神秘のエクリチュール 〜 V.ウルフ と U.K.ル=グウィン それに J.ギュイヨン (静寂者ジャンヌ26)
これまで
5歳の娘を連れて、家を飛び出たジャンヌは、ひとまずジュネーヴ近くの町ジェックスで、プロテスタントをカトリックに改宗させる団体に参加した。しかし、その団体の欺瞞に満ちた非人道的な活動の実態を目の当たりにして、ジャンヌはストレートに団体を批判し、団体から距離を置いた。国家権力をバックにした団体を相手に、ジャンヌはドン・キホーテのように単身で対峙した。当然、ジャンヌは窮地に追い込まれた。そんなジャンヌを、ラ・コンブ神父が全面的にケアした。霊性に満ちた、柔軟なこころの、この神父を、ジャンヌは敬愛した。しかしそのうち「二人はできている」というスキャンダル・デマが広まった。二人はもろともに窮地に陥った。そんななかジャンヌは、ラ・コンブを〈内なる道〉の真髄へと導くことが自分の使命だと悟った。ラ・コンブはジャンヌを「恩寵の母」として認め、彼女の教えを仰いだ。
ジャンヌはラ・コンブと二人三脚で、「神秘の母性」の二つの伝達ツールを開拓していく。
ひとつは言葉で「書く」こと。(「神秘のエクリチュール」)
もうひとつは、言葉を介さずに「〈こころ〉から〈こころ〉へ、ダイレクトに伝える」こと。(「沈黙のコミュニケーション」)
まず「書く」ことから、物語ははじまる・・・
1 書く衝動
ジャンヌは恩寵の母として、子であるラ・コンブに〈内なる道〉の指導を始めた。
けれどもラ・コンブは、なかなかコツを掴めなかった。
どうしても、自我をほどいて〈裸〉になって、自分を明け渡すことができなかった。
どうやったら彼に、〈裸〉を体得させられるか・・・
ジャンヌは思い悩んだ。
そんなある時、ジャンヌは無性に、何かを書きたくなった。
何を書くか、自分でも分からなかったけれども、どうしてもペンを取りたいという衝動に駆られた。
書く前に、まず、言葉が出なくなり、失語症のような状態に陥る・・・特徴的だ。
ラ・コンブに、どうやって自我をほどき、〈裸〉になることを体得させるか・・・それで、ジャンヌは悩んだのだが、この〈裸〉の状態は、いっさいの言語分節を落とす、いわゆる言語脱落の境地でもある。その境地をどうやってラ・コンブに伝えるか、悩んでいるうちに、自分自身が深い言語脱落の境地に入っていったというのだ。
翻って、この時のジャンヌの状態を確認しておこう。
ジャンヌは、いわゆる「上昇道」で、自分のいっさいを神に明け渡し、いっさいの分節認識を落とし、自我をほどききって、〈消滅〉のゼロ・ポイントに到達した。その無分節体験から、今度は〈甦り〉の状態、いわゆる「下降道」に移行した。意識の〈底〉では常に無分節体験が成りながら、同時に表層意識がよみがえって、ちょうどカメラのレンズが自在にフォーカスされるように、必要に応じて日常が分節される・・・そういう意識の透明な重層性、同時多次元的な状態に入った。
このフォーカスの焦点は、ジャンヌが自力で操作するのではなく、〈底〉の無分節態から発する恩寵の流れ、つまり超越的な〈はたらき〉によって、おのずと照準される。ミスティック・オートフォーカスとでも言おうか。
ジャンヌが書く衝動に駆られた時、そのオートフォーカスがどんどん開いていって、どこにも焦点が定まらなくなった。仮の表層意識レベルが機能せず、〈底〉の無分節にずるずる引き戻されていったのだ。
この時ジャンヌは、トノンの修道院でリトリートしていた。(ジャンヌはヌーヴェル・カトリックとの関係が悪化して、ジェックスに事実上いられなくなっていた。)失語症のような状態に陥ったジャンヌに対して、修道女たちは冷たかった。「何なのこの人。こっちは忙しいんだから・・・」といった感じだろう。さすがにこれはまずいと思ったジャンヌは、独りで部屋に閉じこもった。
乳が張ったように ・・・〈神秘の母性〉の体感的な表現として、ジャンヌが好んで使う表現だ。これからもしばしば出てくる。
2 でも、何を書きたいのですか?
ジャンヌは、書きたい衝動を、ラ・コンブに伝えた。
ラ・コンブは、こんなふうに答えた。
実はわたしも、あなたに「何か書いたらどうか」と命じたい強い衝動に駆られていたのですよ。でも、あなたが何だか辛そうだったから、言い出せなかったのです・・・
面白いことにラ・コンブは、こういう大事な時、たいがいジャンヌの提案に「実は、わたしもそう思っていたんですよ」と答えるのだ。阿吽の呼吸だろうか。何となくユーモラスなやり取りでもある。
ジャンヌは答えた。
辛かったのは、書かないでいたからです。書いたらきっと楽になります。
そこで、ラ・コンブがこう聞いた。
でも、何を書きたいのですか?
もっともな質問だ。
知りません。知りたくもありません。わたしには何のアイデアもありませんし、もし何らかのアイデアを持ったり、一瞬でも自分に何が書けるかを考えたりしたら、それは神に対する不実だと思えてならないのです・・・
すごい答えだ。
何を書きたいか知ったこっちゃない。ただ、書きたいのだ・・・
ラ・コンブはジャンヌに、書くように命じた。
ラ・コンブは「子」でもあるが、聴罪司祭として「父」でもあるから、ジャンヌは「父」としての彼の判断が、形式的であれ必要なのだ。
3 神秘のエクリチュール
ジャンヌは猛烈な勢いで書きまくった。
まるでジャンヌの手が〈神〉の意志の道具となったかのように、彼女の思考とはかかわりなしに、〈底〉からの流れが、ダイレクトに言葉となって綴られる。
いったん、言葉のすっかり落ちたゼロの境地に没入して、そこから改めて言葉が分節されだすのだ。
一般に「神秘のエクリチュール(エクリチュール・ミスティック)」などと呼ばれる、ジャンヌ流の綴り方だ。
自分が書いているのではなくて、〈底〉からの流れのままに、書かされているのだから、それを自分で推敲したら、それは「神への不実」になってしまうというのだ。
書くうちに、ジャンヌはだんだん楽になっていった。
こうしてジャンヌは、最初のまとまった作品『奔流』を一気に書き上げた。この作品は、上流から下流へとおもむきを変えて流れる川に喩えて〈内なる道〉を概説し、特に〈裸の信〉のコツを解説したもので、ジャンヌの著作の中で最も体系的な完成度の高い作品とされている。この『奔流』と、同時期に書かれた『小概論』の二作品以外に、ジャンヌは〈道〉の全道程を体系的に書くことをしなかった。(いずれも個人的にラ・コンブのために書いたものだ。)
彼女の〈道〉の構造は、この『奔流』以来、ずっと変わらない。いかんせん、カトリック神父のラ・コンブに向けて書かれたものだから、全編キリスト教用語でがちがちになっていて読みづらいところがあるが、ジャンヌの〈道〉の全体図を知るには欠かせない作品だ。
『奔流』は日本語で全訳が出ている。『キリスト教神秘主義著作集 第一五巻 キエティスム』所収の『ギュイヨン夫人 奔流 (村田真弓 訳)』(教文館)。同巻の村田真弓氏による『解説と解題 ギュイヨン夫人』とともに、ジャンヌ・ギュイヨン研究の必読書だ。また同巻の『フェヌロン 純粋な愛についての考察(村田真弓 訳) 』および『解説と解題 フェヌロン(村田真弓)』も、ジャンヌ理解に欠かせない。さらに、この巻全体がジャンヌ・ギュイヨン研究に欠かせない。
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「神秘のエクリチュール」の技法を発見したジャンヌは、これ以降、生涯にわたって猛烈に書き続けていく。もともと少女時代から、読むこと、書くことの好きだったジャンヌだが、これ以降はひたすら、〈底〉からの流れのままにペンを走らせ、恩寵の〈母〉として、〈子〉たちに〈内なる道〉の骨法を文章で伝授する。
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ジャンヌは書かずにはいられないタイプだった。その点では、書かなかったらアル中になっていただろうと自ら語るマルグリット・デュラスと似通っているかもしれない。いや、それよりもすごい「症状」だったようだ。「満ちた」状態になると、そこらへんにある紙に、かたっぱしから書きまくるのだ。紙がなくなると、紙切れのようなものでも、とにかく書くスペースがあったら、文字をで埋める。ジャンヌはある時、「断酒」ならぬ「断書」を試みるのだが、結局、できなかった。
4 リズムは言葉よりはるかに深いところにある
それにしても、この「神秘のエクリチュール」を、どう理解したらいいだろうか?
これは、トランス的な憑依状態での神託のようなものとは違う。シュールレアリストの「自動筆記」と比較されることもあるが、それとも質を異にする。〈道〉の実践的なコツを伝えるという、彼女の書く意図は、最初から最後まではっきりしている。
そもそも「神秘のエクリチュール」という呼び方は、ミスリーディングではないか・・・
あれこれ考えている時に、ふと、ヴァージニア・ウルフの次のような文が目にとまった。
これはウルフが、さる友人に宛てて書いた手紙の一節だ。
言葉よりはるかに深いところにあるリズム・・・
それをつかめば、文体がおのずと生まれ、そうすれば間違った言葉なんて使いようがない・・・
示唆的だ。
「書く」という創作現場の観点から考えれば、ジャンヌの言う「〈底〉から流れ出すもの」とは、このリズムだと解釈してもいいのではないか。
ジャンヌの手稿を見ると、その感を強くする。すごいのだ。何か、事件の現場を見るような、尋常じゃない切迫感、臨場感が漲っている。句読点もなく、大文字と小文字の区別もほぼなく、激しく波打つような、ペンで刻むような筆蹟で、紙面いっぱいに文字が綴られている。しかも、紙面の終わりが文の終わりということが多い。
ここに記されているのは、リズムだ。
リズムが文字となって、紙面に痕跡を残している。
そんなふうに感じられる。
下の写真は、彼女の手紙の一例だ。(クレジットの確認ができていないので、念の為、出版掲載されているものの一部分を切り抜いた。まずかったら、タイトル画像も含めて削除します。)こんな手紙、貰う方も大変だろうな。
もっと、ものすごい手稿もある。
ウルフが書いているように、確かに、文体はリズムだ。そしてそのリズムとしての文体が、文の内容を導き出す。リズムが、内容そのものを規定する・・・書いていて、そう実感する人も多いのではないか。そして、そのリズムは言葉よりはるかに深いところにある。
考えてみれば、ジャンヌが書こうとしているのは、〈道〉における意識・対象のゼロ・ポイントに至る自分自身の体験だ。言語脱落、自我ほどきのプロセスだ。それは、意識の表層レベルで言語化できる範囲では、とても書ききれない。それでは肝心なところが書けない。ブラックホールとも言うべき意識の〈底〉から、「純粋な」リズムが流れ出るのを待たなければならないのだろう。そのリズムによって、自分のゼロ・ポイント体験のリアルが、意識のはるか深くの記憶として現れ出て、言葉になって紡がれるのだろう。
このウルフの一節を受けて、『ゲド戦記』で知られるアーシュラ・K. ル=グウィンが、こう書いている。
この一節、まるでジャンヌの「書く」秘訣の解明のようでもある。
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ウルフの手紙で注目したいのは、頭にアイディアもヴィジョンもいっぱいつまっているのに、午前中も半ばになっても、心の波の正しいリズムがつかめないでいることだ。
リズムを待たなければならない。
待つということ。
ウルフは書くことで、波が砕けて逆巻くのをつかもうとするのだが、最終的には、書きながら待つという受動性に委ねなければならない。
ジャンヌが、〈底〉から流れ出るリズムを待ち、それにペンを委ねるように。
これについてル=グウィンは、こう書いている。
ジャンヌは作家ではなかったから、ウルフたちのような書けない苦悩を味わうことはなかった。波が打ち寄せて砕ける時に、ペンを走らせるだけだった。それは、自分のアイディアや意見を超えた、根源的なリズムの自己分節化だから、まさに「間違った言葉なんて使いようがない」。ジャンヌが、書いたものを推敲しなかったのは当然だっただろう。
まあ、正直、もうちょっと推敲してくれればなあ・・・というところもある。あまりに書きっぱなしで、全体の論旨がぐちゃぐちゃになっているような手紙も多い。しかし〈道〉について理解できてくると段階的に分かるのだが、その内的な体験についての描写、言葉の使い方が、驚くほど正確で精緻なのだ。
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それにしても、この根源的なインスピレーションの源泉のような「リズム」とは、いったい、何だろう?
ジャンヌの場合では、彼女はこれを「恩寵」と置く。恩寵は、神の〈愛〉でもある。それはキリスト教的な神の〈ことば〉と密接に結びついている。〈ことば〉とは万物の根源的な〈いのち〉でもある。
次回は、〈ことば〉との関連で、ジャンヌの「書く」を検討してみたい。
(a) Dans cette retraite, il me vint un si fort mouvement d'écrire que je ne pouvais y résister. La violence que je me faisais pour ne le point faire me faisait malade et m'ôtait la parole. Je fus fort surprise de me trouver de cette sorte, car jamais cela ne m'était arrivé.
(b) Ce n'est pas que j'eusse rien de particulier à écrire, je n'avais chose au monde ni pas même une idée de quoique ce soit. C'était un simple instinct, avec une plénitude que je ne pouvais supporter. J'étais comme ces mères trop pleines de lait, qui souffrent beaucoup.
(c) En prenant la plume je ne savais pas le premier mot de ce que je voulais écrire. Je me mis à écrire sans savoir comment, et je trouvais que cela venait avec une impétuosité étrange. Ce qui me surprenait le plus était que cela coulait comme du fond et ne passait point par ma tête.
(d) Je n'étais pas encore accoutumée à cette manière d'écrire; cependant j'écrivis un traité entier de toute la voie intérieure sous la comparaison des rivières et des fleuves. Quoiqu'il soit assez long et que la comparaison y soit soutenue jusqu'au bout, je n'ai jamais formé une pensée, ni n'ai jamais pris garde où j'en étais restée et, malgré des interruptions continuelles, je n'ai jamais rien relu que sur la fin, où je relus une ligne ou deux à cause d'un mot coupé que j'avais laissé; encore crus-je avoir fait une infidélité. Je ne savais avant d'écrire ce que j'allais écrire; était-il écrit, je n'y pensais plus.
(e) Ce fut alorsqu’il me fut donné d'écrire en manière purement divine.