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その弐 〜田舎へ単身引っ越し、愛すべきまち東京・神楽坂のおもひで〜

8月30日、ど田舎の山にある古民家にたどり着いたその日の朝、僕は愛知県犬山市のとある宿を出発して郡上に向かっていた。昨日、6畳の部屋から荷物をクロネコさんの単身パックふた籠に引き渡し、残りのカメラ・自転車・PCといった精密あるいは形の整わないものを買ったばかりの軽自動車に押し込み移住の旅が始まったのだ。東京〜岐阜間の引っ越しはなかなかの距離を伴うのでいかに小型トラックといえどもチャーター代は馬鹿にならない。コスト4割の削減を得られるので、今回はクロネコさん単身パックにお世話になった。

慣れないトランスミッション。高速の渋滞という素人の左足を弄ぶかのような半クラ地獄に幾度となくエンストの危機に晒されながらもなんとか夜に犬山の宿に到着して休息をとった。

今朝は東海北陸自動車道で一気に郡上に入る。午前のうちにクロネコさんが単身パックを持ってきてくれるのだ。遅れるわけにはいかない。

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前職時代、会社の福利厚生の関係で東京都新宿の神楽坂というまちに格安で住んでいた。社員寮で、個人に割り当てられているのは6畳だけ。他の設備は全て共用だったとはいえ、立地と価格が他全ての条件を凌駕していた。

洗練された店とオレンジの街灯が醸す洋風な雰囲気の神楽坂通りには週末には多くの人で賑わうし、一歩裏道へ入れば石畳の細い小路が入り組んでいて思いもよらぬ場所に料亭があったりする。(実際、歴史的にフランスとの関わりが強いらしく、日仏会館というフランスとの交流拠点がありフランス語学習塾や、フランス料理店、フランス語の書店などが入っている。まちなかにもフランス料理店が多く、都内ではヨーロッパ系の人を多く見かける)

路地裏探索は小さな冒険であり、また店の宝庫でもあった。路地裏の角に位置する立ち飲みと座敷飲みが楽しめるお店では、お膳に乗る可愛らしい手毬寿司とお酒、それから座敷から見える小さな庭は塀の外はすぐ道路だっていうのに、しっかりと小さな庭園として楽しめた。

和食だけでない。これまた路地裏の角にあるスコティッシュパブでは店の雰囲気も客層もガラリと変わって洋風。酒に弱い僕はあまり飲み物を堪能することはできなかったけど、ペールエール飲みながら食べるフィッシュアンドチップスは最高だった。

何より忘れてはいけないのは、神楽坂駅出てすぐの老舗中華料理店である。このお店で一番有名なのはおそらく、炒飯だと思うが、当時ここに住んでいた僕の体の3割くらいはここの回鍋肉で構成されていたとも言える。ある日、いつもの様に店に行った僕に店員さんは「いらっしゃ〜い。今日も回鍋肉?」と言ったくらいである。「おばちゃん、いつものやつちょうだい!」ができたわけだ。

他にも建物が蔓性の木で覆われたマンヂウの古民家カフェだの、村上春樹の本がたくさん置いてある渋いブックカフェ(閉店してしまったらしい…)だの、まちに溶け込んだ昔ながら珈琲焙煎店、それから都心で忘れ去られたようにぽつんとまちを守っているお稲荷さんに神社の裏の道路でかなりのスペースを占有する昭和漂う井戸があったりと話始めたらキリがないのでこの辺にしとく。

和と洋(あと中)が絶妙に入り混じったこのまちは、イベントなどなくとも着物で歩く人を頻繁に見かけ、またその姿がなんの違和感もなくまちに溶け込むのだ。裏路地に入ると着物を扱うお店も多く、着物に興味のあった僕はいくつかのお店を冷やかしつつ、実際に店員のお姉様たちから着物基礎の基礎を教えていただいた。

新品の呉服屋さんなどでは何かと高級品をゴリ押しされるというが、僕の場合はほとんど中古屋さんや個人の商店しか行かなかったので、そんなことは無かった。むしろどのお店もお客さんと着物の話をするのが好きな人ばかりだったようで、大変楽しい思いができた。その後、実際に着物でこのまちを歩いてみたけど、やっぱりとてもよかった。興味ない人からしたら男一人で着物でまち歩きしてるなんて変なの、と思われるかもしれないが、まぁ僕には関係ないんですよ、その辺。男性女性に関わらず着物デビューしてみたいけど、なかなか踏み出せない、という場合は神楽坂みたいな普段から着物の人が多いまちもいいんじゃないかと思う。

加えて、祭りが好きなまちであり、夏に通り一帯を占拠して阿波踊り大会をはじめ、たびたび祭りで賑わうまちだ。

休日に楽しそうに通りを歩く人々、活気のある商店の店員さん、路地裏の石畳でだるそうに寝そべる猫。路地裏を抜けて自分のお気に入りの喫茶店にいく。建築業界にいたオーナーがこだわった木製の内装の店内で時計の「ガチッ」という少し重みのある機械音を聴きながらコロンビアコーヒー飲んだり。

なぜこんなところに?っていうような脇道にあるゲストハウスの一階で、滞在中の外国人の英語を聴き流しながら、どことなく異国を感じつつコーヒー飲んだり。

まぁもちろんこれはコーヒー飲んでばっかの回想で日々はそんなにゆったり贅沢なもんじゃ無かったけど、確かにこんな時も過ごしていたわけで。

そんなまちがとても好きだった。東京から田舎へ移るに当たってもっとも後ろ髪を引かれる思いをしたのはここを離れることだったといってもいいかもしれない。

うん、でもまぁ。別にいつだってあそこに戻れるし。何よりこれから僕は郡上八幡というまちへ行こうとしている。そんなことを考えていた引っ越しのある瞬間。そんな東京・神楽坂のおもひで。


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