[ちょっとしたエッセイ] もっと会っとけばよかったな
ちょっと行き詰まったり、迷ったり、自分がどうにもこうにも前に進めなくなりそうな時、ふと会いたくなる友人がいる。学生時代の友人で、仲は良いが、そんなによく会うわけでもなく、ただ僕が路頭に迷ったり、迷いそうになると不思議と彼から連絡が来て、なんだかんだいつも励ましてもらっている。かれこれ30年以上の付き合いになるが、彼は結構な旅人で、先述した「そんなによく会うわけでもなく」というのは、それが理由の一つでもある。高校を卒業後、単身で日本を離れ、料理人として修行をした彼は、6〜7年して戻ってきた。しばらくして、東京の高円寺に自分の店を出すものの、3年くらいで店を畳んだ。それから日本各地を転々としながら、様々な店でコック業をしている。ここ数年は東京近辺にいるが、飲食業界は古今東西忙しい業界で、僕が寝る頃に仕事が終わるような彼なので、やはりなかなか会うことが叶わないでいた。そんな中、先日急に彼から連絡があった。僕からしたら、とても歓迎すべきタイミングで、やはりなんか彼のアンテナに引っかかったのかなと、少しうれしかった。
僕が高円寺に勤めていた(丁稚奉公のような、ほぼタダ働きをしていた)20代半ば頃、ちょうど彼の店が近かったので、ほぼ毎日のように仕事後に入り浸っていた。どちらかというと、あまり自分のことを話さない彼は、当時の僕の話をよく聞いてくれた。ディナータイムの忙しい時間に入り浸り、うんうんと聞いては、フライパンを振る彼に、僕はありとあらゆる不満を話していたかもしれない。そして、深夜のコンビニバイトに行くために僕は帰る。そんな日々を僕らは送っていた。たまに、バイトがない日などは、今日飯食ってく?と、大皿にパスタを盛って出してくれたり、店を閉めた後、彼に家に行っていつまでも話した。答えが見つかるような話ではなく、なんとなしに彼も僕もお互いが思うことを肯定しながら、そして、彼は口癖のように「お前は間違ってないよ」と最後には言ってくれた。
それでも、そんな僕らの日々は長くは続くことはなく、彼は店を畳んで、僕は高円寺の会社を辞めた。
「いろいろあるよね」
「そりゃそうだよ」
そう言って店の扉にシャッターを下ろした。そこから、ほんとにたまにしか会わなくなってしまったのだが、数年前、僕が鬱っぽくなった時、誰よりも先に声をかけてくれたのは彼だった。
ああでもない、あれが辛い、しんどい、あらゆる弱音を彼に話すと、「いいんだよ、お前はお前のためだけに生きろよ」とウーロンハイを一気飲みしてジョッキをドンとテーブルに置き、少し興奮しながら言った。その後、二人で会うことはなかなか叶わなかったが、今日までなんとか生きているのは、彼の言葉の力が大きかったと思う。
「ちょっとコーヒー飲もうよ」とLINEが来て、何年振りかに会うことになった。会うなり、どうなの? と声をかけてくるので、まあなんとかと答える。相変わらず行き詰まってんなと、見透かされたような言葉が返ってきた。コーヒーを飲みながら、ここ数年のことをお互いに話し合った。彼はやはりというか、もういくつもの店を転々として、その度に彼も傷ついていたようだった。生きるって大変だよなと彼は窓の外を見ながら言った。僕もそれに頷きながら、やっぱそうだよねと答えた。
「おれさ、来月から九州行こうかと思ってて」と唐突に彼は言った。九州?と僕は二度見するように聞き返した。「うん。新しくオープンする店があって、そこのオーナーがおれに頼みたいって」。僕もそうだけど、こういうことを誰かに口にするときは、すでに自分の中で決断していて、それに対して肯定してほしいときだ。でも、なによりも彼が自分で決めたことを僕に言ってくれることがうれしくもあった。だから、少しでも彼が気持ちよく行けるようにと、これまでの恩を返す時でもあると思って、「それがいいよ、きっとそれがいい」とだけ言った。
店を出ると、夕暮れだった。コンビニでビールを買って、人の少ない方向へ二人で歩いた。やはり僕は弱い。愚痴っぽく、彼がいなくなることが寂しいとこぼしてしまった。それを聞いた彼は、「もっと会っとけばよかったな」とビールを一口すすりながら言った。「何かあったら連絡しろよ」と別れ際彼が言った。もしかしたら、彼が行ってしまうまでにまた会うかもしれないし、会わないかもしれない。
何にも変わらずに、何も変えられずに、それでも僕らは毎日を生きている。でも、ただ生きているというよりは、いつでも何かしらの苦しみや憤りややるせなさを抱えて生きている。どれもがつながっていて、どこまでも僕らにつきまとってくる。でも、それは仕方がないことだから、いつまでも抱えて生きるしかない。お互いが元気であることを祈りつつ。
手前味噌で恐縮ですが、はじめてZINEを制作しました。
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