スパイス効いたカリー屋のママの恋のハナシ①
その路地裏はなんというかありふれたワードで言うならアジアっぽい。
ちょうど19歳の時に沢木耕太郎の深夜特急に夢中になって訪れたバックパッカー的香港というのが僕の中では当てはまる。
その日は暑い吐き気のする夏の日のランチタイムだった。連日ニュース番組では”最高気温更新”をお届けする。各番組の気象予報士をトップ項目のスタジオに自慢気に並べるラインナップ。そらそうよ、夏はピークに向かって気温が高くなるんだから。ある種、日本が平和な証拠がそこにあると思いながら構成を組んだりもする。僕はニュース番組のフリーランスのディレクター。事件事故ちょっと深刻な特集、外報、気象まで、やっすい昭和の万屋です。
そんな夏の日の午後、仲良しの作家のアレイさんとランチに出かけた。
歩くだけで嫌な汗が噴き出す、他局の情報番組でやってた夏バテにはラッシーがイチオシという薄い情報をもとにラッシーがありそうな店をふたりであてもなく探していた。
そしてその沢木耕太郎的アジアの路地裏でラッシーがありそうな店をたまたま見つけて入った。僕らにはどうしようもないけど一応話さないといけない視聴率の話をしながら。
カウンターが7席と小さなテーブルが2つあるだけのこじんまりとしたスパイスカリーがウリのお店だった。
店主の女性がそれっぽい陽気な幸せな笑顔で出迎えてくれた。
なるほど今大阪で異常に流行っているスパイスカリーの店、そういえばこの辺りは激戦区らしくよくスパイスカリーの看板を見る。
作家のアレイさんはまだ視聴率なんか糞食らえと話している。
ランチタイムを過ぎた遅めの時間だったので客は僕ら以外に恰幅のいいサラリーマンだけ。少し違和感を感じるのなら小さい女の子が2人店内の小さなテーブルで宿題をしていたことくらい。僕らは会話しながら何気にカウンターに座る。
僕はエッグチキンカリーと作家のアレイさんはエビカリーを頼んだ。
それっぽいシルバーの器にそれっぽい今風のスパイスカリーが手際よく僕らの前にそれぞれ出された。こんもりご飯の周りに食欲そそるママ自慢の具沢山カリーがひたひた。お惣菜的な一品料理付きで850円、悪くない。
夏バテ気味の僕にはとても嬉しい味だった。
数字(視聴率)ばかり気にする報道番組のPの悪口を聞きながらペロッとたいらげる。
そして、例の飲み物を注文してみた。
「ラッシーふたつお願いします」
ママ「えっラッシーやってません」
えええっ!いやいやいや路地裏のスパイスカリー屋にはあると思っていた僕らを恥じた。とんだ偏見かもしれない。スパイスカリー屋とラッシーの関係性は間違いなくニュースキャスターとカンペくらい相性いいものだと思っていた。
でも路地裏のスパイスカリー屋のママはやっぱり優しかった。味だけではない、懐も深い。
ママ「あーでもできるかもしれない。あるもので作ってみますねちょっと待ってくださいね」
さらに驚いた。
ラッシーのレシピなど詳しくは知らない、飲むヨーグルトを薄めたくらいの知識しかない。あるもので作れるんだ。とその時感動したことを覚えている。何をどうしたのかカウンター越しからはレシピの詳細を知ることはできなかったがまあいい、ふたりのささやかなランチの希望であったラッシーにありつけるのだから。
テレビに携わるいわゆる業界の人は、他局の情報番組の安い情報であってもいかに自分発の一次情報のように軽やかなに話すことをしばし求められている気がする。気がするだけ。それは報道番組であってもそうだろうきっと。
ラッシーが夏バテに効くという話をママに軽やかに話してみた。(お断りだがラッシーが夏バテに効くのか全く裏が取れていない)
そして出てきたラッシーはちゃんとラッシーだった。あの薄い飲むヨーグルトだった。
ぐびっと飲み干した。
宿題をしていた小さい女の子ふたりはラッシーに興味津々。私も!と言わんばかりに小さなガラスのコップで僕らと同じように飲み干した。
女の子たちは姉妹でどうやらお母さんはスパイスカリー屋のママのようだ。
そしていきなり、おもむろにドラマの重要なセリフのように。
ママ「私シングルなんです、離婚して、カレー屋始めたんです、ルカっていいます、よろしくです」
テンション高めの笑顔の素敵なママの人生がちょっとだけ見えた気がした。
子供たちは小学校が夏休みで店で宿題中。夜は焼き鳥の店を昼間だけ借りて営業しているらしい。
あれ、すっかりルカさんのファンになっちゃった。こんなことで飲食店のファンになるんだ。初対面でスパイス効いた優しいカリーと僕らの期待に応えてくれたラッシー、人懐っこい子供たちのアットホーム感。
そんな40歳超えたらグッとくるカリー屋。ありますか?そんな店会社の近くに。私は初めて出会いました。クソ暑い夏の日に。
それからたまに通うようになりました。
カリーはもちろん美味しいけど、背は小さくいつも元気いっぱいで楽しそうなルカさんは失礼ですけどむちゃくちゃ美人というわけではないけどちょうどいい距離感を作り上げる天才とでもいうか。まあただのカリー屋と客の距離感なんだが。そこが魅力だ。
仕事に忙殺されて大事なものをランチタイムに取り戻すのに必死の人たちの癒し。
そう思っていたのはどうやら僕らだけではなかった。
定期的に通うと毎回同じ人ばっかり来ていることに気づく。(もちろん女性客もいます)
ライバルというか同志というか、みんな何かしらの労働のシステムに組み込まれると不思議な癒しを求める傾向になるのか。
根本が人見知りの僕もママのMC(宮根誠司ばりの少ないワードで的確なフリ)によって他の常連客と徐々に距離を詰めれるようになっていく。忙しくない日の昼休みの45分。夏バテなんか忘れるような心地よい時間が流れていった。
続く。
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