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他者の課題に踏み込まない環境とは

こんにちわ。

@osamu036110です。

この話は、後ほどしますが、タイのバンコクに1年ほど仕事で滞在していた時に、外国人とシェアハウスで、1年間一緒に生活をしていた時期がありました。フランス人、アイルランド人、スペイン人たちとの共同生活です。

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外国人とシェアハウスで一緒に住む経験は、人生で一度はしておくことは、オススメです。いい意味で、心のブロックが外れます。

いろんな意味で自分の視野が広がるので、一度はオススメですが、住んでみるといろいろとプライベートもなく、相手は好意的にやっていることでも、そこまで入ってきてもらう必要性がないんだよなぁ〜と、感じることも多々あり、それも良い体験だったと今は振り返られますが、当時は、、、、

「課題の分離」とは何か?

アドラー心理学で有名な、「嫌われる勇気」を引用して、自分の課題とは?というテーマで、沖縄へ移り住んでから起きていることを振り返る。

「嫌われる勇気」P140ページ引用

勉強することは子供の課題です。そこに対して親が「勉強しなさい」と命じるのは、他者の課題に対して、いわば土足で踏み込むような行為です。これでは、衝突を避けることはできないでしょう。わらわれは「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく必要があるのです。

引用終わり

おそらく、この文言は、私が沖縄に移り住む前に、私がそれまで育った環境の中で、誰かに伝えて欲しかった言葉です。もっとも的を得ていることだと思います。

「課題の分離」をすること

「課題の分離」とは、裏を返せば、あなたの自由に何でもやっていいけど、それは自己責任でやることだから、そこだけしっかり認識してねということ

「嫌われる勇気」P141ページ引用

誰の課題かを見分ける方法はシンプルです。「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?」を考えてください。

引用終わり

つまり、私が沖縄へ行こうが、フランスへ行こうが、アメリカへ行こうが全く問題無いわけです。むしろ、それを援助というかたちで応援する人が、まわりにいなければ、早くその環境から離れる方が得策です。

また、よく聞く英語の勉強をしたければ、行けばいいんです外国へ。でも、なかなか行けないのは、もしかすると本当は勉強したく無いのかもしれない。

何か見えない糸で、不安になっていたり悩んでいるとするならば、そんな糸は断ち切って、前へ少しずつ一歩でも前へ進んでいるほうが、自己責任で生きていく上での自由を手に入れるはずです。

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