自分は追い込んでナンボ。他人は甘やかしてナンボ。
最近になって、私は、他人からすると、良く言えば「ストイック」で、悪く言えば「異常(ホントに悪いなw)」だということが分かってきました。
「自分の常識=他人の非常識」とはよくいったモノで、自分一人では気づけなかった視点に気づくことができるというのは、とても有難いことです。
(・ω・)…なんか、この書き方は、アレですね。良くないやつですね(笑)。
ですが、気にせず進めていこうと思います(イケイケ←死語)。
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私は、私という人間をとてもよく知っています。
気を抜くと怠けてしまう性格で、自己弁護もするので、タチが悪いです。
ですから、座右の銘は「油断大敵」です。
もちろん「大敵」は他人ではなく自分自身のことで、常に監視が必要です。
「そんなこと考えてたら、疲れちゃわない?(;´・ω・)」と言われたりもしますが、油断して取り返しがつかなくなることが、ものすごく怖いので、消去法です(笑)。
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個人的な意見ですが、人生はマラソンというより「綱渡り」な気がします。
マラソンは、自分のペースさえ守れば、誰もがゴールに辿り着くことが可能です。
一方、「綱渡り」は、ゴールできる人はごくわずかです。
ちょっとバランスを崩しただけで、気を抜いただけで、突風が吹いただけで、あるいは足元のロープが切れただけで、あっけなく終わってしまいます。
運よく、別のロープを掴めても、元のロープには戻れません。
人によると思いますが、挫折や失敗というのは、自分で転ぶ以外の事象が原因なことも往々にしてあるモノです。ですから、「綱渡り」という自分の過失以外の要素も原因となるモノの方が、しっくりきます。
…と、ネガティブ発言はここまでにしますね(*'ω'*)w。
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以前の私は、タイトルとは逆の「自分に甘く、人に厳しい」人間でした。
ですが、その考えは間違いだと、さまざまな経験を通して学びました。
ありきたりですが、自分が変えられるのは、世界でも他人でもなく、自分しかないです。
逆に、自分だけは自らの意思で変えられる権利を、誰もが有しているということでもあります。
これって、実はものすごい可能性を、すでに手にしているんだと思いませんか?
「自分」は「自分の意志」で変わる。
きっかけは、些細なことです。
ある日突然、その瞬間は来ると思います。気づくか気づかないかは、その人次第です。
変化を感じるようになったら、もうこっちのものです。
どんどん高いハードルを用意しておきましょう。
ビックリしすぎて笑っちゃうと思いますよ?
「絶対無理‼Σ(゚Д゚)」が「…飛べるかも⁉(/・ω・)/」となって、挑戦したら、「飛べっちゃった(*'▽')♪」となります。
…想像しただけでワクワクしませんか?
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「他人は甘やかしてナンボ」の真意
さて、最後に「他人を甘やかす」ことについて書こうと思います。
こちらは簡単に言ってしまえば、私の領分ではないからです。
…言い方が悪くてゴメンナサイm(__)m。
ただ、厳しく接するより、プラスの働きが作用する機会が増えるとは思っています。…が、これを詳細に説明するのは、今回は止めておきます。
あなたがどう感じるか?が大事だと思うので、阻害したくないです。
どんなプラスの作用があるのか、考えてもらえたら幸いです。
ということで、読んでる方は中途半端に感じるかもしれませんが、今回の投稿は以上です。
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