続きです。 再婚後、母親(次からは継母と書きます) の態度が変わっていくのは そう遅くはありませんでした。 当時の僕は小学3年生。 生意気盛りの男の子だったのかな。 次第に当たりが強くなってきました。 少しはしゃぐと黙れと言わんばかりの視線。 ご飯のおかわりをしようとすると、 これまた「食うなよ」の様な目線。 たぶん血が繋がってないから 少しの事でもムカつくのだろうか。 自分の息子が同じ事しても何にも言わない。 次第に好きだったゲームもやらなくなり、 今まで遊んでいた
初めまして、たろくんです。 母親からの虐待、そして施設育ちとして Twitterでぼちぼち好きな事を呟いてる者です。 せっかくnoteを開設したので、 僕の過去から現在まで(書ける所まで)を 記録していこうかなと思います。 あまり人に話す機会も無かったので。 それではいきますか。 まず、僕は普通に田舎で育ったごく普通の 男の子です。 両親がいて、兄弟は姉が1人。 好きなものは車、ゲーム、カード…etc 普通の家庭ですよね。 ただ、両親の喧嘩は絶えずありました。 ほん
おめでとうございます。 これから養護施設を退所して社会に出るんだね。 不安かもしれないけど、心配しなくて大丈夫。 君たちは強く勇敢な大人になる事ができる。 僕自身、養護施設での経験を持っているので、君たちの気持ちは十分に理解できる。 だから、少しのアドバイスをして、君たちの新しい人生のスタートを応援したいと思う。 まず、自由度について。 養護施設では、規律やルールがあったけれど、社会に出ると自由な時間や選択が増える。まじでめちゃめちゃ自由。 (未成年のうちは少し制限が