしにもっとモノを置かないといけないね」
「世界の配置データを更新して、3Dモデルの大半を作り直して、新規に賑やかしのモノを配置する、と。何か月かかると思う?」
「3ケ月から半年くらいかかるんじゃない」
もしホントにそんな追加作業が発生するなら、とんでもない危機だ。開発計画も販売計画もやり直し。プロジェクトの存続にかかわるほどの大問題。話せば話すほど投げやりになっていくプランナーを前に、ため息をつく。
「で。作り直して、まだスピード感が足りなかったらどうするの?」
「また世界を広げるんだよ!」
そこから延々と続く反省と愚痴。最初からもっとスピード上げて作っておけばよかった、あの時悩んだんだよなぁ、でもこのくらいスピード上げれば大丈夫だと思ったんだよ、なんで俺ばっかこんな目に、etc、etc。
私はまたため息。こんな作り方をしてるから開発に何年もかかるんじゃないか。
「あのな、最初に言っとくけど、世界を作り直す必要なんかない」
「なんでだよ!? それ以外どうしようもないだろ!」
「まぁ落ち着いてよく聞けよ。そもそも、実際のスピードと、スピード感は別物なんだから」
プランナーがキョトンとする。
「え。どういうことだよ」
「プレイヤーが船のスピードを感じるのって、何によってだと思う?」
「島とかが動いて見えるからだろ」
「そう。だけど遠くにある島の動きなんて、船のスピードを少々変えたところでちっとも変わりゃしないんだよ。つまりね、実際のスピードを変えたって、スピード感なんて出ないんだよ」
プランナーの動きが止まる。
「じゃどうするんだよ」
「遠くの物を動かすんじゃなくて、近くの物を動かしてやるんだよ」
「薄い雲を置くやつだろ。薄い雲の中を進めば速度を感じやすい。もう試したよ」
「そう。今は置いてあるだけだよな。それを船の進行方向と逆に動かしてやるとしたら? まるで、いつも向かい風の中にいるかのように」
プランナーの目が丸くなる
「えっ!? そんなことできるの!?」
「できるに決まってるだろう。船の種類に応じて薄い雲を動かす速度を変えればいい。今設定している船のスピードは一切変えない」
「でも…それってズルくね?」
「ズルいとかじゃないんだよ。適切な演出というものだ」
数十分の作業で実装した後、試したプランナーが躍り上がる。
「スピード感すげぇ出たよ!!助かった!!マジすげぇ!!」
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これは、冗談のようなホントの話。作る人間の工夫次第でプレイヤーの体験は大きく変わるし、工数はいくらでも削減できるということ。もし世界を作り直していたら、19年前の今日に発売なんてとてもできていなかったでしょうね。
工夫、工夫、また工夫。モノづくりに携わり続ける限り、この意識は忘れないでいたいものです。