学びは好きだけど、勉強は嫌いなままかも…
他のSNSでも写真は掲載しましたが、さすがに大っぴらに居場所を伝えるのは怖いので、noteでコッソリお伝えします。
…というか、さすがにタイトル画像で分かる人には、どこにいるのか分かりそうですが…(笑)。
どこにいるのか分かった方は、コメント欄にご回答ください(*'▽')。
ということで、今回は勉強苦手(>_<)というテーマで書いてみようと思います。
最後までお読みいただけると幸いです。
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「勉強」の実際の意味については、調べてもらえると分かるのですが、投稿の内容とは違うニュアンスです。
ですが、この投稿では「学び=主体的」「勉強=能動的」という設定で進めていこうと思います。
さて、リカレント教育などを体験して感じているのですが、学びには楽しさがあると思っています。
一方で、勉強には若いころの強制された感覚や、つらくてもやるといった矛盾観が含まれているように、個人的には思うのです。
つまり、自ら行う学習は好奇心や探求心が原動力となっていると思うのですが、強制されているような学習には、プラスの思考が働きにくいということです。
これは、自分自身のモチベーション維持でも同じだと思うのです。
「大変だけど、将来のために頑張る…」というのは、ちょっと努力の方向性が違うのではないか?と考えてしまいます。
つらいことを続けても、それって本当に必要なことなのでしょうか?
私もつらいことは過去にいろいろ経験しています。
その経験上、つらくても楽しみを見つけられたり、好奇心が掻き立てられるものは、将来的に必要性を感じることができましたが、つらいしかない学習は、結局のところ何も役に立たなかったと思っています。
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私は幼少期から、勉強が嫌いでした。
授業中に黙って座って黒板を写しながら、教師の「ここテストに出るぞー」だけに反応する日々…というと、随分と闇を抱えた感じに聞こえますが、成績のための勉強を繰り返していましたし、どれだけやっても成績が伸びないことにジレンマとストレスを抱えるようになっていきました。
さまざまな社会経験を経て入学したリカレント教育、現在の通信制大学では、面白そうだと思ったことには、とことん首を突っ込んでみました。
中には、大変でつらいと思うこともありましたが、楽しいと思える部分があるものは、それでも続けるようにしました。
結果として「平均的」ではない人生にシフトチェンジをし、面白いと思えること自体が増えるようになりました。
それは、主体的に学ぶというスタンスだけを守ってきた結果でもあります。
他に何かをしたわけではありません。
興味があれば学ぶ、勉強してる…と思ったら、スッパリやめてしまう。
言葉やニュアンスや感じ方の違いだけでしょうが、学習スタイルの変化は生き方の変化でもあるのではないかと、考えています。
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…さてさて、現在「防火防災管理者講習」を受講中です。
そのためにタイトル画像の地にいるのです。
どんな内容なのか?
興味があって志願した資格取得。
しかし、講習スタイルが、がっつり座学過ぎて、過去の「勉強」している自分を思い出してしまいました。
noteをやってると、自己主張したくなりませんか?
何か発言したり、グループセッションしたくてウズウズ…(*'ω'*)。
明日も講習は続くので、今回はこの辺で…。
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ということで、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今回の投稿は以上です。