
プロテイン摂取と消化器系への影響
1. プロテインの種類による違い
プロテインの種類によって消化される速さや体への影響が異なります。ホエイプロテイン(乳清由来)は水に溶けやすく消化吸収が速いのが特徴で、高品質な必須アミノ酸を豊富に含みます 。一方で乳由来のため乳糖(ラクトース)を含み、乳糖不耐症の人が摂取すると消化できず下痢やガスの原因になることがあります 。乳糖不耐症の多い日本人では、ホエイやカゼインに含まれる乳糖が問題になるケースが多く、ソイプロテイン(大豆由来)は乳糖を含まないため乳製品でお腹を壊しやすい人でも利用しやすいという利点があります 。ホエイでもWPI(ホエイアイソレート)のように乳糖を取り除いた製品であれば比較的症状が出にくく、消化吸収もさらに速まります 。
カゼインプロテイン(乳由来のカゼイン)はゆっくり消化吸収されるタイプで、胃内で凝集してゲル状になり長時間かけて分解・吸収されます 。このため腹持ちが良く就寝前の摂取などに適しますが、消化が遅い分、胃もたれを感じる人もいます。またホエイ同様に乳糖を含むため、乳糖不耐症の人には不向きです 。一部ではカゼインのゆっくりとした消化が便秘傾向のある人(IBSの便秘型など)には合わないという指摘もあります 。
ソイプロテイン(大豆由来)は植物性で乳糖フリーなので乳アレルギーや乳糖不耐症の代替として人気です 。消化吸収速度は比較的ゆるやかで腹持ちが良く、グルタミンやアルギニンなどのアミノ酸を豊富に含むのが特徴です 。大豆は低FODMAP食品とされ、適切に精製された大豆プロテインはIBSの人にも比較的症状を起こしにくいと報告されています 。ただし大豆由来の粉末にはガラクトオリゴ糖(GOS)など一部発酵性の糖質が残りやすく、敏感な人では腹部膨満やガスの原因となる場合があります 。また大豆アレルギーの人は摂取できません。
エンドウ豆プロテイン(ピープロテイン)は近年人気の植物性プロテインで、こちらも乳やグルテンなど主要アレルゲンを含まず比較的低アレルゲンです 。乳成分やグルテンに敏感な人でも消化しやすく、ホエイよりガスや膨満感が少ないと感じる人が多いです 。一方でエンドウ豆由来でも製品によっては難消化性の糖類が残存し、摂り始めにお腹が張ることもあります 。総じて、乳由来プロテインは高速吸収だが乳糖による不耐症リスクがあり、植物性プロテインは乳糖フリーで消化に優しい反面、一部に発酵性の成分が残りガスの原因となる場合があります。自分の体質(乳糖不耐症や食物アレルギーの有無)に合わせて種類を選ぶことが重要です 。
なおアレルギーの観点では、ホエイやカゼインは乳由来のため牛乳アレルギーの人には摂取できません。また大豆アレルギーの人はソイプロテイン不可です。エンドウ豆は主要アレルゲンに該当しないため比較的安心ですが、極めて稀にピーナッツなど他のマメ科アレルギーとの交差反応も報告されています。総じて、乳成分を含むプロテインは乳糖不耐症や乳アレルギーに注意が必要であり、これらに該当する人は大豆やエンドウなど植物性プロテインを検討するとよいでしょう 。
2. 消化吸収のメカニズム
摂取したタンパク質は、消化管内で酵素の働きによりアミノ酸まで分解され、小腸から吸収されます。まず胃では、胃粘膜から分泌される胃酸(塩酸)によって食物中のタンパク質が変性し構造がほどけ、タンパク質分解酵素のペプシンが作用しやすい形になります 。ペプシンは強酸性の環境下でタンパク質をポリペプチド断片にまで切断します 。食物は蠕動運動で攪拌され、胃から半消化状態のキメ(粥状の内容物)となって小腸へ送られます。
十二指腸に達すると、今度は膵臓から分泌される膵液中の酵素が働きます。膵液にはトリプシン、キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼなどのタンパク質分解酵素が含まれ、これらが胃でできたポリペプチドをさらに小さなペプチドやジペプチドまで分解します 。続いて小腸粘膜上皮の刷子縁から分泌されるアミノペプチダーゼなどがオリゴペプチドを個々のアミノ酸にまで分解し、アミノ酸やジペプチド・トリペプチドの形で腸壁細胞に吸収されます 。吸収されたアミノ酸は門脈を経て肝臓へ運ばれ、さらに全身で利用されます 。
要するに、胃では主にペプシンと塩酸、腸では膵酵素と腸粘膜の酵素が段階的に働き、大きなタンパク質を小さなアミノ酸ユニットにまで分解しています 。こうした消化酵素が適切に機能するには、十分な胃酸の分泌(pH低下)や膵臓の健全な働きが必要です。例えば胃酸を抑える薬を常用していたり、高齢や疾患で胃酸・消化酵素分泌が低下していると、タンパク質の消化が遅れ未消化物が増える可能性があります 。また膵炎などで膵酵素が不足するとタンパク質が十分分解されず、栄養吸収障害や下痢を招くことがあります 。プロテイン自体は種類に関わらず最終的にはアミノ酸まで消化・吸収されますが、その消化速度や必要な酵素量は種類により若干異なるといえます。例えばカゼインは胃で凝固するため消化に時間がかかり、ホエイは溶解性が高く比較的速やかに小腸へ送られます 。しかし最終的なアミノ酸への分解経路自体は共通であり、体内では必要に応じて再び組み立て直され筋肉や臓器のタンパク質となります。
3. 過剰摂取による消化器系トラブル
タンパク質の過剰摂取は、消化管に負担をかけ下痢や膨満感などのトラブルを引き起こすことがあります。とくに一度に大量のプロテインを摂った場合や、高タンパク・低食物繊維の食事を続けた場合に顕著です。タンパク質は適量であれば胃や小腸でほぼ消化吸収されますが、容量を超えて過剰に摂取すると未消化のタンパク質やペプチドが小腸を通過して大腸まで届きます 。大腸では腸内細菌がこれら未消化物を分解(タンパク質の発酵)しますが、その際にアンモニア、アミン類、硫化水素など刺激性のあるガスや老廃物が発生します 。これらが腸粘膜を刺激すると、水分の再吸収が阻害されて下痢を引き起こしたり、腸管の透過性が増して炎症を誘発することがあります 。実際、動物実験では高タンパク食が大腸の粘液層を薄くし腸炎を悪化させたとの報告もあり 、極端な過剰摂取は腸内環境の乱れに繋がる可能性があります。
またプロテインの種類や添加物によっても症状が出るメカニズムがあります。乳糖不耐症の人がホエイプロテイン(WPCなど乳糖含有)を大量に摂取すると、消化できない乳糖が小腸に溜まり浸透圧で水分を引き込み下痢を起こしやすくなります 。実際「高タンパク+乳製品中心の食事で下痢になった」というケースは、乳糖や脂肪分の摂り過ぎ、そして食物繊維不足が重なることが一因です 。米国の医療サイトでも「乳製品や加工食品由来のタンパク質を摂り過ぎて食物繊維が不足すると下痢を起こす。この傾向は乳糖不耐症の人で顕著だ」と指摘されています 。つまり乳糖や人工甘味料の過剰摂取も下痢の原因となりえます。
膨満感やガス(いわゆるプロテインによるおなら)も過剰摂取でよく聞かれる症状です。高タンパク食を始めたばかりの頃や、一度に大量のプロテインを摂取した場合、腸内での発酵が一時的に活発化しガス産生が増えることがあります 。特にホエイやカゼインなど乳由来プロテインには微量の乳糖が含まれるため、普段は乳製品で問題のない人でも大量に摂ればガスが増える可能性があります 。さらにプロテイン製品にソルビトールなどの糖アルコール系甘味料や増粘剤が添加されている場合、これらは小腸で吸収されにくく大腸で発酵してガスや腹部膨満の原因になります 。植物性プロテインも、それ自体は乳糖フリーであっても原料由来の難消化性糖(豆類のオリゴ糖など)によっておならが増えることがあります 。ガスそのものは生理現象であり過剰なタンパク質摂取による「プロテインおなら」は不快ではあるものの重大な危険はありません 。しかし、お腹の張りや痛みなど不快な症状を感じる場合は摂取量や方法を見直す必要があります 。実際、プロテイン摂取開始直後に「お腹がゴロゴロする」「張って痛い」といった訴えは、IBS(過敏性腸症候群)や乳糖不耐症の人に多いとされます 。
過剰なプロテイン摂取はこのように消化管に負荷をかけますが、適切な範囲であれば健康な成人に深刻な障害を及ぼす可能性は低いとされています。一般に筋肉増強を目的とする場合でも、タンパク質摂取量は体重1kgあたり2g程度までが長期的には安全な上限と考えられています 。エリートアスリートなど一部ではそれ以上(3g/kg以上)を摂っても健康被害が報告されない例もありますが 、日常的にそこまで大量のタンパク質は必要ありません。厚生労働省の日本人食事摂取基準でも、活動量の少ない成人では0.8g/体重kg/日が推奨量で、運動習慣がある人でも1.5g/kg前後で十分とされています。これを大幅に超える摂取は体にとって「過剰」であり、消化しきれない分が上記のような下痢やガス、便秘(高タンパク+低食物繊維で便が硬くなる)につながる可能性があります。実際、高タンパク食を実践した人の約4割が便秘に悩まされたという調査もあり 、タンパク質ばかり多く摂る偏った食事には注意が必要です。
タンパク質摂取の上限は明確に定められていませんが、健康な人でも長期にわたり2g/kg/日を超えるような摂取は慎重に検討すべきでしょう 。特に消化器症状が出ている場合は、一時的に量を減らすか、次に述べるような消化を助ける工夫を取り入れることが大切です。
4. 消化を助ける方法
プロテインの消化吸収をスムーズにし、胃腸への負担を減らすための方法はいくつかあります。
• 食物繊維を適度に組み合わせる: プロテインを摂る際に食物繊維を一緒に摂取すると、胃腸の動きを整えて消化を助けます。食物繊維は消化されず腸内をゆっくり移動するため、タンパク質など他の栄養素の消化吸収スピードを穏やかにし、栄養の吸収効率を高める効果があります 。例えばプロテインシェイクにバナナやベリー類、オートミールなど食物繊維豊富な食材を加えると、血糖値の急上昇を抑えつつタンパク質をゆっくり吸収できます。また食物繊維は腸の蠕動運動を促進して便通を整えるため、高タンパクで便が硬くなりがちな食事でも便秘予防に役立ちます 。さらに水溶性食物繊維(オートミール、リンゴ、サイリウム〔オオバコ〕など)はゲル状になって栄養素と混ざり、胃内容物の移動をゆっくりにするので消化酵素が働きやすくなります。一方、不溶性繊維(全粒穀物、野菜など)は腸内でカサを増やし内容物の通過をスムーズにします 。両者をバランス良く取り入れることで消化促進と腸内環境改善の両面でメリットがあります 。ただし極端に繊維ばかり増やしすぎると、かえってタンパク質の消化率がわずかに低下する可能性が示唆された研究もあります 。そのため普段繊維をあまり摂っていない人は少しずつ増やし、自分の体調を見ながら調節するとよいでしょう。
• 消化酵素を活用する: 人の体は胃酸・ペプシンや膵酵素を分泌して自力でタンパク質を消化できますが、必要に応じて外部から酵素を補うことで消化を助けることもできます。市販の消化酵素サプリメントには、乳糖分解酵素のラクターゼやタンパク質分解酵素のブロメライン(パイナップル由来)、パパイン(パパイヤ由来)などが含まれ、乳糖不耐症による下痢やタンパク質の消化不良を軽減する目的で用いられます 。近年ではプロテインパウダー自体に消化酵素ブレンドを添加した商品も増えており、「ホエイプロテイン+消化酵素配合」で消化吸収を高めた製品もあります 。消化酵素を追加することで、体内の消化酵素だけでは分解しきれず大腸に送られてしまう未消化タンパク質の量を減らせるとされています 。実際、ある研究では外部からプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)を補うとタンパク質の吸収利用率が向上し、未消化のまま排泄される量が減ったと報告されています 。消化酵素の活用は特に、胃酸や膵液の分泌が低下している高齢者・消化器疾患のある人や、一度に大量のプロテインを摂取するアスリートにとって有用です。例えばホエイは比較的消化が速いものの、摂取量が多いと体内の消化酵素がボトルネックになる可能性があり、酵素を加えることで消化・吸収をスムーズにできるという指摘もあります 。乳糖に弱い人がホエイを飲む場合も、あらかじめラクターゼ(乳糖分解酵素)を一緒に摂取することで腹部症状を抑えられる場合があります。
• 摂取方法とタイミングの工夫: プロテインの摂り方次第で消化への影響を和らげることができます。まず一度に摂る量を適切にすることが重要です。個人差はありますが、一度に30~40g以上のタンパク質を摂っても吸収効率が頭打ちになるとも言われます。そのため大量のプロテインを一気に飲むより、1回20g程度を数回に分けて摂取した方が消化吸収に負担をかけません。例えば朝食時、トレーニング後、就寝前などに分散させることで、常に消化管に適量のタンパク質が供給され、吸収漏れ(未消化のまま大腸送り)が減ります。
また飲むスピードにも気を配りましょう。プロテインシェイクをがぶ飲みすると空気も大量に飲み込んでしまい、腹部膨満やゲップ・おならの原因になります 。一度に胃に流れ込む量も多くなるため、消化液の希釈や急激な胃伸展による不快感を招くことがあります。ゆっくり時間をかけて飲むことで胃腸への刺激を和らげ、余分な空気の嚥下も防げます 。これは固形物の食事と同様に、「早食いは消化によくない」という原則がプロテインにも当てはまるということです。
他の食品と一緒に摂るか単独で摂るかもポイントになります。一般にホエイプロテインは空腹時に単独で飲めば吸収が速く、運動直後の筋肉に迅速にアミノ酸を届けるのに適しています。一方で胃腸が敏感な人にとって、空腹のところに濃厚なプロテイン液を入れると胃がびっくりしてしまう場合もあります。そのような場合は食事と一緒にプロテインを摂るか、シェイクに果物や野菜を加えてスムージー状にして食事代わりにするとよいでしょう。食べ物と混ざることで消化のペースがゆるやかになり、胃腸への負担が軽減されることがあります 。実際、一部のプロテイン製品にはサイリウムハスク(食物繊維)が添加されており、これにより消化が穏やかになって敏感な人でも胃腸障害を起こしにくくしている例があります 。要は、自分の消化具合に合わせてプロテインの飲み方を調整することが大切です。胃もたれしやすい人は食後または間食として少量ずつ、逆に素早く吸収させたい運動直後は水やスポーツドリンクに溶かして単独で摂取、というように目的と体調に応じて工夫しましょう。
• 十分な水分を摂る: 高タンパク食では尿中に窒素老廃物の排泄が増えるため、水分をしっかり補給することも消化器の負担軽減につながります。水分は消化そのものを直接助けるわけではありませんが、腸内容物の通過をスムーズにし便を軟らかく保つ役割があります。プロテインシェイクを飲む際も、濃すぎると感じる場合は水や薄いお茶で割って薄めに作ると消化しやすくなります。また高タンパク摂取時に起こりがちな口渇や便秘を防ぐためにも、こまめな水分補給を心がけましょう。
以上のように、食物繊維の併用、消化酵素の活用、摂取量・スピードの工夫、そして水分補給によってプロテインの消化吸収は改善できます。これらを実践することで、プロテイン摂取による胃腸の不快感(下痢・ガス・胃もたれ等)を予防しつつ、効率よくタンパク質を体に取り入れることが可能になります。
5. 特定の疾患を持つ人への影響
消化器系に持病のある人がプロテインを摂取する場合、メリットとデメリットを理解し、自分に適した種類や方法を選ぶ必要があります。
• 過敏性腸症候群(IBS): IBSの人にとってプロテイン自体は炭水化物と比べ低FODMAP(発酵性の糖質が少ない)な栄養素であり、基本的にはタンパク質そのものが症状を悪化させることは少ないとされています 。むしろ食事制限で栄養が偏りがちなIBS患者にとって、プロテインパウダーは不足しがちなタンパク質を補う助けとなりえます 。十分なタンパク質は腸管の筋肉(蠕動運動を担う平滑筋)の正常な収縮にも必要なため、適切に摂取することでIBSのうち便秘型では腸の動きを促す効果も期待できます 。一方で、製品の選び方を誤ると症状が誘発される点に注意が必要です。IBSの人はしばしば乳糖不耐症を合併していたり、FODMAPと総称される発酵性の糖類(例えばソルビトールやフルクトース、大豆由来のGOSなど)に敏感です。一般的なホエイプロテイン(WPC)は乳糖を含むため、IBSの人が飲むと膨満感や下痢、腹痛を招くことがあります 。実際、「ホエイを飲むとお腹がゴロゴロしてしまう」というIBS患者も多いですが、その原因の多くは乳糖や添加物です 。対策として、ホエイプロテインアイソレート(WPI)のように乳糖を極力除去したものや、植物性のソイプロテイン・ピープロテインなどを選ぶと症状が出にくくなります 。大豆やエンドウは原料にオリゴ糖を含むものの、精製度の高いアイソレート製品なら低FODMAPとされ比較的安全です 。また人工甘味料や保存料、難消化性の添加物も避けた方が無難です 。例えばキシリトールやイヌリン(チコリ由来の食物繊維)は「プレバイオティクス」として添加されることがありますが、IBSの人にはガスや不調を引き起こす恐れがあります 。そのため、成分表示を確認してこれらが入っていないシンプルなプロテインを選ぶことが重要です 。
IBSの人に適したプロテインの種類としては、ホエイアイソレート(乳糖フリー)、大豆プロテインアイソレート、ピープロテインアイソレート、あるいは卵白プロテインやブラウンライスプロテインなどが挙げられます 。これらは概ね低FODMAPで報告されており、腸に余計な負担をかけません。ただし個人差も大きいため、新しいプロテインを試すときは少量からゆっくり試すことが大切です 。例えば最初は規定量の半分程度を水に溶かして飲み、症状が出ないか確認してから徐々に量を増やすようにします 。IBSの人でも自分に合ったプロテインを見つければ、筋力維持や栄養確保に役立てることができます。ただし飲用後にガスや下痢、腹痛などの症状が出た場合は、無理に続けず別の種類に変えるか専門家に相談しましょう 。
• 胃炎(急性・慢性)や胃潰瘍: 胃粘膜に炎症や傷がある場合、刺激の強い食品は避けるのが鉄則です。高タンパク食そのものが胃炎を直接悪化させるわけではありませんが、脂肪分の多い肉類や過度に濃厚な乳製品由来プロテインは消化に時間がかかり、炎症を起こした胃には負担となりえます 。胃炎の食事療法では一般に「脂肪分の少ない消化の良いタンパク源」を勧めており、具体的には卵(調理は油控えめ)、脂肪の少ない魚や鶏ささみ、豆腐などが推奨されています 。プロテインパウダーを利用する場合もこの観点で、低脂肪で添加物の少ないものを選ぶと良いでしょう。乳由来のホエイやカゼインでも、ピュアなアイソレートであれば脂質はほとんど含まず比較的胃に優しいですが、人によっては乳由来そのものが胃酸分泌を刺激してしまうケースもあります 。ある専門家によれば、胃炎の人にはホエイやカゼインなど乳製品由来のプロテインは消化が重く、炎症を起こした胃粘膜を刺激する可能性があるため避けた方がよいとされています 。代わりにエンドウや米由来のプロテインは比較的消化しやすく、胃炎持ちでも耐えられる場合が多いとの指摘があります 。実際、胃が弱い人向けに販売されているプロテインの中には「乳成分不使用(植物性)、グルテンフリー、低刺激」を謳ったものも存在します 。総じて胃炎の場合は、プロテインを空腹時に濃い濃度で飲まない、様子を見ながら少量ずつ、そして刺激の少ない種類を選ぶことが大切です。症状が強い急性期には無理に固形物やプロテインを摂らず、医師の指示に従った食事療法を優先してください。
• 炎症性腸疾患(IBD:潰瘍性大腸炎やクローン病など): これらの疾患では慢性的な腸の炎症により栄養吸収障害や体重減少が生じることが多く、通常より高めのタンパク質摂取が推奨される場合があります 。プロテインサプリメントは食欲不振時や消化吸収能が落ちているときにも効率よくタンパク質を補給できる利点があり、IBD患者の栄養管理に役立ちます 。特にホエイプロテインは消化吸収が良くアミノ酸バランスに優れるため、IBD患者の筋肉量維持や慢性消耗状態の改善に有用であるとの報告があります 。実際、IBD患者でサルコペニア(筋肉減少)が懸念される場合、ホエイプロテインと運動を併用することで筋肉量や体力指標が向上したという研究もあります 。さらに興味深いことに、ホエイプロテインには腸の炎症を抑える潜在的な効果が指摘されています。一部の動物実験ではホエイ摂取により大腸炎モデルマウスの炎症が軽減し、腸内の善玉菌(ラクトバチルスやビフィズス菌)が増加したとの結果が報告されています 。これらの菌は食物の消化やビタミン産生に寄与し、腸のバリア機能をサポートするため、ホエイが腸内環境を改善した可能性があります 。ただし、人間のIBD患者でホエイが抗炎症効果を示すかどうかはまだ十分なエビデンスがありません 。現在のところ、「栄養不良を補うメリットは大きいが、直接病気を治す効果があるかは未確定」といえます。
一方で、極端な高タンパク食はIBDを悪化させる可能性も報告されています。マウスを用いた研究ですが、カゼイン・ホエイ・大豆といったタンパク質を主成分にカロリーの多くを占める食事を与えたところ、大腸の粘液層を著しく変化させ腸炎の重症化を招いたとされています 。高タンパク食は腸内細菌叢をシフトさせ、粘液層を分解する菌(バクテロイデス属など)が増えすぎてしまうことが原因と考えられています 。もっとも、これは通常の食事バランスを大きく逸脱した特殊な条件下であり、IBD患者にタンパク質を十分与えること自体は治療ガイドライン上も推奨されています。ただ、赤身肉など動物性タンパク質中心の食事が多いとIBDの再燃リスクが高まるとの疫学データもあるため、肉に偏りすぎず魚や大豆製品を組み合わせるなどタンパク源のバランスには配慮した方が良いでしょう 。
IBD患者に適したプロテインとしては、ホエイプロテインアイソレートがしばしば用いられます。乳糖や脂肪をほとんど含まず、高濃度のアミノ酸を供給できるため消化吸収障害があっても比較的利用しやすいからです。また消化管への刺激をさらに減らすために、加水分解ホエイ(ペプチド状にあらかじめ分解)や遊離アミノ酸を主体としたエレメンタルダイエット用の製品が処方されることもあります。これらは味に難がありますが、重症で経口摂取が困難な患者の栄養維持に貢献しています。IBDの場合は病状や腸のどの部分が侵されているかで消化吸収能力が異なるため、プロテイン摂取については医師・栄養士と相談の上で決めるべきです。適切に使えば栄養状態の改善や組織修復の促進といったメリットがありますが、合わない種類を無理に摂れば下痢などでかえって栄養損失につながるからです 。例えば小腸の広範な切除後で乳糖分解能が落ちている場合はホエイより植物性プロテインの方が良いかもしれませんし、逆に大腸が患部の場合は発酵性成分の少ないホエイの方が安全という判断もあります。要は個々人の消化能力と病態に合わせたプロテイン選択が重要です。
まとめると、IBSや胃炎、IBDなど特定の消化器疾患を持つ人でも、プロテイン摂取自体は適切に行えば栄養補給の上でメリットが大きいです。ただし、種類の選択や摂取方法に細心の注意を払い、自身の症状が悪化しない範囲で利用することが大前提となります 。心配な場合は医療従事者に相談しながら、少量から試して体調と相談していくと良いでしょう。プロテインはあくまで食品ですので、「この疾患には絶対NG」あるいは「絶対に有効」といった万能薬的なものではありません。自分の体と向き合いつつ、適切に活用することで消化器系に負担をかけずにタンパク質を摂取できるようになります。
【医学的注意事項】
本記事は、最新のエビデンスや学術文献に基づいた情報提供を目的としておりますが、一般的な情報提供にとどまるものであり、特定の個人に対する医療上の診断、治療、助言を行うものではありません。
参考文献・リンク
1. Whey Protein in Sports Nutrition (PubMed Central)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3905294/
2. Soy Protein and Health Benefits (PubMed Central)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3665396/
3. Protein Digestion and Absorption Mechanisms (NCBI Bookshelf)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK234922/
4. Dietary Management of Irritable Bowel Syndrome (NHS)
https://www.nhs.uk/conditions/irritable-bowel-syndrome-ibs/diet/
5. Dietary Protein Intake and Health Outcomes (Harvard T.H. Chan School of Public Health)
https://www.hsph.harvard.edu/nutritionsource/what-should-you-eat/protein/
6. Digestive Enzymes and Protein Absorption (Medical News Today)
https://www.medicalnewstoday.com/articles/322680
7. High Protein Diet and Gut Health (ScienceDirect)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0899900714001288
8. Inflammatory Bowel Disease and Diet (Crohn’s & Colitis Foundation)
https://www.crohnscolitisfoundation.org/diet-and-nutrition