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現代版プロティアンキャリアの誕生秘話 15年間の軌跡と15年後の未来 田中研之輔
はじめに
2008年4月に在外研究員を終えて法政大学に着任しました。しかし、3年が経つ頃には、日々の大学業務をこなすだけの毎日となり、これから先30年間働き続けるイメージが全く持てなくなっていました。そんなキャリア停滞感に苛まれていたとき、私自身を救ってくれたのがプロティアンキャリアでした。
私はそれまでキャリア理論を研究し、大学で講義を行っていましたが、自分のキャリアに対しても疑問を抱くようになっていました。そんな中で出会ったのが、ダグラス・T・ホール(Douglas T. Hall)の『Protean Career』です。彼はニュー・キャリアスタディーズの第一人者であり、特にキャリアの柔軟性と適応力に関する研究で知られています。彼の理論は、変化の激しい現代社会において、個人がどのようにキャリアを形成し続けるかを示すものでした。
日本の労働市場では、終身雇用・年功序列といった従来の制度が色濃く残る一方で、グローバル化や技術革新の進展により、個人がキャリアの主体性を持つことが求められる時代へと変化しつつあります。私はこのプロティアンキャリアの概念を日本の文脈に適用し、働く人々がより柔軟かつ自律的にキャリアを築けるような仕組みを作りたいと考えました。
プロティアンキャリアの魅力と他のキャリア理論との比較
プロティアンキャリアは、キャリアを「変幻自在に適応できるもの」として捉え、環境変化に応じて自己主導的にキャリアを形成することを強調します。他のキャリア理論と比較しながら、その魅力を整理してみます。
1. キャリア発達理論(Donald Super)との比較
スーパーのキャリア発達理論では、キャリアは生涯を通じて発達し、段階ごとに異なる課題を持つと考えます。プロティアンキャリアはこの考えを発展させ、固定された段階ではなく、個人が主体的に変化を起こすことが可能であると説いています。
2. キャリアアンカー理論(Edgar Schein)との比較
シャインのキャリアアンカー理論では、個人は自らの価値観や動機に基づいてキャリアを築くとされます。一方、プロティアンキャリアでは、価値観は変化するものであり、環境や時代の変化に応じて適応し続ける柔軟性が重要であると強調します。
3. キャリア構築理論(Mark Savickas)との比較
サヴィカスのキャリア構築理論は、ナラティブ(物語)を活用し、自己のキャリアをデザインするアプローチを重視します。プロティアンキャリアも自己設計の重要性を認めていますが、特に「適応力」と「自己主導性」に焦点を当てています。
プロティアンキャリアの魅力
柔軟性が高い: 環境の変化に適応しやすく、スキルや働き方を自由に選べる。
自己主導的なキャリア形成: 組織に依存せず、個人の価値観に基づいたキャリア選択が可能。
変化を前向きに捉えられる: 変化をチャンスと捉え、新しい可能性を模索する姿勢が養われる。
プロティアンキャリア協会の設立と企業との協働
2020年、私は有山徹さんと共にプロティアンキャリア協会を立ち上げました。この協会の目的は、プロティアンキャリアの概念を社会に広め、個人が主体的にキャリアを築ける環境を整備することです。協会では、キャリア支援に関するセミナーの開催、企業向けの研修プログラムの提供、そして実践者同士が学び合うコミュニティの運営を行っています。
プロティアンキャリア協会を通じて、企業研修やキャリアコンサルタント向けのプログラムを展開し、多くのビジネスパーソンが「キャリアの主体性」を意識するようになっています。
これからの15年の展望
私は、これからの15年間でプロティアンキャリアの概念をさらに深化させ、日本社会に根付かせることを目指します。特に、個人が主体的にキャリアを築く環境を整備するために、以下の3つの方向性で活動を展開していきます。
1. 教育分野での普及
キャリア教育の重要性が高まる中、小中高・大学においてプロティアンキャリアの考え方を取り入れたプログラムを構築し、若年層が早い段階からキャリアの主体性を育めるようにしていきます。
2. 企業との連携強化
企業研修や経営者向けプログラムを通じて、プロティアンキャリアを実践できる企業文化の醸成を支援します。特にリスキリングやネットワーク形成を促す環境整備を推進していきます。
3. テクノロジーの活用
AIやデータサイエンスを活用し、個人のキャリア設計を支援するオンラインツールの開発や、プロティアンキャリアの理論を基盤としたキャリアナビゲーションシステムを構築していきます。
おわりに
私がプロティアンキャリアの研究を始めて、15年弱が経ちました。この間、日本の働き方は大きく変わり、かつての終身雇用や年功序列が当たり前ではなくなりつつあります。
今後、日本社会においてプロティアンキャリアの考え方がさらに浸透すれば、より多くの人が「組織に依存するのではなく、自らキャリアをデザインする」ことができるようになるでしょう。
私はこれからも、プロティアンキャリアの可能性を探求し、日本の働く人々がより自由にキャリアを築ける社会を実現するために、研究と実践を続けていきます。
協会を設立して5年が経ちます。皆様と会場で、これまでとこれからを語り合えることを楽しみにしています