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oasis再結成を歓迎していなかったのに、45歳のキャリア迷子の中年が渡英を決めた理由

イギリスのロックバンド、oasisが再結成するかも、みたいな噂が広がり始めたのが8月のお盆すぎくらいだったと思うのですが、そこからあっという間に再結成が正式に報道され、復活ライブツアーがイギリスで行われると発表されました。

大学1年生の時に一度だけ受けたTOEICのスコアは確か300点位の英語力を誇る僕ですが、チケット争奪戦に無事に勝利し、2025年8月8日、スコットランドのエディンバラ公演に参戦してきます。

でも実は僕、このoasisの再結成はそんなに歓迎していませんでした。ではなぜ、僕がわざわざイギリスまでライブを見に行こうと思ったのか。

そこには、45歳中年の心の叫びがあったからなのです。

oasis再結成を歓迎していなかった理由

最初チケット争奪戦に入った時は31万番目でした。

なぜ僕がoasis再結成を歓迎していなかったのか。それは、僕がoasisの影響をびっしばしに受けてきたからなのです。

僕がoasisに出会ったのは高校3年生の時でした。それまで、J-POPがどうにも好きになれず、周囲の人間関係にいつもイライラしていた童貞の僕は、oasisのロックに衝撃を受け、そこからロックンロールの世界にどハマりしていきます。

ある時、ロック好きの友人がこんな事を言っていました。

ロックは悲しくなくてはいけない

なぜ、ロックは自己主張しなければならないのか。なぜ、ロックに熱狂しなければならないのか。それは、自分たちの現実がクソだからです。ロックが最高なのは、現実がクソだからです。その怒りや絶望をギターに託して叩きつけるのがロックなのだ、と。

なるほど、と思った記憶があります。

そして何かのロックバンドのアルバムのライナーノーツにこんな事が書かれていました。

この曲が鳴っている5分間だけは、自分はスーパースターになれる

これも意図は同じ。ロックが鳴ってるその数分は最高だけど、終わったらクソな現実が待っている。

僕の中でロックとは「終わりを前提とした熱狂」という解釈です。だからロックバンドは解散しなければならないというのが僕の勝手な想い。

oasisの名曲に「Live Forever」という曲があるのですが、

俺とお前は永遠に生きるんだ

こんな歌詞を、なぜか悲痛な声でシャウトするわけですよ。それってつまり、永遠じゃないからじゃないですか。いつか終わるんです。だから永遠を願うのです。ロックは、終わるんです。


そんなわけで、oasisが解散したのは全然ロック的にありだったし、だからこそ再結成は「なんだかなー」と思ってしまいました。全然心踊らなかった。

じゃあ、なぜ僕が再結成ライブに行くのか。しかもわざわざイギリスに。

イギリスであることに意味を感じた

僕の前に一人しかいなくなるところまできました

再結成自体に僕は心踊らなかったのですが、「イギリスでやる」ということに意味を感じて「あ、そうか、イギリス行こうかな」と思ったのです。決めたとかそういう感じはなく、自然にチケット購入をしました(購入までの過程は大変でしたが)。

もし、ワールドツアーみたいなものがドーンと最初から告知され、その中に日本公演があっても特に行こうとは思わなかったと思います。でも、イギリスでoasisを見ることには意味を感じました。

上述した通り、僕は多感な時期にロックミュージックの洗礼を浴び、自分の人生観に大きな影響を受けました。そしてそれは、自分にとってよい変革だったと思っています。oasisに、ロックに出会わなかったら僕の人生はまた違ったものだったと思うし、それは多分あんまりいい感じじゃなかったんじゃないかなと思うのです。

僕は大学3年生の時にイギリスにバックパッカーに行きました。1ヶ月という短い期間でしたが、当時の僕にとっては一大決意だったし、あれを経験したからなのか、それ以降の僕は何か新しいことを始めることについてフットワークが軽くなったと思っています。

当時、僕は色々と悩むことがあってモヤモヤした季節をすごしていました。その時に、oasisのノエルギャラガーのインタビュー記事を本屋で立ち読みして、この一言に衝撃を受けました。

どんなに技術が発展し、人々の生活や価値観が変わっても、今いる世界がクソだと思って、世界中に旅に出る事に憧れるティーンはいなくならない

そうだ、僕も海外に行こう、と唐突に思ったのです。そして海外に行くなら、oasisを産んだイギリスしかない。こうして大学3年生の僕は、初めての海外バックパッカーに旅立つのでした。

ロンドンのヒースロー空港にリュック一つで降り立ち、憧れだったイギリスの空気を吸ってVANSのスニーカーで軽やかに歩き始めた翌日、NYで9.11のテロがありました。第三次世界大戦が始まるといわれ「お前はもう日本に帰れない」と言われました。ロンドンの物価が高く、逃げるように北上し、最終的に僕がたどり着いたのがスコットランドのエディンバラでした。

結局第三次世界大戦は始まらなかったし、僕は日本に帰ることができました。帰国して最初に食べた日本食は和食さとの定食でした。

エディンバラで完結したイギリス一人旅は僕の人生の一つの事件だったと思っています。ここから、僕はいわゆる就職活動などの人生の分岐点に流れ込んでいきます。

Live Forever!!!

キター!!!ついに僕のターン!!!!

そして時が経ち、45歳の僕はここから先の人生をいろいろと思案しています。自分なりに一生懸命もがいている最中で、これから先のキャリアのヒントを掴めそうで空振りするみたいな日々が続いています。

目的地がなければ、人は前に進むことができません。暗闇の中でもがくしかできません。2024年の僕は今、とにかくもがいているわけですが、一年後の2025年8月に、自分の人生に影響を与えたイギリスで、かつてのヒーローの復活劇を目撃することは悪くないアイデアなんじゃないかなと思ったのです。

こういう意味を自分の中で持たせたので、oasisのイギリスツアーもロンドンやoasisの故郷、マンチェスターではなく、エディンバラ公演を選びました。

45歳ですがまだまだ僕は頑張りたいし、永遠に生きたいと願っているわけです。人生に諦めていたら、先に希望を見出していなかったら、oasis見るためにイギリスなんて行きません。

Live Forever!!!と叫べるように、あと1年間頑張ります。

とりあえず、壊滅的な英語を頑張ろうと思っています。

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