Vol.9 風土改革は「心理的安全性の確保」で一点突破
最近、風土改革が流行っています。
風土改革を行う理由は「今は悪い風土なので良い風土に変えたい」ということなので、実際にはたくさんの取り組みを行うことになります。
多くの会社は、これらをそのまま総花的に行っていると思います。少なくとも私の会社はそうです。
私の考えだと、それではうまくいきません。いろんなことを一度にやってもうまくいきません。こういう時こそ、何か1つを徹底的に進めるのが効果的です。
今回は、この風土改革について考えてみます。
風土改革の取り組み
風土改革で行うことは、実に多種多様です。
自由闊達な職場づくり、働き方改革、心理的安全性の確保、ハラスメント対策、ダイバーシティの浸透などなど、多くの取り組みが考えられます。
さらに具体化を進めると、組織開発、会議の改革、職場のフリーアドレス化、1on1の導入、残業時間の削減、有休取得推進、ハラスメントの罰則強化、EDI(Equity、Diversity、Inclusion)教育・・・と、やることが山のようにあります。
受け側の社員にはこれらが波のように襲ってきて、一体何をやっているのか分からなくなります。
なので、こういった取り組みを同時並行で行っても、なかなか効果が得られません。一歩間違えると、逆に現場が冷めてしまい、組織が疲弊するという最悪の結果が訪れます。
風土改革は根本治療すべし
・会議が多いから見直して削減
・労働時間が長いから残業時間制限
・ハラスメントが多いから罰則強化
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皆さんの会社では、こんなバラバラの取り組みをしていませんか。
これは対症療法です。
健全な会社であれば対症療法で十分です。
健康な人は、少しの体調不良であれば、薬や休養でだいたい回復します。
ところが、風土改革が必要な会社は、健全ではありません。
不健康で、頭痛、腹痛、痺れなど、症状がたくさん出ている人です。
(ただし、前提として本来健康になれる体質の人です。)
対症療法で片っ端から薬を飲んでも、治るどころか、逆に副作用で悪化するリスクもあります。
このようなケースで必要なのは、根本治療です。
本来健康になれるはずの人が不健康になっているなら、その根本原因を究明し、対策を取るのがベストです。睡眠時間、生活の規則性、食生活などに問題があれば、生活習慣を見直します。強いストレスを受ける事情があれば、改善を試みます。
会社も同じで、個々の症状を個別に潰すのではなく、風土を悪くしている根本原因をあぶり出して、その病巣を集中治療するのです。
病巣は何か
では、風土を悪化させている病巣は何でしょうか。
これは組織によってケースバイケースだと思いますが、大体のケースでは意外とシンプルで、風通しの悪さだったり、忖度の習慣化だったりに行きつくのではないでしょうか。
・会議が多いのではなく、声の大きい人だけがしゃべる、他の人は無難な発言しかしない、それどころか言うと損をするから何も発言しない、結果として質の悪い会議が多くなっている。
・忙しくて労働時間が長くなる理由が、実は仕事のやり方が古く、業務効率が悪いだけなのだが、指摘するとやらされるだけなので気づいていても何も言わない。
・ハラスメントについては、コミュニケーションが十分とれていれば未然防止できるケースもインシデントになっている。(罰則強化が不要なのではなく、減らす努力ができることが言いたい。)
普通は、何か言いたいと思ったとき、少し考えます。
これを言っても大丈夫だろうか、非難されないだろうか、否定されないだろうか、ダメ出しを食らわないだろうか、仕事を押し付けれないだろうか、不利なことは起こらないだろうかと、いろいろと心配になります。そして考えた結果、やめておこう、となります。
このような状態で対症療法を施しても効果は出ません。
会議の削減も、残業時間の制限も、罰則強化も、無理に取り入れても大きな効果は出ず、逆に拒絶反応が出ることもあります。
一方で、忖度せず何でも言えて、声を出せて、風通しが良くなれば、どれも改善しそうです。
・会議の質は自然に上がり、無駄な会議は自然に減るでしょう。
・業務効率改善は、少なくとも提案が出ます。実行への第一歩です。
・ハラスメントは兆しの段階で解決できるケースが出てきそうです。
それ以外の課題にもだいたい効果があると思います。
ではどうやってそれを実現すればよいのでしょうか。
一点突破するなら「心理的安全性の確保」
私はそれを一気に解決するのが「心理的安全性の確保」と考えています。
「心理的安全性の確保」というのは、とても深い思想です。
医療の現場で特に重視されているそうです。
例えば手術現場で、どんなに権威のある先生が手術をしていようとも、ミスをしていると感じたら、誰でもすぐに声に出せる空気感が必要です。そうでないと、患者の命を奪うかもしれません。そんな究極の状態で生まれた言葉だそうです。
もしかしたら名誉教授のミスを研修医が指摘することもあるかもしれません。それでもおとがめを受けることのない、身の安全が保障された状態なのです。
でもそれだけでは足りません。
パナソニック(松下電器)の創業者である松下幸之助さんは、このように語っています。
ここに書かれている「その誠意と努力と勇気をほめんといかん」という言葉に注目です。身の安全が保障されるだけでは、多くの人はまだ発言を控えると思われます。評価されて初めて発言のモチベーションになるのです。
このように、心理的安全性を確保するには、実は聞く側の姿勢が最も大切なのです。
ちなみに松下幸之助さんは「心理的安全性」という言葉は使っていません。
「心理的安全性」は、1999年にハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した言葉です。その言葉がまだなかった時代に、これだけ達観した考えを持っておられ、完璧に「心理的安全性」を語り切っているのは、本当に尊敬しかありません。
真の心理的安全性
私は「心理的安全性の確保」は、マネージャーだけがマスターすれば良いスキルだとは考えていません。
マネージャーに対峙するメンバーにも必要です。
メンバー間、つまり横横の関係においても重要な空気感です。
つまり、全員が、全員に対して、心理的安全性を確保する必要があると思うのです。
日常の会話やチャットの中で、否定したり、評価したり、レッテルを貼ったりというのは、マネージャーだけがやってしまうことではありません。誰もが他人に対して同じことをしていると思います。
こういうことはあってはならないことです。
それどころか、失言ですら歓迎し、みんなの成長の機会にすることで、真の「心理的安全性」が生まれます。
どうでしょうか。これ一つを浸透させるだけでも、いかに難しいか、想像できます。だからこそこの1つに絞って突破するのです。
具体的な取り組み
心理的安全性を当たり前にするのは、とても難しいことです。
啓蒙活動、勉強会はマストです。
でも一番大事なのは、やはり経営層から変わることです。
そもそも風土改革はボトムアップの取り組みではありません。
トップダウンで行わないと風土は変わりません。
メンバーとマネージャーは何でも言い合えるけど、マネージャーは経営層に何も言えないというのは、風土改革が中途半端な会社でよくある構図ではないでしょうか。
これだと意味がありません。
まずは経営層が何でも言える相手にならねばなりません。
うわべだけではダメです。松下幸之助さんのレベルで心から受け入れる人にならねばなりません。どうしてもそうなれない人は、残念ですが去ってもらうぐらいの覚悟が必要です。
そこまでやって、ようやくそれがマネージャー、メンバーに浸透していくのです。
手段としては1on1が有効だと思います。
ただし、これまでの1on1ではありません。本気の1on1です。
そもそも1on1は従来の面談とは異なります。
もちろん評価や指導の場でもありません。
心理的安全性を醸成する場なのです。
心理的安全性がまだできていない職場では、両者がお互いに心理的安全性を意識して会話する訓練をするのが望ましいです。
単なる傾聴ではなく、相手の意見を真剣に聞き、受け入れ、熟考し、取り込もうとする姿勢を鍛えます。
これを経営層から徹底的に進めるのです。
古い体質の会社だと、気が遠くなるぐらい時間がかかると思います。
でもそれをしないと風土は変わらないのです。
まとめ
今日は風土改革のために心理的安全性の確保に全力を注ぐべし、という話を書きました。
総花的な取り組みをやめて、1点に集中して取り組むことで、改革のベクトルが完全に一致します。自由闊達、多様性、フリーアドレス化など、個々の取り組みは発散力になりますが、1点集中は収束力です。この点も非常に重要です。
ただし、風土が健全化するのには最低でも数年はかかるので、ハラスメントへの罰則強化など、どうしても先にやっておくべきことはあります。
それとは並行して、まずは1点に集中して取り組み、ある程度浸透してきたら、さまざまな施策を取入れる、というのがスムーズです。
大企業の凝り固まった風土のなかで、心理的安全性を確保することは至難の業です。でもそれができないなら、最終的に風土改革は失敗します。
追記
さんざん考えて書いたのですが、googleの研究成果そのものでした。
なので大外しではないですね。良かった、良かった。