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お金の為にはたらく理由
私は賃金を得る為に働いている。
生きていく為にはお金がいる。食事も家も何処かに遊びに行く時も必ずお金は必要である。そのお金を得る為に私は働いている。そんな私が3ヶ月間、無償で働いた事がある。
無償で働いたと聞けばボランティアを思い浮かべるかもしれないが、そうではなく完全に無償で仕事をしたのだ。
今から約14年前、当時勤めていた英会話スクールが倒産した。倒産の際に出した被害額は当時、戦後最大級と言われた。
私の仕事は英会話スクールの運営並びに窓口営業だった。
会社は特営業面に重きを置いており、数字の作れるスタッフを重宝していた。
会社は慈善事業では無いので、健全な利益を追求する事が当たり前で数字至上主義は致し方のない事だった。
しかし、取り敢えず数字をと言う会社の考え方が嫌で、私は顧客満足度を上げる事をモットーに働いていた。
会社の考え方とのズレもあり、そこを指摘される事もあったが、顧客との関係を上手く構築していたおかげで、そこそこの数字は出しており、そこまで口煩く注意を受ける事はなかった。
この会社は、1年以内の離職率が50%を超えるブラック企業で、薄給の上に賃金以上の仕事を常に要求される過酷な職場だった。
しかし、外国人講師や他のスタッフとも仲が良く、職場の人間関係は悪くなかったので、それなりに楽しく働けていた。
トラブルもよく起こり、何かと自己責任を追求されたが、よく言えば自由度の高い社風、悪く言えば社会人としての常識をあまり追求されない社風が自分にはあっていたので、辞めずに続けられていた。
なんとか耐えながら働いていたが、最後の時を迎えるにつれて会社の様子は段々とおかしくなっていった。
最初は給料の支払いが遅れる様になった。
ボーナスも夏の分を冬にまとめて払うと言い出し、最終的には給料が出なくなった。
その頃になるとスタッフも講師もどんどんと辞めていき、スクールは開いているものの授業は出来ない状態になっていた。
スタッフ不足からシフト制も崩壊して毎日9時から22時までの13時間労働が当たり前、休みも週に一回あるかないかの状態になっていた。
レッスンを受けられなくなった生徒からのクレームも頻繁にあり、日々、その対応に追われた。車で1時間かけて出勤し、怒られるだけの生活が3カ月続いた。その間、給料も出ずに生活費には少ない貯金を当てて賄った。
その状況でも辞めずに働いたのは、同じ境遇で働いてくれた講師やスタッフに対して、自分だけが逃げ出してしまう事への負い目と頑張っている自分への陶酔があったからだと思う。
追い詰められて正常な判断ができずに洗脳された様になっていたのかもしれない。ストレスから嘔吐を繰り返し、眠れない日々が続いた。
そんな中、外国人講師を送って行った時に、私は、講師に対して拙い英語で感謝と給料も払えない事を謝罪した。
講師は『ダイジョウブ』と片言の日本語で自分を励ましてくれた。彼の言葉と何も出来ない自分の不甲斐なさに前が見えなくなるほど号泣してしまった。
車を止めて小一時間、自分の涙が止まるまで、彼は私の肩を叩きながら何度も『ダイジョウブ』と励ましてくれた。
何も根拠がないとしても、他人から大丈夫と言われると何故か救われる事をこの時に学んだ。
これ以来、同じ様に悩んでいる人に会った時に、大丈夫。その内いい事あるよ。なんの根拠もないけれどと声をかける様にしている。
余計なお世話で全く響かないかも知れないけれど、たった一言で少しでも相手の気が紛れたらと思って、そうしている。
奇しくもこの2日後に会社の倒産が発表された。
倒産した時にやっとこれで楽になれると悲しさよりも安心感が勝っていた。
生きる為には働かなくてはならないが、働く事が生きる事の全てではない。
働く事と生きる事のバランスの重要性を身を持って知る事ができた。
仕事が楽しいと聞くと羨ましいと思う反面、何かあった時に大丈夫かなと心配をしてしまう…。
仕事に楽しみを見つける事は仕事を続けていく上で大切な事だが、仕事が自分の全てになってしまっているのなら話は別だ。
コロナ下の現在、当時の自分と同じような境遇の人も少なくないと思う。
仕事に責任感を持つ事は大切な事だ。しかし、あくまで仕事は賃金を得る為の手段であって生きる為の全てではない事を念頭に置いて働いて欲しい。
コロナの影響が今の会社にもではじめ、いつ何時リストラ等で職を失うかも知れない現状に置いて、悠長な事は言ってられないのかも知れない。
それでも、仕事は賃金を得る為の手段であるというスタンスを変えてまで、新たな仕事を探す事はない。仕事はあくまで仕事。
辛い事があっても前向きに生きていたらきっとその内にいい事があるはず。
だから大丈夫。
きっと大丈夫。
なんの根拠もないけれど…。
終わり