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田中康雄さん(児童精神科医)インタビュー前編・3

父による切断がない時代


田中:そうですね。あの…お母さんご自身が耐えつつも、父のいわゆる切断機能というのですかね。お子さんを家族から切断して社会に飛び出させる力というのが、お父さんの力。で、切断して社会に出たけれども、キツすぎて帰ってきたときに包み込むのがお母さんの役割というのが、かつての父的立場、母的立場なんだけれども、切断する力が弱くなったため、社会にとびだたせる力が弱まってしまったがゆえに包み込んでしまうというか、留まってしまっていいよという流れのほうが強くなってきているというのはあると思うんですよね。でも、その「留まっていいよ」というのは非常に情緒的なので、留まっていいよと言いながら、「出ていきなさい、でも留まりなさい」というその時々の感情に支配されながら留まることが,いわゆる子供側がのちにふりかえり,その関係性から「毒親」と呼称する。弱体化した父性とは「対話はない」という状況になる。

本来思春期以降、子どもは親以外の人と対話していくという風に自発的に世界を別のところへと広げていく。そういう家離れ、親離れをして社会に飛び出していった構造が出来にくくなってしまったので、いわゆるアパシー的に留まるか,正規の切断をもとめて足掻くことになる。今の親世代は、こうしたバランスが難しいなかで2代目の親になっているんですよね。「父に切断された」という経験がないまま、父になった人間が切断できない状況になり、自らが支配と愛に戸惑いながら生きてきた状況を引きずっているという気がするです。

杉本:2代目ということは、もうその前の世代も、まあ僕らくらいの世代なのかもしれません。50代がそういう風になりつつあったのかもしれないですけどね。僕らくらいの世代から既にもう、距離が持てる父親になれていないと思うんです。

田中:そうですね。はい。そういう風に思います。

杉本:ええ。“友だち家族”的なもの。その一番最初だと思うのですけれども、その子どもたちがもう成人して、結婚して夫婦関係を持ち、子どもを持つとなると、どう父親の役割を振る舞えばいいかはより分かりにくくなってきたところがあるかな。親になるため頑張った人が生まれた子どもに対して父親としての振るまいかたが分からなくなってきていた。その次の世代ですよね。なおいっそう分からなくなっているのでは?そう考えると逆に徐々に葛藤もなくなってきているかなあ?いまの父親は。

田中:そうですね。

杉本:僕らくらいの世代だとね。父親としてどう振る舞っていいか?みたいな葛藤があったかと思うのです。その子どもももう成人、みたいになっちゃうとどんな印象を持たれますか?いま、例えばきっと幼年期から修学期に入る子のお父さん。30代くらいでしょうか?

田中:そうですね。

杉本:イメージ的にはどういう風に見えますか?まあ社会的にはそこそこやれてるんでしょうけど。ただ、家庭というのはすごくプライベートな空間ですよね。すると地金が出てしまうと思うのですけど。

足並みのそろえかたに戸惑う父親たち


田中:一概にはパッと言えないんだけれども、少なくとも子どもさんの問題で一緒に困ってお子さんを連れてくる親御さんのスタイルは80年代90年代にはお母さんお一人で相談に見えられることが多く、父親は一般的に、いわゆる仕事とかほかのことでいっぱいいっぱいで、子育ては君に任せたよ、というような流れが多かった。で、最近のファミリーになってくると、両親で外来に相談に見えて、お父さんが一生懸命にお子さんの行く末を妻と考えるパターンが若い世代のお父さんには増えてきているような気がします。いわゆる突き放していく切断的な父よりも、一緒に子どものことを考えていく「母性的な父」というようなイメージになってきている。しかしやはり子どもに対してお母さんがお持ちの感覚と、父親が持っている感覚とにどうしてもズレが生じてしまうので、なかなかうまく行かない部分と、そこがエスカレートするとお父さんが子どものほうに没頭して主夫のようになっていくか、逆に、一生懸命頑張っているんだけれども、母子関係という二者関係に組み込まれずにちょっと寂しく排除されてるように思って。ちょっと立場が弱く感じているお父さんという感じでしょうかね。

杉本:それはつらいですね(笑)。お父さん。

田中:そうですね(笑)

杉本:(笑)ただ、子ども思いの男の人が増えてきて。よさそうではないですか?

田中:そうですね。でも飛躍した発想かもしれないけれども、その状況のときに父たる人が子どもにジェラシーを感じ、子どもを邪魔に感じたり、子どもよりこちらに向いてもらいたい妻である母が子どものほうを向いてしまうことへの子どもへの敗北感があり。で、自分に向かせたいための支配が妻へ行くけれども、妻は母なので、向き合ってくれない。そうなってくるとやっぱり子供に対して早く母から自立しなさいという意味での叱咤激励が虐待のようになったり、向いてくれない妻に対して関心を持たせるためのDVのようになってしまったり、あるいは外のほうへ目を向けるようになってしまったり、あるいは仕事のほうへ没頭する猛烈サラリーマンのようになってしまったり。お父さんは夫としての生きかたや父としての生きかたにモデリングがないので、どうやって妻を振り向かせ、父として、母と一緒にというとき、その足並みの揃えかたに戸惑うんじゃないですかね。

杉本:いや、これは。深い話を伺いました。なるほどねぇ~。そういうことになるか。

田中:前はたぶんそこはもう完全ドライに、「それはもう、お前に任せた」という風に妻に。

杉本:それで「本当に困った」という愚痴の要素になるわけですけどね。お母さんにとってみるとね。

田中:ええ。そうすると寺内貫太郎みたいに、訳わかんないときに突然出て来て、ちゃぶ台放り投げておしまい、みたいな。

杉本:旧世代というか、包摂父ですよね。どこかで父と男の子が分かり合えるみたいな。まあでも、それがサラリーマン時代になって、組織人になる。寺内貫太郎などは自営業。自分の家で石材店をやっているので、父親の働いている姿というのを子どもは見てるという。うざったいけれども、働く父は見ている。地べたの説得力みたいな感じがあった。サラリーマンの子ども世代になると、ぼくもそうですけど、見てないわけですよね、働いている父親というのは。

田中:ええ。

杉本:そうすると、本当に父親の影がうすくなっていくから、どうしても母親、母子依存というか、親も自分の子どもは、本音ではもう父親も頼りにならないから、私が何とかしなきゃ、みたいな形になる。
ところで、今お話の感じになっていることですが。父親も子どもを「間」にして愛情を求めているということになってきているという感じですか?これはやっぱり相対的にどんどん男の人の、家庭で父親の立ち位置がだいぶ低下していそうですね。

田中:そうですね。外的に作られる父親像というのが作られなくなっているんだと僕は思うんですよね。

杉本:男性性とか、「らしさ」、ジェンダー問題などで「らしさ批判」とか、強くなってきていて。

田中:そうですね。「サザエさん」とか何かだったけど。お父さんが家に居て良かったね、と思われるようにお母さんが仕組むというのがあって。

杉本:う~ん。ありますね。

田中:それこそ昔であればヒューズを取り換えるとか、電球を取り換えるとか、そういうちょっと男手が必要な家の出来事にはお父さんにやってもらって、「やはりお父さんが家に居て良かったね」という風に持ち上げる。だからお母さんによって力のある父親として家にいてくださいねという垂直のポジションを作られてきた時代があって、そこに社会はお父さんに現金の給料袋を持たせて家に帰ってきたときに、それによって「今夜はすき焼きだよ」みたいなルールが出来たのだけど。いまは振り込みになっているし、お父さんが居ようが居まいが、お金は入ってくるし、バーチャルな状況になってきているので。だからお父さん自身にも自分の役割意識が薄れてくるし、家族の中にもその支配力が小さくなってきて、お父さんなんかに分かんないでしょ、みたいになっていく場面がどんどん増え、脱価値化が起きて、それに対してお母さんもかばえなくなっているような。要は母子密着のようなものが強くなってきて、「父排除」というような家庭状況というものが本当に作られてきて、そこへだんだん収まってきたというか(笑)。

杉本:いや~、身に沁みます。恥ずかしながら自分自身がそういう風にふるまってきたというか。今思うと悪い意味で先駆的だったなあと改めて思う所で、父親排除しちゃった感じもします。ただ役割とか、そういう言葉で思えば、ウチの母もね。僕も家にこもった10代、20代のときを思うんですけど、父親は戦中世代で、戦前的価値観から抜けきれない人だったんです。父も戦後の父親のありかたというものが分からなかったと思います。時々言ってましたけど、「家長は天皇陛下、分家が我々」みたいな(苦笑)。ハリボテでも看板背負っている気持ちなので。「心理」なんてわかんないですよ。気持ちなんてわからん、みたいな(笑)。確かに分からないのは正論だったでしょうけど、当時はショックでね。そうすると母親が自分の部屋に上がってきて、話をひとしきり聞いてくれたんです。で、自分は気づいていましたけど、父親の批判は絶対にしなかったですね。そこはちょっとこちら側は歯がゆいというか。いろいろ愚痴は聞いてくれるんですけど。はぐらかされた気持ちはありました。振り返ってみると家族としての父親を立てるという役割意識をはっきりと持っていたんですね。
 ちなみに父は晩年は何も役割がなくなってからは庭でひとりで作業をやってましたね。「草花は手をかければ必ず応えてくれる」とか言ってて。これ、俺に対する当てつけか?みたいな。

田中:ははは(笑)

杉本:(笑)まあでも、庭を孫のように思ったかもしれないですね。僕は未だに庭はわかんないですけど。草花を子どものように思う感覚も。話がそれてしまいましたが、この役割意識。これはもう「かつてこんな時代がありました」というカタログにしかならないですけど。先生のお話を伺うと、そういう親世代だったなあという風には思います。ここら辺もね。アンビバレントな気持ちというか、そうやって家庭というものを維持したのかなあ?というのと同時に、これは不快なものとしてもあったな、という風にも思い返すんです。

田中:ええ。

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