Wikipediaに金を出すか?
知り合いがアナウンサーになって、ググッたら、Wikipediaに、彼女の経歴や出てる番組が書かれてて、なんやろ、確かにアナウンサーはすごい倍率で、なかなかなれないし、なれた彼女はすごい。その事は認めるものの、なんやろ、これ、言ってみれば、甲子園球児とかの活躍を書いてるようなもんやないん?とか思った。知らんけど、テレビ局とか、全国にあるし、アナウンサーとか、毎年募集してるし、言うほどか?たとえば、都道府県が50あったとして、毎年1人募集してるとして、20年で、1000記事。要るか?知り合いがテレビで活躍してたら嬉しいし、適当に一つの記事にまとめてくれてて、読みやすい。それは認めるものの、アナウンサーの記事が1000人分あったうちの1つがたまたま面白いかっただけで、残り、999人分の記事、ゴミやん?そのメモリーを管理せないかんために500円を払うか?確かにアナウンサーは花形とはいえ、1社員だから、テレビドラマの俳優とかと違って、ドラマごとに詳細なキャラ設定なんかも書かれてないし、局のホームページに簡単な経歴と開設してたブログしか(情報源が)なかった。そうした中、Wikipediaはどんな番組に出たとか細かいところまで書かれてて、よくまとまってはいた。だけど、べつに、うーん…500円の価値あるかなぁ…?うーん…なんか番組名が書かれてても、その内容動画は見れないし、番組名だけ見てもなぁ…となんか、野球のプロは2軍でも選りすぐりで、Wikipediaで生い立ちを見たら、小さい頃はエースで4番、甲子園で活躍、プロ入り、みたいなやつらばっかって書いてるネット掲示板を見て、やっぱこういう、地元の、贔屓の人しか見ない情報を延々と書いてるんやろな、と思った。言ってみれば、大きな木のようなもので、たとえば、映像だのテレビだのという記事から、アナウンサーという職種、で、地元の(自分の言う地元は、自分の地元じゃなくて、その局があるところの人という意味)アナウンサーを見たら、発明があり、歴史があり、今現在があり、つながる、と思うが、いきなり、知り合いのWikipedia見ても、ふーん、としか思わん。まあ、東大生よりはいいかもしれんけどな…東大生は年間3000人もおるから、書く意味がない。なんか昔は東大に受かったら、新聞に名前が載ったらしくて、まあ、なんだろな…新聞よりぐだぐだ書くのはなあ…むしろ、テレビ見て、ブログ見て、Wikipedia見て、お腹いっぱいかも。なんだろ、お金に困ってたシングルマザーに3000円あげた事はあったけど、Wikipediaには500円の価値はないかも。なんか、要出典とか、書いてみたり、ソースがあれば、正しいわけでもないし、ごちゃごちゃしてるんだよな。なんか、自分がこのnote書いてるのは2020年だけど、2014年現在、とか書かれたままのページもあるしな。mixiで自己紹介文書いてみて、そのままにしてる友人みたい。
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