湧き上がるデザイン
いまや、どんな企業にも必要とされている「企業ブランディング」。
平たく言えば、企業のビジョン・ミッションやフィロソフィー(哲学)などを、行動に落とし込み、社内外へ伝えていくことですが、そう簡単ではありません。
会社が大きなことを掲げすぎて社員がついていけなくなったり、かっこいいロゴやサイトを作って外側を固めても、内実が伴ってないように思われてしまうこともあるかもしれません。
1881年に横浜で創業した大川印刷は、2004年に「ソーシャルプリンティングカンパニー®」というビジョンを掲げ、早くからサステナブルな事業へと大きく舵を切りました。
「環境印刷」というコンセプトや、黒人音楽のアーティストの名言から作った「ブルーズクレド」など、企業の思想や哲学をしっかりと定め発信していく姿勢が、社内外の人々を惹きつける魅力になっています。
しかし、その道程は一足飛びにはいきませんでした。社員ひとりひとりが意見できるような風土づくり、フィロソフィー浸透のためのワークショップ、他企業と進めるコラボレーションなど、小さな努力の積み重ねや、丁寧なコミュニケーションの裏側を、代表取締役社長CEO大川 哲郎さんにお伺いしました。
DESIGN-DRIVEN MANAGEMENT SEMINAR #04
フィロソフィーで人の心を惹きつける
2021年3月2日(火)17:00-18:00
<ゲスト>
株式会社大川印刷 代表取締役社長CEO
大川 哲郎
東海大学 法学部法律学科卒 1993 年 株式会社大川印刷入社。 2005 年 11 月 代表取締役社長に就任。2002年社会起業家との出会いから、「印刷を通じて社会を変える」視点に気付き、2004 年「本業を通じた社会的課題解決を実践する『ソーシャルプリンティングカンパニー®』」と言う存在意義(パーパス)を掲げる。2019年再生可能エネルギー100%工場を実現。2018年 第2回ジャパンSDGsアワード SDGsパートナーシップ賞、グリーン購入大賞「大賞」「環境大臣賞」など受賞多数。1990年代後半環境経営を開始し、2017年国際会議に参加したのがきっかけで本格的にSDGsに掲げられている17のゴール達成に取り組む。2018年より従業員主体ボトムアップ型で推進するSDGs経営計画を実施。現在は難民支援のNGOを通じて難民申請者を採用し、難民問題を知るためのイベントに参画するなど幅広く活動する。
https://www.ohkawa-inc.co.jp
<ホスト>
特許庁 デザイン経営プロジェクトチーム 溝口 努
KESIKI INC. 九法崇雄
印刷は手段であって目的ではない
九法:歴史のある大川印刷さんですが、実際に「ソーシャルプリンティングカンパニー®」として大きく舵を切ったのはどういったきっかけがあったんですか?
大川:私が会社に入った後はバブル崩壊直後で、売り上げが半分くらいになり、とにかく値段を叩かれて、安くなければ注文もされないというような状況でした。
九法:私も出版社にいたので、インターネットの普及もあって出版・印刷業界が衰退していくのを、身を持って感じていました。
大川:自分の仕事は印刷物の注文を取ってくることだと思いこんでいたのですが、印刷は私たちにとって手段であって目的ではない、ということに気づかせてくれたのが、社会起業家の方々だったんです。
九法:大川さんは、2002年ごろに社会起業家の調査研究をなされていたんですよね。
大川:はい。その研究で知り合った、ユニバーサルデザインの服飾デザイナーの井崎孝映さんという起業家の方が、「私は、服作りではなく、服を通じて社会課題解決をしたい」とおっしゃっていたんですね。それを聞いて、激しく感じました。私は、印刷をするのではなく、印刷物を通じて社会を変えていくんだ、と考え方が変わったんです。
九法:紙を使って印刷することが環境に悪いんじゃないかという論調からペーパーレスの流れも出てきている中で、印刷と社会を良くするということを、どう結びつけていったんですか?
大川:CSRやSDGsって、余裕のある会社が社会的な責任としてボランティアでやるようなイメージもまだあるような気もしますが、私はそうではなく「本業を通じて、地域や社会に必要とされ人と企業を目指す取り組みである」ということを、社内にも伝えていきました。責任というとやらされている感じになるので、楽しく、趣味としてやっていこうよと。
個人の経験が原動力
九法:本当にそうですね。大川印刷は、まさに本業として社会を変えていく「ソーシャルプリンティングカンパニー®」として、どんなアクションをされていったのでしょう。
大川:ひとつは、インキや紙を、環境負荷の低いものを使って印刷するということを徹底していきました。また、自家発電や風力発電で、CO2ゼロ印刷も達成しました。もうひとつは、長い歴史で育んできた豊富な地域ネットワークの活用です。印刷会社は様々な業界の方とお取引があります。その人と人を繋いでコトづくりをしていくことで、後からその発信のために印刷の仕事が生まれる、ということに気づいたんです。
若手社員の方々が作った動画「THE SOCIAL PRINTING COMPANY “環境印刷で刷ろうぜ“」
九法:それを2004年からやっていたわけですから、本当に時代の先駆けですよね。そこから、2017年には、デザイン組織・NOSIGNERさんと一緒に、フィロソフィーやウェブサイトを作ったりとリブランディングをされていったんですよね。それは、また何かきっかけがあったんですか?
大川:ある時、NOSIGNER代表の太刀川さんに「大川印刷はすごいことをやっているのに、言っていることが“地球にやさしい”とか、やっていない会社が言っていることと変わらない」と言われまして。
九法:たしかに、地球にやさしいなんて、上っ面でも言えてしまいますよね。
大川:それで、リブランディングのテーマを考えるにあたっていろんな話をする中で、私が父を亡くした後にアメリカ南部に旅した時、ブルーズ音楽にとても救われたという小話をしていたら、それでいきましょうとなってしまいましてね。私も本当にそれでいいのかなと思ったんですが(笑)
それで、ブルーズミュージシャンの名言を選抜して、13の「ブルーズクレド」というものをつくりました。「ブルーズ」という言葉を、「印刷」に置き換えると、意味が通るようになっているんです。社員さんの名刺は、この中から好きな言葉を選んで、アルバムジャケット風の写真も入れてるんです。
溝口:これ、すごいかっこいいですよね。こういう形になると、フィロソフィーも自分ごとになるし、モチベーションも上がりそうだなあと思いました。
大川:特許庁さんもこんな風に名刺変えたらいいんじゃないですか。
九法:いいですね!KESIKIがデザインするので、大川印刷さんでつくってもらいましょう。
溝口:ぜひ!名刺も施策のひとつだと思うのですが、他にどうやって社員の人たちを巻き込んでいったんですか?
大川:私にとってのブルーズのように、個人の経験から湧き上がる課題感とか希望が、一人ひとりの行動の原動力になると思っています。そういった社員一人ひとりが自身の経験みたいなものを棚卸ししてシェアするワークショップなどを行っています。
ある程度の暴走を許す
九法:思想を社内に浸透させていくって、そう簡単にはいかないですよね。
大川:そもそも「浸透」って、水が上から下に落ちていくイメージですよね。それではなかなか社員さんには受け入れてもらえないんです。湧き上がるくらいでないと。とにかく、何度も何度も対話することが大切だと思っています。
九法:自分ごととして捉えてもらうための、さりげない仕掛けや工夫を地道にされてきたんですね。
大川:そうですね。たとえば、社員さん持ち回りで自分の選んだクレドから話をするという会を毎週金曜日にやっています。それも、楽しく五感に働きかけるのが大事だと思っているので、実際にブルーズの曲を流して紹介したり。
九法:経営に五感を取り入れるというのは珍しいですね。音楽を媒介したカルチャー醸成、とっても素敵だと思います。
大川:あとは、仕事と自分のやりたいこと、そしてSDGsをつなげるワークショップをやっています。SDGsとかって、壮大な話じゃないですか。だから、身の丈に合ったところで多少誤解があってもいいから、自分の考えたことをやっていこうと。私は、仕事と遊びの境界線をなくすような働き方がいいと思っているので、個人の暴走をある程度許すという意識でいます。
溝口:従業員の方々が自発的に企画したりと、主体的ですよね。まさに今、特許庁でもデザイン経営プロジェクトチームの中でも、年次や肩書に関係なくディスカッションしようとしているのですが、そういった議論や自主性を活発にするための工夫とかってあるんでしょうか。
大川:社長が出席しないとかね(笑)あとは、若手だけのグループを作ってもらうとかもいいと思います。
溝口:そこで世代間ギャップとか生まれたりしないんですか?
大川:会社っていうのは社会の縮図なんですよね。ですから高齢化もするし、世代間ギャップもある。そこをぶつかって乗り越えないと結局会社も良くならないと思うんですよ。
大川印刷では、朝礼、昼礼、夕礼と、1日3回も全体会があるんです。生産性が下がりそうと言われるんですが、リモートワークともなるとさらに、雑談やお互いどういうことをしているか伝えられる環境が大事なんですよね。
根っこから湧き上がるもの
溝口:なるほど。意見を言ったり、ぶつかり合うってなかなか難しいですよね。
大川:「精神的安全性」を得られる場づくりっていうのは、難しいですが常に大切にしています。若手が革新的な意見を出してくれた時に守ってあげるのは、社長や年長者の使命でもあると思うんです。やはり完全なほったらかしではなく、うまく介入してバランスをとる必要はあると思いますね。
九法:会議などで、ワクワクするようなルールを設けたりもしているんですか?
大川:例えば幹部会議では、大体賛成ですとなってしまうので、最後にあえて反対の意見を言ってもらっています。意見を言わないというルールの「質問会議」というのもあります。あとは、「Back to Back」と言って、みんなでヘビのように連なって、背中にその人に対してのイメージを書いていくという取り組みもありますね。
九法:面白いですね。そういった工夫が数え切れないほどたくさんありそうです。
大川:もちろん、時々失敗もあるんですよ。それで本当にいいんですかって新入社員さんにも言われちゃうこともあります。そしたら、ごめんそうだなって。間違いを認めるのも大事かもしれません。
九法:なるほど! 一方、リブランディングって、直接的には売り上げにつながらなそうな気もするのですが、ビジネスにはどういう風に跳ね返ってきましたか?
大川:正直2020年は厳しかったですが、2019年度は私が社長になった2005年から数えて、過去最高の売上を上げることができました。もちろん、ESG投資やSDGsなどの世の中の流れというのもあるとは思います。
九法:フィロソフィーを社員の皆さんが自分ごと化する、そして、それを行動に移していくための工夫が、すごくたくさん散りばめられているんだなと思いました。私たちKESIKIでは、「言っていることとやっていることが一致している」ということが、長く愛される企業・ブランドであるための条件だと思っています。
大川:そうですね。リブランディングの際に、創業300年までもつようなブランドづくりがしたいと思って取り組みました。長く続くものというのは、根っこから湧き上がってくるもの。それが、まさにルーツ・ミュージックのブルーズでもあり、人間そのものでもあると思うんです。
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会社の思想を上から下に「浸透」させるのではなく、社員個人のルーツから本当にやりたいことや素直な意見を引き出し、それを仕事やその先の社会へつなげていく。もちろん一筋縄にはいかずとも、とにかく向き合い続け、主体性を促す環境を作り続ける。
誰もが理想としながらも一番難しいボトムアップのマネジメントを、徹底してやり抜いている大川さんの姿勢には、これからの時代の経営に大切な要素がたくさん詰まっていました。
トーク全容を聞きたい方は、ぜひアーカイブ動画をご視聴ください。
https://www.youtube.com/watch?v=hhQpK99vk6c
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さて、「中小企業のためのデザイン経営」をテーマとして、実践者のゲストをお迎えしてきた「DESIGN-DRIVEN MANAGEMENT SEMINAR」。
ご好評につき、3月30日(火)に最終回特別編を開催させていただく運びとなりました!
これまで5回にわたって、ゲストの方々の実践に基づいたトークをお届けしてきました。それぞれ異なるテーマではありながらも、単なるビジネスや経営手法ではなく、これからどんな世の中になっていくのか、その中で日本や日本企業はどんな価値をつくっていけばよいのか、という深く本質的なお話ばかりでした。
デザインを色や形といった意匠として捉える人もまだまだ多く、デザイン経営はとっつきにくいもの、自分とは関係のないものと敬遠されがちです。今回、日本を支える中小企業の方々が身近なものとして捉え、実際にアクションを実行してもらうために、これまで私たちが探究してきたことをもとに、できる限りわかりやすく、本質的な「中小企業のためのデザイン経営」についてお話ししたいと思います。
最終回なので、事前にご質問を募り、お答えする時間も設けます。こちらから、デザイン経営に関することならなんでも、ご質問ください。(時間の都合上、すべてのご質問にはお答えできない可能性もございます。予めご了承くださいませ)
DESIGN-DRIVEN MANAGEMENT SEMINAR #特別編
デザイン経営は中小企業を幸せにするか
■日時
2021年3月30日(火)17:00-18:30
■トークテーマ
・結局、「デザイン経営」って何?
・成果を出すデザイン経営、失敗するデザイン経営
・はじめの一歩の踏み出し方
■登壇者
特許庁 デザイン経営プロジェクトCDO補佐官 兼 審査業務部長
西垣淳子
東大法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。Duke大学LL.M、シカゴ大学LL.M.取得。クリエイティブ産業課長時代に、「The Wonder 500」(~日本が誇る優れた地方産品~」)プロジェクト)を手がけ、日本の隠れた産品をブランディングして世界に発信するなどの事業を推進。Gマークやキッズデザイン賞を担当するデザイン政策室に二度配属。「デザインの力」を活用した新たなビジネス展開を支援する「第四次産業革命クリエイティブ研究会」を開催し、後に、経済産業省/特許庁による「産業競争力とデザインを考える研究会」へと発展させる(本研究会にて「デザイン経営宣言」を発信)。特許庁では、ブランディング支援につながる商標部門を担当するとともに、デザイン経営プロジェクトチームのCDO補佐官として各種デザイン経営の推進に携わる。
KESIKI INC. Partner, Design Innovation
石川俊祐
1977年生まれ。英Central Saint Martinsを卒業。Panasonicデザイン社、英PDDなどを経て、IDEO Tokyoの立ち上げに参画。Design Directorとしてイノベーション事業を多数手がける。BCG Digital VenturesにてHeadof Designを務めたのち、2019年、KESIKI設立。多摩美術大学TCL特任准教授・プログラムディレクター、CCC新規事業創出アドバイザー、D&ADやGOOD DESIGN AWARDの審査委員なども務める。Forbes Japan「世界を変えるデザイナー39」選出。著書に『HELLO,DESIGN 日本人とデザイン』。
https://kesiki.jp/
KESIKI INC. Partner, Narrative / Community
九法崇雄
一橋大学商学部卒業後、NTTコミュニケーションズを経て、編集者に。「PRESIDENT」副編集長、「Forbes JAPAN」編集次長兼ウェブ編集長、「WORK MILL」エディトリアル・ディレクターなどを務め、国内外の起業家やクリエイターを数多く取材。2019年、デザインディレクターの石川俊祐らとKESIKI設立。カルチャーを軸として企業や官公庁のブランディングやイノベーションを支援するほか、「WWD JAPAN」エディトリアル・アドバイザー、東京都青山スタートアップアクセラレーションセンター・メンターなどとしても活動。
■対象者
・中小企業の経営幹部、管理職の方
・「デザイン経営」に関心のある方
・中小企業や地域ブランドなどに関心のあるデザイナー
■参加費 無料
■参加方法 YoutubeLIVE : https://youtu.be/2YktSz2Vrg4
■お申し込み 不要
<共催>
特許庁 デザイン経営プロジェクト
https://www.jpo.go.jp/introduction/soshiki/design_keiei.html
KESIKI INC.
KESIKは「やさしい経済をデザインする」ことをミッションに、2019年11月に設立したデザインファームです。デザイン、金融、ビジネスコンサルティング、編集など様々なバックグラウンドを持ったメンバーが、組織からプロダクトまで様々なモノやコトのデザインや発信のお手伝いをしています。
KESIKI公式ウェブサイト https://kesiki.jp/
KESIKI公式ブログ https://note.com/kesikijp
KESIKIフェイスブックページ https://www.facebook.com/KESIKI-110182390642012
<本イベントに関するお問合せ先>
KESIKI INC. コミュニケーション担当
若尾・九法
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