あんぱんと牛乳を一緒に
昭和の刑事で名を馳せた男、堂本一郎。彼の捜査スタイルは熱血漢そのものだが、一つだけ妙な噂があった。「あいつは、どんな場面でもあんぱんと牛乳を欠かさない」。刑事部屋で煙草の煙が立ち込める中、堂本は紅白の紙袋からあんぱんを取り出し、無言で牛乳瓶を片手に黙々と食べる。その姿が見慣れた光景になっていた。
ある日、事件が起きた。喫茶店で強盗が入り、被害者の悲鳴が夜の街に響いた。堂本は現場に急行する。助手の若手刑事・水木が尋ねる。「あの、どうして毎回あんぱんと牛乳なんですか?」堂本はしばらく沈黙した後、低い声で答えた。「これは、俺の原点なんだよ」。
堂本がまだ新米だった頃、深夜の張り込み中にベテラン刑事の田所が差し入れてくれたのがあんぱんと牛乳だった。田所はいつもこう言った。「捜査に迷ったらこれを食え。甘さと素朴さが、心を冷静にしてくれる」。その言葉が胸に残り、堂本はどんな時でもこの組み合わせを口にするようになった。
事件の捜査は難航したが、堂本は執念で犯人の手掛かりを掴む。小さなパン屋のレシートが決定打となり、犯人のアジトを突き止めた。犯人逮捕の夜、堂本はあんぱんを半分に割り、水木に差し出した。「お前も食え。これが正義を忘れない味だ」。
水木があんぱんを口に含むと、甘さと牛乳の素朴な味がじんわりと広がった。「……これが堂本さんの原点なんですね」。堂本は静かに頷き、夜の闇へと歩き出した。