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インサイトのデザイン

「こんなものが欲しかった!」
「どうして、今までなかったんだろう」
「そうそう、これこれ!」

そんなふうに思わずにいられないサービスや事業には、「新しいインサイトの発掘」が必ずあります。

インサイトとは何か。

これを掘り下げるだけでかなりのボリュームをとってしまいそうなので、ここでは簡単に。人の言動や起きている事象を観察し、その裏に隠れている欲求や、奥底にある本質を見つけること、と定義します。

世の中には、たくさんのインサイト発掘にまつわるナレッジやメソッドがあります。でも、言うは易し行うは難し。

インサイトの発掘には、「常識」や「バイアス」を乗り越えることが欠かせません。しかし、一度身についたものの見方を捨てることは、思った以上にできないもの。

自らの認識の枠組みに揺さぶりをかけるには、外の「視点」を交え、「視野」を広げ、「視座」の行き来ができる必要があります。

KESIKIではこれまでもIDEO出身の石川俊祐を中心に、デザインアプローチを通じたインサイトの発掘に取り組んできました。一方、複雑性が高くなる時代の中、これまで以上に多角的な視点が求められていると感じています。

そこで、KESIKIは新たに多様なバックグラウンドのメンバーを集め「インサイトデザインチーム」を発足しました。

集まったのは、多摩美術大学リベラルアーツセンター/大学院で教授を務める文化人類学者の中村寛。リクルート出身で、デンマークのオーフス大学映像人類学修士過程を修了した牛丸維人。環境省出身で、イギリスで行動科学の修士を取得した加藤優里。

それぞれのメンバーのバックグラウンドをなぞりながら、インサイトとデザインの関係を探ってみましょう。


言葉ではなく、コンテクスト

多摩美術大学教授であり、デザイン人類学の実践者でもある文化人類学者の中村。

彼の研究テーマは、「周縁」における暴力、社会的苦痛、反暴力の文化表現、脱暴力のソーシャル・デザイン。ニューヨーク市ハーレムを中心に、フィールドワークを行っていました。

著書『アメリカの<周縁>をあるく』(平凡社、2021)に関するフィールドワークの一コマ (撮影:松尾 眞)

また、並行して人類学に基づくデザインファーム「アトリエ・アンソロポロジー」を設立。デザインと人類学の接近に取り組んできました。

デザイン人類学の実践を進める中で、チームとしてより大きな社会変革に取り組みたいと考えるようになります。そこで出会ったのがKESIKIでした。中村は、KESIKIに関わることを決めた理由として「メンバーの多様性」「人類学の強みを活かせる環境」があったと言います。

「より良い社会をつくるためには、多様なバックグラウンドを持ったメンバーが共創することが大切です。KESIKIには、デザイナー、編集者、コンサルタント、投資ファンド出身者といった様々なバックグラウンドを持つ人がいます。しかも、みんなが本気で社会をよくしようとしている。そうした組織のあり方を見て、直感的にKESIKIであれば、自分の向かう方向と一致していると感じました。

また、人類学者が活躍する上では、その必要性や強みの活かし方をチームのメンバーにわかってもらわないといけない。KESIKIは、そこに対する理解が深く、非常に働きやすいと思っています」

その後、KESIKIとともに、大企業や行政とのプロジェクトに取り組んで行きます。企業のミッション・ビジョン・バリューをつくるためにフィールドワークをしたり、企業の前提に対して問いを投げかけたり。「コンテクストを理解する」という人類学のアプローチで、新たな事業づくりを後押ししていきます。

「人類学は新しい機会領域の開拓に役立つと感じています。人類学では、相手の言葉や振る舞いをそのまま受け取らず、そのコンテクストを深く読み解くことを大切にします。このアプローチを用いれば、生活者やユーザーのインサイトの発掘につながるはず。

インサイトを見いだそうとする事業者側のバイアスを取り除くことにも、人類学は有用です。新しく事業を立ち上げる際には、これまでにない視点から物事を考える必要がありますが、なかなか難しいもの。

クライアントとなる事業者側の言葉や振る舞いのコンテクストを読み取ったり、違う視点から問いかけ、対話する。それが、新しい視点を見いだしていく機会づくりになっていると感じています。

人類学の視点を用いて行った旭川市のフィールドワーク後のアイディエーションの様子

また、合意形成にも人類学の知見は役立ちます。新規事業をつくっていく上で、様々な人との利害調整は避けられません。それぞれの視点や立場の違いを見抜き、共通項や落とし所を見つけるのは、人類学者の得意分野です。

ここでも、コンテクストを理解する力が役立ちます。

誰がどんな視点で語っているのか。その語りから抜け落ちている視点は何か。何が語られていないのか。それらを整理し、可視化することが、合意形成の後押しにつながっていくと考えています」

非言語にも目をむける

二人目のメンバーは、デンマークのオーフス大学修士課程で映像人類学を学んだ牛丸。

以前はリクルートでデジタルプロダクトの事業戦略に携わっていました。

元々、個人の物語やそれを形作る社会的背景に関心が高かったという牛丸。大学時代には社会学を専攻し、そこでエスノグラフィーにふれたことが人類学への興味を持つきっかけとなりました。

オーフス大学は世界でも数少ない「映像人類学」専門のコースがある(撮影:牛丸 維人)

修士課程では視覚障害当事者の持つ感覚とケアの実践に関心を持ち、映像人類学的アプローチによる研究を行いました。映像人類学とは、研究対象の文化や社会に長期間入り込み、写真や映像を活用しながら調査・分析を進める人類学分野です。修士論文に向けたプロジェクトでは、フィリピン北部の山岳地域に半年間滞在。視覚障害当事者たちが自主的に形成するコミュニティと社会運動をフィールドワークし、エスノグラフィーの執筆とドキュメンタリー映画・写真の制作をしたそうです。

映像人類学コースの同期パーティにて。左斜め下が牛丸。

修士の研究を続ける一方、映像人類学のアプローチとこれまでのビジネスバックグラウンドを活かした道を模索します。その中で出会ったのがKESIKIでした。

「色々な企業に話を聞く中で、自分の人類学や映像研究に強く興味を持ってくれたのがKESIKIだったんです。文化人類学者である中村先生がすでに参画していたこともあり、ジョインを決めました」

博士課程進学などアカデミックなキャリアも考えていたという牛丸。それでもビジネスの世界に戻ってきたのは、半年間のフィリピン生活で感じた学術としての人類学の難しさでした。

「半年間も滞在すると、調査で関わる人々との距離も近くなり、彼ら・彼女らのリアリティや課題に対する解像度が上がってきます。例えば、もっと生活を良くするために資金調達の手段がつくれないかというマクロの話から、台風で家が壊れてしまったから修復したいというミクロの話まで。

でも、人類学では基本的に調査対象に積極的に介入することはしません。問題に対する解決策を提供したり、その実行を担うこともほとんどありません。観察を通じて学術論文にすることはもちろん大きな意味があります。でも自分は、目の前の多様な課題に対して何かしらアプローチをしたいと思ったんです」

フィールドワークで活動に参加した視覚障害当事者コミュニティ(撮影:牛丸 維人)

現在は、事業づくりと映像人類学の経験を活かし、デザインリサーチを通じたインサイトの抽出、そこを起点にしたサービスやカルチャーのデザインを担っている真っ最中。リサーチプロセスに映像撮影を取り入れたり、写真を活用したワークショップを設計するなど、その領域は多岐に渡ります。

映像人類学のバックグラウンドは、非言語から本音を読み解くことに活かせると考えてます。今のリサーチのアウトプットの多くは、言語による記録や分析が多くを占めています。一方、リサーチの過程で写真を撮影したり、環境音を記録したり、リサーチのリフレクションに動画を用いるなど、非言語的な情報を活用したアプローチがまだ普及しきっていないと感じています。

非言語に焦点を当てたリサーチは、海外ですでに多く実践されています。

例えば、映像を用いたエスノグラフィの第一人者であるサラ・ピンク(Sarah Pink)は、家庭環境における電気やガスなどの見えないエネルギーの利用状況を可視化するプロジェクトで、映像手法を活用しています。そこでは、ユーザーインタビューでの発言と実際の行動の矛盾が複数明らかになります。言語アプローチだけでは見落としてしまうようなインサイトが見つかった事例の一つです。

このように、対象を深く理解する点でも映像のアプローチが有効な場面はまだまだあるのではないかと思っています」

行動の“リアル”を問い直す

三人目のメンバーは、加藤。KESIKI初の省庁出身メンバーです。

環境省では、気候変動、生物多様性保全、廃棄物処理・資源循環分野の政策に携わっていました。その後、イギリスの名門校である、ウォーリック大学とUniversity College Londonで行動科学を学びます。

小学生の頃から環境問題に関心があり、夏休みの自由研究では、家の周りの酸性雨の調査をしていたそうです。大学では、都市環境工学を専攻。学びを深める中で、よい低炭素都市計画をつくっても、それが社会で、そして個人レベルで実装される難しさを感じ、環境省に入省します。

国際条約の交渉やパンフレットなどによる普及啓発、補助金の設計・運用などを担当していた加藤。仕事は充実していた一方、関わった政策が本当に人の行動や社会を変えられているのか疑問を持つこともあったそうです。

「例えば、つくったパンフレットが本当に届けたい市民の方に読まれているのかわからない。補助金も、本当に意図した成果につながっているか不透明。もっと社会で生きる人に寄り添った人間中心のアプローチがしたいと思い、行動科学を勉強することにしました」

留学中に参加した行動科学に関する国際カンファレンス

帰国した加藤は、環境省で働くかたわら、NPOで行動科学やデザイン思考をベースに公共政策をよりよくすることに取り組んでいきます。KESIKIにジョインしたのも、もっと人間中心のアプローチを極め社会を変えたいと思ったから。今後は、行動科学の視点を通じた、組織や事業づくりに取り組んでいきたいと話します。

「行動科学には、人の意志や欲求を尊重しつつ、社会や組織にとって望ましい行動を促すことを助けるためのモデルが様々あります。このモデルを活用することで、当人も気づいていない、行動の裏側に隠れるユーザーのインサイトの発見のアシストができると考えています。

例えば、消費者が環境によい家電製品を買わない課題に対し、ついその原因を『消費者が環境配慮の大切さをわかっていないからだ』と考えがちです。でも実は買い替えのきっかけがなかったり、環境性能の比較が難しいことが障壁になっているということもあります。実際に、自治体で引越し時に省エネ家電への買い替えのチラシを渡したところ買い替え意欲が高まったという実験結果もあります。

また、行動を促すアプローチができるという観点から、インサイトに基づいたミッション・ビジョン・バリューを浸透させるための仕組みや仕掛けづくりにも応用できると考えています」

多層な視座の交差が、インサイトを発掘する

KESIKIの掲げる「やさしさがめぐる経済をデザインする」というミッション。それを実現するため、デザイン・アプローチを通じ、自律的に行動する組織づくりや、メンバーが主体的に考え創造的に働く余白づくりを行ってきました。

インサイトチームの役割は、様々な知見に基づいた探索を行うことで、今まで以上に自社らしい文化や事業を生み出すことや、個人が真に望む行動を実現することを後押しすること。新しく入ったメンバーと共に、それを推し進めていきたいと考えています。

例えば、旭川市のまちづくりプロジェクトでは、市民のみなさんを巻き込みながら、さまざまな視点を行き来し、まちの魅力の再発見に取り組んでいます。また、とある大手メーカーとのプロジェクトでは、問いそのものを考え直すことで、新規事業が立ち上がりつつあります。

最後に。

インサイトを見つけるには、多様で多層な視座による共創が欠かせません。

KESIKIだけで発見するのではなく、クライアントのみなさんと一緒になり、一人ひとりが自分たちで問いを立て、新しいインサイトの発見に辿り着きたいと考えています。

これから様々なプロジェクトを通じて、KESIKIなりのインサイトの見つけ方を体系化していく予定です。このnoteを読んで、興味を持たれた方。ぜひ、お気軽にお声がけください! 一緒に面白い事業をつくりましょう。


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