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傷つくのが怖い私たちは。

ただまっすぐに言えば、好き。でも、それだけではすまされない翳りを含んでいる。
なぜ手放しに、ただ好きだと言えないのか。
その理由は、彼らの「回転の速さ」に起因している。





 
 




私がコンビニのアイスに抱く想いは複雑だ。
先日も、こんなことがあった。
買い物帰りに入った近所のセブン。ひときわ目を引くその子は、アイスクリームの並ぶショーケースの中にいた。

「フランボワーズマカロンアイス」。お値段、約250円。

直径せいぜい5~6センチほどかと思われる小ぶりなサイズを思えば、決して安くはない。私はそれを手に取り、3秒ほど逡巡したのち、一度ショーケースに戻しかけ、しかし何かを振り切るようにそのままレジへ向かった。
今思えば、あのとき自分がなぜそうしたのか、少し不思議だ。黒地のパッケージに、濃いめのピンク色をした本体の(イメージの)写真が映えていた。美しかった。そう、はっきり言って、タイプだったのだ。

アイスなんて買う予定はなかったので、保冷バッグなどもちろん持っていない。例年よりずいぶん早い夏の訪れを思わせる外気温を気にしつつ、私はものすごい早歩きで家路を急いだ。いつも帰りに寄るたい焼き屋にも、その日は寄らなかった。「あ、すみません……袋も……」と消え入るような声で店員さんにお願いしてご用意いただいた有料のレジ袋の中で、あの子が美しい姿を保っているうちに、一刻も早く家にたどり着きたかった。

 
その夜。寝る準備を整え、晩酌にウィスキーをロックでチビチビやっていた私は、酔いが回ってトロリと潤んだ目で、冷凍庫を見つめていた。中には、昼間買ってきた「フランボワーズマカロンアイス」が眠っている。
 
こんな時間に食べてはいけない。
そもそも、おなか減ってないでしょうに。
 
自分に言い聞かせるフリだけしていたのは、ほんの0.5秒ほどのこと。酒精に取り憑かれた人間にとって、「今夜ひと晩だけの節制」などなんの意味もない。何より重んじるべきは、「とにかく今食べたいという衝動」だ。
すでに氷も溶けきったグラスに5ミリほどジャック・ダニエルをつぎ足し、私は冷凍庫からブラック&マゼンタカラーの美しいパッケージを取り出した。
 
結論から言う。その官能的な味わいに、私は身も心も溶かされた。
これが、もうどうにでもなぁれの境地というものか。
私はとっくに飲み干してしまったジャック・ダニエルをさらに5ミリほどつぎ足そうとしてうっかり2センチぐらいドバッと注ぎ、こぼさなかっただけマシだよねーとそれをチビチビというかもはやグビグビやりながら、前歯にシャリッと心地よいマカロンの歯触りと、奥歯にねっとりと絡みつく生地の甘さと、華やかなドレスをまとったレディを思わせるフランボワーズの香りと、それを抱きすくめるワイルドな紳士のようなジャック・ダニエルの包容力に満ちた風味に身をゆだねた。
 
翌朝、私は意図的に体重計に乗らなかった。
都合の悪いことには、あえて目を向けない。大人には、ときにそんな狡猾さも必要になる。

 
その日も、買い物帰りにセブンの前を通りかかった。
今日も連れて帰ろうか。
いや、そんな連日連れて帰るほど、オレはあの子が好きなのか?
たまたま昨日ちょっといい思いができたから、気持ちがうわついてるだけだろう?
そもそも、1つ250円もするような金のかかる子に、毎日構っていられるようなご身分なのか?
今日はこのまま帰ろう。だいたい、あんなのに毎晩冷凍庫にいられたら、どうせおまえのことだから、気になって仕事も手につかなくなるだろう。
 
一度は、きびすを返そうとした。しかし結局私は、気づくと自動ドアをくぐっていた。

 
いない。
 
昨日まであったフランボワーズマカロンアイスはきれいに消えて、全部セブンブランドのクッキーシューアイスクリームと入れ替わっていた。それはそれでおいしそうなんだけど、私が今会いたいのは、黒地にピンクの美しいフランボワーズマカロンアイスだ。
 
会えないとなると、どうにも会いたくてしかたがなくなるのが人情。
たしか駅前にもセブンあったよな……
ふだん使わないけど、この近くにさらにもう一軒、あったような……
 
私は、フランボワーズマカロンアイスがいそうな場所をかたっぱしから探しまわった。向かいのホーム、路地裏の窓……そんなところに置いてあるアイスを平気で食べるようになったら、だいぶ末期なのですぐにお医者さんに診てもらったほうがいい。
 
しかしあの子は、どこにもいなかった。
あの、夢のような一夜を最後に、私は二度と、あの子に会うことはなかった。
 
 

コンビニのアイスは、回転が速い。
行けばたいてい置いてある定番商品もあるにはあるが、期間限定的なラインナップも多く、うっかり好きになってしまったら最後、そのあとに待っているのは地獄の日々だ。


「この子はいつ、私の前から急にいなくなるのだろう」
「こんなに毎日食べていたら、本気で好きになってしまう」
「こっちが本気で好きだと気づいたころに、突然姿を消すんだ、いつだってそうだ」
「いなくなられたときにつらいから、いっそ最初から出会わないほうがいい」
 

そうやって私は、自然とコンビニのアイスから距離を取ってしまう。
そんなことは気にせずに、好きになれたらいいのにね。
だけどダメなんだ…… 傷つくのが、怖いんだ……


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