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羽生善治九段 対 藤井猛九段戦(叡王戦)

※昨日久々にこの将棋の映像を見たので、昔ブログに書いたものをnoteに再掲します。
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7年間待った。

7年前、第53期王位戦七番勝負。あの王位戦は楽しかったけど悲しかった。とにかくタイトル奪取を信じて長野、長崎、徳島の現地まで応援しに行った。それがとても楽しかった。応援している棋士がタイトル戦に出ている。

しかし最終局となった徳島対局、どのような気持ちだったか、藤井システムを登場させ、敗れた。この将棋はむしろ羽生善治王位の方に新手☗1六角という手が出て、それがいかにも好手に見えて、2日目は観ていてずっと苦しかった。

終局後、全身の力が抜けてしまったような姿。全てを費やして敗けてしまったのだと思い、改めて羽生善治という壁の高さを感じ、悲しくなった。

王位戦中継Blog:終局直後の対局室
http://kifulog.shogi.or.jp/oui/2012/08/post-febc.html

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あれから7年、再び羽生善治 - 藤井猛というカードが実現した。

九段戦 | 段位別予選 | 第5期 叡王戦
http://www.eiou.jp/qualifier/(リンク切れ)

【将棋】第5期叡王戦 九段戦 羽生・屋敷・藤井 - ニコニコ生放送 https://live.nicovideo.jp/gate/lv321367399

(※プレミアム会員であれば予約していなくてもタイムシフト視聴可能です)

この前に羽生善治九段-屋敷伸之九段戦があったため実現するかどうかは分からなかったが、もし羽生善治-藤井猛というカードが実現したならば、個人的に今の藤井九段のメインテーマと思っている角交換振り飛車になると思っていた。

しかし藤井九段の選択は後手藤井システムだった!

藤井システムの発動に盛り上がるニコ生コメント

藤井システムを用いて敗れたあの7年前。その続きを観るような想いになった。

そもそも第11期竜王戦挑戦者決定戦、第13期竜王戦七番勝負。最初は羽生善治九段をもってしても、藤井システムに挑戦するような立ち位置だった。藤井システムはそれほど将棋界を席巻していた。藤井九段だけの特別な球はしばらく誰も打ち返せなかった。それが居飛車党に寄ってたかって研究され、文字通り「藤井猛 対 全世界」となり、藤井システムへの様々な対策が出てきて、ついに藤井システムはファーム落ちしてしまった。

藤井システムの対局数は減った。藤井システム党は居飛車党に転向したりもした。それでも、藤井九段は☖6四歩〜☖9四歩型など新しい形を磨いていた。

羽生九段が採用したのは☗3六歩としてから穴熊に組む形。これは昔からある指し方だ。急戦ではなく穴熊を志向したことにニコ生のコメントは大いに盛り上がっていた。藤井システムは急戦にも対応することも含めて藤井システムだが、多くのファンは穴熊に敢然と攻めていく藤井システムを好んでいる。先日行われた広瀬藤井猛戦(京急将棋まつり席上対局)でも、☗9八香の瞬間、拍手が上がった。藤井九段の方の指し手ではないにもかかわらず。もはや職人芸を披露する場のようである。

☗3六歩と☖6二玉の交換を入れて☗9八香から穴熊にする形は、後手玉の危険度が上がっていたり、後々☖6五歩から攻められたときに☗7八玉と戻って☗9八香の一手を活かすことができたり、居飛車のメリットが大きい。

対して藤井九段が今回採用したのは、☖4三銀等銀を活用して6筋をおさえるのではなく、近年の形である☖8四歩型だった。

そして☖9六歩。☗同歩☖9七歩☗同桂☖9六香☗8五桂☖9七歩。☖8四歩型からこの端攻めは新しかった。なるほど☗8五桂と跳んでも☖8四歩が待ち構えており、☖8五歩〜☖8六歩と伸びる形を見据えている。実際、後に☖8六歩という突き捨てが好手になった。☖8四歩型を精一杯活かしている。序盤の一手、形を最大限に活かすのが藤井将棋である。

そもそも藤井システム調の将棋では歩の枚数を節約できる☖9七桂成〜☖9六歩がほとんどで、☖9六歩から入る端攻めはレアケースだ。藤井九段は今でも藤井システムを進化させている。そしてその相手が羽生善治九段。藤井九段と羽生九段は藤井システムの定跡を創ってきた。本局でもまた、藤井システムの定跡が創られようとしていた。

60手目☖8三金は本局で最も感動した手。藤井システム登場以降、穴熊側はすぐ潰れないよう駒組みを洗練させたので、藤井システムは単純に穴熊に向かうだけでは攻めが切れてしまう。本局も藤井九段は歩切れになり、攻めは細かった。しかしそこで☖8三金。こういう手を指せないと藤井システムを指しこなせない。思いついても実戦で指さなければならない。攻めの手段が一瞬なくなる上、☗9六香で☖7三角成〜☖9四香の二枚替えがあるため、相当に勇気がいるはずだ。それを藤井九段は40秒で指し、羽生九段は困った。

65手目☖6七角と打ち込むところ、藤井九段の攻めが切れたと思っていたニコ生コメントも多かったが、局後のコメントでは羽生九段も藤井九段も後手良しと思っていた。藤井システムが、藤井九段が緻密な手を紡ぎ、ついに有利を築いた。7年前の悪夢を払拭した。

しかし☖9三香成は不気味だった。直前の羽生屋敷戦では、羽生九段は遠くの駒をフル活用して屋敷玉を追い込んだ。藤井九段も9三の成香を活用されたら敗けてしまうと思った。

終盤、☗2四歩に☖3九馬と突如ギアチェンジしたのには驚いた。その後☗2三歩成(23秒)☖2八馬(10秒)☗3二と(16秒)はノータイムの応酬。これまで緻密に手を紡いできた将棋だったのに突然の斬り合いとなった。普段は秒をすべて使う二人でもここは気合と言わんばかりに駒を取り合った。ニコ生コメントは多くの悲鳴が上がっていた。

突然の斬り合いに悲鳴が上がるニコ生コメント

☗3二と が後手玉に近すぎる。それなのに☖2四角(44秒)と逃げて手番を先手に渡した。『一歩竜王』の☗9八飛を彷彿とさせるが、あまりにも危ない形だ。

この局面、藤井九段は後手玉に寄り無しと見ていた。確かに挟撃にしては9三成香は遠いし、7三の地点には銀も馬も利いている。しかし☗5五桂がそれを打ち砕く好手。7三の利きがなくなり、簡単に挟撃形を作られそうになった。

それでも藤井九段は☖8五歩と先手玉に向かったため、ニコ生の悲鳴はますます増えた。中川八段も興奮気味。☖8五歩は☗同銀とは取りにくいが、次に☖8六歩と取り込めなければ詰めろにならない。そこで羽生九段は☗6五香を放ち強烈な挟撃形を作った。藤井玉は動ける場所がない。

藤井システムは攻めが一方的に決まることがある爽快感を持つ一方、居玉で玉が薄いためかならず大きな反動を受ける。どれだけ細い攻めをつないでいったとしても最後には反撃を受ける。これは藤井システムの宿命のようなもので、それでも藤井九段は彼我の陣形を見極め、ギリギリを繋ぎ、凌ぎ、勝ってきた。それが藤井将棋で、だから藤井ファンは興奮してきたし、藤井九段の人気にも繋がっている。

羽生九段は☗4二銀と寄せにきた。94手目☖4二同玉。後手玉はいかにも危ないが、中川八段が明快に詰ますことができない。この局面、なんと☖2四の角が絶妙に利いていて詰まないのだ。局後羽生九段は驚いていたし、中川八段はこの局面が不詰であることを「奇跡的」と評していた。ただ、藤井九段だけは☖2四角の利きで詰まない可能性を見ていた。

☗6五香の代わりに☗4二銀から攻めていけば、王手で追った先に☖8三成香と挟撃を作る手があり羽生九段の勝ちとのことだった。水面下ではやはり☖9三成香が鍵となる駒になっていた。

実戦は☗6五香の次の☖8六歩が詰めろ逃れの詰めろになっていた。結果的かもしれないが、自玉の不詰を信じ、勇気を持って踏み込んだ見事な勝着だった。並は☗6五香の利きを恐れ☖6三桂で、実際の勝敗は分からないが、こういう手では敗けていたのだと思う。

「8六歩」という符号は、藤井ファンには『一歩竜王』の観戦記で馴染みがある。こういうのは単なる偶然でさほど意義を見出だせるものではないが、久々の羽生藤井猛戦、藤井システム、斬り合いの後ふと手を渡すやりとり、詰むや詰まざるやという条件が重なっての勝着「8六歩」にドラマを感じる気持ちは分かる。

最後は☖5一玉と「定位置」に戻って羽生九段の投了となった。この終局図を「美しい」と評している人もいた。

藤井猛九段が羽生善治九段に勝った。7年ぶりに勝った。後手番では19年ぶりに勝った。棋士が一番指すこと、それはとても対等で、どの棋士においても対等のはずだが、こんなに嬉しく感じることはやはりそうそう無い。藤井システムはますます進化していること、それが羽生善治九段に通用すること、羽生九段相手に終盤のねじり合いで勝ちきったこと、多くの藤井ファンが喜んでいること……。

局後、急遽行われた藤井九段インタビューで、藤井システムの採用はファンサービスの意味合いもあったことを告白していた。藤井九段にしては珍しいので自分の予想が外れたのもやむなし。その代わり、最高の対局を見ることができた。藤井九段が採用したのが角交換四間飛車でも同様に感動したと思うが、藤井システムは一度ファーム落ちしてしまった過去があるため、今勝つことはやはり格別な意味を持つ気がして、喜びもひとしおなのである。

私は、藤井九段のあの勝利後の笑顔を見たいがために応援している。

藤井九段、素晴らしい将棋をありがとうございました。

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棋譜(羽生善治九段 対 藤井猛九段)
http://www.eiou.jp/kifu_player/20190903-2.html(リンク切れ)


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