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健康診断のすゝめ

健康診断を毎年必ず受けている。

健康志向だからでも、注視すべき持病があるからでもない。

一年間の生活習慣や精神的ストレスによる体内への影響、加齢による各器官や組織の劣化、遺伝子変異の発現などを数値として表してくれる最高の機会だからである。


私はサイボーグになりたい。
サイボーグになるからには、自らのボディのデータ化は必須であろう。


新年が明けると、健康診断の時節である。
春の桜、夏の海、秋の紅葉、冬の健診である。


今更ではあるが、その素晴らしきセットリストをご紹介しよう。


まず、血液検査である。
肘正中皮静脈に穿刺され、血液を抜かれる。
中世ヨーロッパでは血を抜くことで老廃物を排出する「瀉血」という医療行為が信じられており実際に行われてもいたが、それを擬似的に体験できる良い機会である。
実際なんとなく爽快感に近いものを感じる。

血液という存在はヴァンパイアしかりアステカの人身御供しかりファウストとの契約しかり、神秘的であり同時に耽美的な象徴である。

特に月経のない男性にとって、自らの血液を見る機会はある意味で貴重だ。
そのためだろうか、威厳たっぷりの上長らしき男性が採血後に青白い顔をしているとなんだかかわいらしく見えるのも一興である。


健診メニューに戻ろう。


身長・体重・視力検査などはおまけのようなものである。
聴力検査などは毎年同じパターンなので完全に発音タイミングを暗譜してしまい、もはや聴かなくてもジャストタイミングで押せるレベルである。
そのため、このあたりの項目は淡々とこなすのみ。

次ぐ心電図検査でフランケンシュタイン化を味わい、胸部X線検査でアジの開き化を味わう。このあたりもオードブル。卒なくこなす。


さて、ポワソン、最初の山場の登場だ。
腹部エコー検査である。

経験者ならお分かりと思うが、非常に特殊な環境で行う検査である。
暗い部屋に検査技師と二人きり、こちらは陰部ギリギリまで腹を出し、ローション的なものを塗りたくられ、プローブと呼ばれる機械を腹部に結構強めに押し当て、ぐいぐい滑らされる。
これは一種の風俗と言っても良い。

しかし、先方はプロである。
こちらの興奮など一切気にせず、事務的に呼吸の指示が与えられる。
「息を吸って〜、止めて〜」
みたいなやつだ。

デレデレしながら言うことを聞き深呼吸していると、不思議とだんだん心が落ち着いてくる。普段行わない遅いスピードの腹式呼吸がヨガのプラーナーヤーマ的な役割を果たし、自律神経が整ってきてしまうのだ。

検査室を出る頃には邪な気持ちは完全に払拭され、84000の煩悩から無事解脱している。


しかし、そんな涅槃状態を覆す検査の登場だ。
尿検査の出番である。

本来ならば食事のために使用するはずのコップに排尿するという倒錯的な背徳感。
汚れた魂が肉体に一気に舞い戻ってくる。
これは現代のパノプティコンなのかしらん、とか訳のわからないことを考えながら、尿入りの容器を所定の位置に置いて立ち去る。
これも一種のテロリズムである。


ついでながら検便についても述べておこう。

当日検便容器をもらい後日郵送するというパターンが多いのだが、よく考えてみたまえ。
ポストに自分の大便を投函する、郵便局員が自分の大便をバイクで運搬する、走れ大便、といった、普通に考えたら人倫にもとる犯罪行為を行なっているような気がする。
まあデリダも「絵葉書」なんて書簡形態のテクストを著しているし、脱構築という単語を見るといつも脱糞と空目するので良しとしよう。

そしてトリ、上部消化管X線検査、通称バリウム検査である。
これを一年間待ち望んでいたと言っても過言ではない。

ドキドキしながら検査室に入ると、まず胃を膨らませるために発泡剤を飲まされる。ゲップしたら首を刎ねられるため、必死に我慢する。これがまず大変。

次に飲まされる造影剤(バリウム)は重めのヨーグルトという感じなので何てことはないが、その後検査台の上で指示される体位移動が最高に難易度が高い。

「右を向いてください」「一回転してください」
などの初級編の指示は良いが、後半になってくると、

「体を右斜め45度、左手は頭の上に」
「左にすこし体を傾けて、頭はちょっと上向きに」

とか次々に無理難題を要求され、そも方向音痴の私はだんだん前後左右が不覚になってしまい、技師にSっ気がありようものなら「右はお箸を持つ方ですよ〜」なんてなじられ、髪も振り乱し検査着もはだけ、ほうほうのていで解放される。

しかしまだ終わりではない。
とどめに下剤を飲まされ、水を300mlほどがぶ飲みさせられ、ダブダブの腹で検査終了である。

余談だが私の胃腸は異常に敏感なのか、バリウム嚥下後20分ほどですぐにトイレで排出される。口から肛門までの長さは平均でおよそ9mあるとのことなのだが、一体どうなっているのであろう。
回転寿司のように特急レーンでも設けられているのだろうか。

さて、そんな日常生活での最高のアトラクションであるバリウム検査であるが、今年はなんとパス。
代わりに上位互換ともいえる存在、上部消化管内視鏡検査、通称胃カメラを受けることと相成った。

麻酔は吸うのかな?飲むのかな?
挿入は鼻からかな?喉からかな?


…なんて最高にワクワクしながら当日受けたのだが、まあひでえ目にあった!立派な拷問じゃないか!大丈夫大丈夫と母のように肩を叩いてくれる側でゲーゲーえずく!四肢が突っ張り、涙と鼻水が止まらない!モニターで自分の胃の中を見る余裕一切なし!なんか空気とか水とか勝手に出し入れされ、腹を何かがノックして、ああもうどうにでもしてオエエエ

涙と鼻水と唾液と胃液に塗れた状態で会場を後にし、もう二度と胃カメラはやらないと誓ったのであった。



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