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非情になれないと思っていた私が非情な人間になった話

現実は非情である。
私は心の中で何度もごめんなさい、と呟きながら話を聞いていた。
なぜなら、もう自分の中で結論が出ているから。
新しく住む家を探そうと、1日に2件の不動産の仲介業者さんに伺ったときのことである。
1店舗目であらかた自分の中で結論が出てしまい、参考までに2店舗目に伺った。

2店舗目で対応していただいたのは、その店舗のマネージャーさんだった。
マネージャーさんは男性で左手薬指に指輪をしていた。
年齢は40代くらい。
数々の修羅場をくぐり1つの店舗を任されている中堅の営業マンといった方だった。
私が店舗の訪問を予約した時に対応した方は、若い女性の方だった。
どうやらあいにく不在だったため、マネージャーさんが対応した感じなのだろう。

マネージャーさんは対応が親切だった。
こちらの質問に対して丁寧に答えてくれる。
毎月かかる費用について、契約時や解約時に発生する金額について、素朴な質問をするとプロならでは答えを返してくれる。
今後のスケジュールについて不動産業界ならではの考え方を教えてくれた。
私の要望に1つ1つ答えてくれて、それにあった物件を1つ1つ探し出してくれる。
けれども、マネージャーさんが提案してくれる物件は、どれも私の要望に合うものではなかった。
全く合わない訳ではないけれども、微妙にピントがズレている。
既に他の店舗で物件の候補を絞っていたため、私は色々情報を聞き出しつつも、心の中では冷めていた。
非情な人間になっていた。

それと同時に心の中でもし私が営業する立場だったらどうなのだろうか、と思ってしまう。
もうあらかた心を決めているお客さんに対して営業する。
必死で頑張るけれども、努力が実らず契約に結びつかない。
私が営業する立場だったら、結果を知るとがっかりするだろう。
努力が徒労に終わったと嘆くだろう。
目の前のマネージャーさんにも家族がいて、そのために必死になって働いて、さらにサラリーマンとして一つの店舗の営業実績も責任を負う。
そんな方を相手に、無情にもN Oを決めてしまう。
なぜなら私が望む物件があまりないから。
近いけど、ちょっとピントがズレているから。

きっと私が最初に提示した要望がいけなかったのかもしれない。
1店舗目では本命の物件を探すために要望を伝えていた。
一方でマネージャーが対応しているこの2店舗では、次点の要望、本名以外で穴場がないかなと思って要望を提示した。
だから私が望む物件と近いけどコレじゃない物件が提示されるのだと思う。
本命と次点、どの店舗にどの要望を伝えるかなんて、営業側は分かりようがない。
要望を伝えている私自身も、ちゃんと考えているかと言われたらそうでもない。

結局は運なのかもしれない。
営業が上手くいくかなんて。


「午前中で物件の候補を決めたお客様は、午後も物件をお探しの場合にご予定をキャンセルされるんですよ」

1店舗目に伺った仲介業者さんで聞いた言葉だ。
1店舗目は若い営業の方に担当していただいた。
若手の方は、午後に対応する予定だったお客さんがキャンセルになっていたようだ。
キャンセルの話をしたとき、若い営業さんはかすかに寂しそうな顔をしていた。

なるほど、正直に言うと、いつどこの仲介業者さんにどのような順番で伺うなんて、私自身深く考えていない。
たまたまこの時間が空いていたから、たまたまこの日にちでないといけなかったから、なんとなく決めているだけだ。
仲介業者さんなんてどこも同じだと勝手ながら考えてしまい、向かう店舗の順番なんて適当以外の何者でもない。
けれどもそんなハンディを乗り越えて、仲介業者さんは今日も1つでも契約を取ろうと努力しているのだろう。

若手の営業さんも同じだった。
私と話し始めると、すぐに事前に調べた十件以上の物件を提示した。
いきなりこんなに情報を出さなくてもいいのでは?
正直引いてしまうところだった。
同時に相手のペースに飲まれないようにしないとな、と心を引き締めたものだった。
結局、若い営業さんのペースに飲まれてしまったのだが。
けれどもおそらく、若い営業さんは私が伝えた本命の要望を頼りに在らん限りの知恵を絞って物件を探していたのだろう。

営業側では乗り越えられないハンディがあるけれども、ハンディに決して負けない、自分ができることをやろうとしているように感じられた。
自分が知っている情報をどんどん出してしまうのは若さゆえの何とかというやつか。
改めて比較してみると、2店舗目のマネージャーさんとやり方が全然違う。
1店舗目の若手営業マンはどんどん自分から提案して、その中から要望を聞き出していく、2店舗目のマネージャーさんは相手の要望を聞いてから、要望に近い物件を提案する。

結局、1店舗目の仲介業者さんに次回の予定を入れた。
それはきっと1店舗目に選んだから、この条件で物件を探したいというアンカリングが働いたのだろう。
1店舗目に選んだのは運によるものでしかない。
けれどもその運をものにしたのは、若い営業マンの努力によるものだと思う。
運以外の要素を潰していったおかげで、私の次の予定を確保することができた。

私も無情にも2つの店舗のうち1つを選んでしまった。
どちらの店舗にも働く人がいて、働く人の生活があって、所属している会社があって、というのはわかるけれども、わかった上で決めてしまった。
確信犯。

営業の現場は残酷だ。
自分の努力と関係なく結果が決まってしまう。
たまたま店舗に入ったから、たまたま予定が空いたから、たまたまお客さんが本音の要望を伝えてくれたから。
そんな些細なことで結果が変わる。
ここまで些細なことになると、明暗を分けるのはもはや運でしかない。
働く側だから努力する気持ちわかるし、努力の結果が報われないのは同情してしまうけど、現実は非情である。
だからこそ、運以外の要素を限りなく潰すために、努力や工夫が大切なんじゃないかと思った。
物件を探すどころか、そんなことを考えてしまう。

世の営業マンたちから、同情するなら契約してくれ、という声が聞こえて来るかもしれないが。


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