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【ビジネスアスリート栄養学】第9回:「脂質の最適バランス」――パフォーマンスと健康を両立する戦略
はじめに
脂肪(脂質)は「エネルギー源」というイメージが強い一方で、細胞膜の構成・臓器の保護・ホルモンの材料・体温維持など、多面的な役割を果たしています。さらに脂肪細胞はホルモン分泌の面でも重要で、健康維持や生活習慣病の予防には「良質な脂質を適量、バランスよく」摂取することが不可欠です。
1. 細胞・組織を支える材料としての脂肪
1-1. 細胞膜とコレステロール
細胞膜はリン脂質の二重層によって構成され、脂肪酸の種類や比率で膜の流動性が変化します。
コレステロールは膜の安定性を高めるほか、ステロイドホルモンの合成原料となるため欠かせない存在です。
1-2. 内臓の保護と衝撃吸収
脂肪は臓器を正しい位置に保ち、外部からの衝撃を和らげるクッションとして機能します。
適度な脂肪組織が体温維持や臓器保護に寄与しますが、過度な蓄積は肥満やメタボリックシンドロームを招くリスクとなります。
2. 脂肪組織の内分泌機能
2-1. レプチン・アディポネクチンなどのホルモン
レプチン: 食欲抑制や代謝調節に関わるホルモン。肥大した脂肪細胞から多く分泌される一方、レプチン抵抗性が進むと肥満を悪化させます。
アディポネクチン: インスリン感受性を高め、血管保護や炎症抑制にも関与する重要なホルモン。肥満が進むと分泌低下が起こりやすいことが問題視されています。
2-2. ステロイドホルモンの材料
コレステロールから副腎皮質ホルモン(コルチゾールなど)や性ホルモン(テストステロン、エストロゲンなど)が作られます。
コレステロール不足や過剰な制限食は、ホルモン産生に悪影響を及ぼす可能性がある点に注意が必要です。
3. 必須脂肪酸とエイコサノイド
3-1. ω3系とω6系の役割
ヒト体内で合成できないリノール酸(ω6系)とα-リノレン酸(ω3系)は必須脂肪酸であり、食物から摂取する必要があります。
どちらもホルモン様物質(エイコサノイド)の材料となりますが、ω6系は炎症や血小板凝集を促しやすく、ω3系は抗炎症作用を示すものが多いとされています。
3-2. 善玉エイコサノイド・悪玉エイコサノイド
リノール酸(ω6系)過剰摂取は炎症や血栓形成を助長する“悪玉エイコサノイド”を増やす要因となり得ます。
EPA・DHA(ω3系)は血液をさらさらにし、抗炎症効果をもたらす“善玉エイコサノイド”を合成しやすいため、青魚やエゴマ油、亜麻仁油などの摂取が推奨されます。
4. 脂肪の消化・吸収とリポタンパク
4-1. 消化と吸収
食事由来の中性脂肪は腸管内でリパーゼ・胆汁酸の働きにより分解され、脂肪酸+モノグリセリドとして小腸上皮細胞に吸収されます。
小腸上皮で再合成された中性脂肪はカイロミクロンに包まれてリンパ・血液へと運ばれ、全身の組織に届けられます。
4-2. リポタンパクの種類と役割
カイロミクロン: 食事由来の中性脂肪を末梢へ運搬。
VLDL: 肝臓由来の中性脂肪を末梢へ輸送。
LDL(低密度リポタンパク): コレステロールを組織へ供給(“悪玉”と俗称され、動脈硬化と深く関連)。
HDL(高密度リポタンパク): 余分なコレステロールを肝臓に回収する(“善玉”と呼ばれる)。
バランスが崩れると脂質異常症や動脈硬化リスクが上昇します。
5. 健康管理と実践的ポイント
5-1. バランスの良い脂質摂取
飽和脂肪酸の過剰摂取はLDLコレステロールの増加リスクがあり、動物性脂肪ばかりの食事は控えめに。
不飽和脂肪酸(特にω3系)を意識して摂取し、青魚やナッツ、植物油(エゴマ油・亜麻仁油など)を日常的に取り入れる。
5-2. 食事・運動・休養の総合的なアプローチ
極端な低脂肪ダイエットは脂溶性ビタミンやホルモン合成に支障をきたすおそれがあるため要注意。
適度な有酸素運動や筋力トレーニングで脂肪酸の利用を促進し、健康的な体組成を維持することが望ましい。
まとめ
脂肪はエネルギー源であるだけでなく、細胞膜の構築、ホルモン合成、炎症や血液凝固の調整、脂溶性ビタミンの吸収促進、体温維持、内臓保護など、多岐にわたる働きを担う必須栄養素です。
一方で、脂質の過剰摂取や偏った摂取は、肥満、脂質異常症、動脈硬化、メタボリックシンドロームなどのリスクを高める原因となります。逆に、極端な低脂肪食はホルモンバランスや脂溶性ビタミン吸収に悪影響を及ぼす可能性があります。したがって、質と量のバランスを考えた脂質摂取と定期的な運動、適度な休養によって、脂肪の多彩な恩恵を最大限に活かすことが健康維持のカギとなります。