堀田昌寛先生の「ボルン則を導いた」という主張の致命的な誤りについて
この記事は,以下のnote記事(『中平記事』とよびます)の続編です。
堀田先生がこれまでの主張を変えられるという新たな進展がありましたので,この記事でまとめておきます。以降では,上のnote記事と同じ用語を用います。
『前提』を満たす非量子論は存在する
前回までのあらすじ
堀田先生は,彼のはてなブログで提示されている前提(以降,『前提』)から量子論の数学的構造がただ一つに定まることを演繹的に導けると主張されてきました。とくに,「任意の$${N}$$準位系$${Y}$$において$${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_N}$$を満たす」と主張されてきました。なお,この主張は,『中平記事』における「『前提』を満たす非量子論は存在しない」という主張と同じです。
これに対する反例として,『前提』を満たす非量子論の一つを『中平記事』で示しました。
堀田先生の主張が間違っていることを彼は認めたようす
堀田先生は彼の主張が間違っていたことを認められたようです。そのことは,次のnote記事(以降,『堀田先生記事』とよびます)
に書かれた次の文から読み取れます。
新たな問題
堀田先生の主張が変わる
しかし,ここで堀田先生はこれまでの主張を変えてきます。
まず,彼は次のように考えられているようです。
このことは,次の文言から読み取れます。
次に,彼は「『前提』を満たすならば,たとえ(『中平記事』の意味での)非量子論であっても量子論の標準的な公理系を満たすことを演繹的に導ける」といった主張をされています。このため,「『前提』を満たす非量子論が存在する」ことは,「致命的な誤り」ではないとのことです。
中平の見解:無理がある
この主張に対する私の見解を述べます。
まず,非量子論$${\Theta}$$を量子論とよぶことや,非量子系$${X}$$を量子系とよぶことは,さすがに無理があるでしょう。通常の量子論では,「任意の量子$${N}$$準位系$${Y}$$が$${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_N}$$を満たす」ことは当然の性質(または前提や公理)とみなされています。もし量子論の書籍において「『中平記事』で述べた系$${X}$$も量子系とよぶ」といったことが書かれていたら,その書籍は信頼性を大きく損ねることになるかと思います。
次に,非量子論であっても標準的な量子論の公理系を満たすという主張にも強い違和感を感じます。彼は,「『前提』を満たすならば,非量子論であってもボルン則を満たす」ことを主張していることになります。しかし,彼のいう「ボルン則」は非量子論に対しても成り立つ規則であることから,標準的な意味でのボルン則とは別のものといえます(標準的な意味でのボルン則は,量子論のみに対して定められているはずです)。また,「非量子論に対するボルン則」とよべるもののうち多くの専門家のコンセンサスがとれたものは,私の知る限りではありません。それにも関わらず,堀田先生は,彼のいう「ボルン則」の定義を示していません。つまり,「ボルン則」の定義を示していないけれど,それを演繹的に導けると主張されているのですが,これは相当無理があると思います。
さらには理解不能なことに,私が彼のいう「ボルン則」の定義を示すべきだと主張されています。
堀田先生の書籍『入門 現代の量子力学』(以下,『堀田先生の書籍』とよびます)のまえがきには,「確率解釈のボルン則や量子重ね合わせ状態の存在などを証明する」と書かれています。堀田先生の主張によると,このまえがきに書かれている「ボルン則」は非量子論に対する「ボルン則」を含むような広い意味での「ボルン則」のようですが,だとしたらその旨を書籍中のどこかで明記しておかないと,大半の読者はほぼ間違いなく誤解をするのではないかと思います。仮に彼の頭の中にある「ボルン則」を『前提』から導出できているとしても,その定義が明記されていない以上,『堀田先生の書籍』の不備といえるでしょう。彼が「ボルン則」とよんでいるものは,標準的なボルン則とは似て非なるものであって,少なくとも私にとってはこれを何の断りもなしに「ボルン則」とよぶことに強い違和感を感じます。
上で述べた「量子論」や「量子系」などの用語も同様で,書籍中のどこかで明記すべきでしょう。『堀田先生の書籍』を読んで,彼の意味での量子論や量子系のことだと読み取った人は,ほぼ皆無ではないかと想像します。
堀田先生の主張の矛盾
何より問題なのは,上で紹介した堀田先生の新たな主張が『堀田先生の書籍』の内容と矛盾していることです。
堀田先生は,「量子状態は物理量の確率分布により一意に定まる」ことを強調されています。たとえば,『堀田先生の書籍』の第3章でも「量子状態はすべての物理量の確率分布の集合が決める」と書かれています。しかし,先述の堀田先生の主張を受け入れると,このことと『堀田先生の書籍』の3.3節の内容が矛盾します。以降では,そのことを説明します。
『中平記事』で示した理論$${\Theta}$$と系$${X}$$を考えます。理論$${\Theta}$$は『前提』を満たしますので,彼の主張によると量子論の標準的な公理系を満たし,とくに系$${X}$$の任意の物理量は3次エルミート行列に対応します。また,その物理量の測定は『堀田先生の書籍』の3.3節で定義されています。
3次エルミート行列$${H}$$に対応する系$${X}$$の物理量の測定$${\Phi}$$を,彼の定義にしたがって具体的に考えてみます。$${H}$$に対応する3次ユニタリ行列$${U}$$が存在して,$${U}$$に対応する可逆物理操作$${\tilde{U}}$$と基準測定の組み合わせにより測定$${\Phi}$$が定義されるとのことです。この測定$${\Phi}$$は,その物理量の値の候補$${q_1,q_2,q_3}$$のいずれかを返し,また系$${X}$$の任意の状態$${\rho}$$に対して測定$${\Phi}$$を行ったときに結果$${q_m ~(m \in \{1,2,3\})}$$ が得られる確率は
$$
\mathrm{Tr} \left(
\begin{bmatrix} U \rho_1 U^\dagger & 0_3 \\ 0_3 & U \rho_2 U^\dagger \end{bmatrix}
\begin{bmatrix} E_m & 0_3 \\ 0_3 & E_m \end{bmatrix}
\right)
= \mathrm{Tr}[U(\rho_1 + \rho_2)U^\dagger E_m]
$$
となります。ただし,$${\rho}$$を$${\rho = \begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}}$$($${\rho_1,\rho_2}$$は3次半正定値行列)の形で表しています。このため,このような物理量の測定を行っても,$${\rho_1 + \rho_2 = \rho'_1 + \rho'_2}$$を満たすような$${X}$$の異なる状態$${\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}}$$と$${\begin{bmatrix} \rho'_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho'_2 \end{bmatrix}}$$は物理量の確率分布からは区別できません。このことは,「量子状態は物理量の確率分布により一意に定まる」ことと矛盾しています(彼のよび方によると,系$${X}$$の状態は量子状態です)。
この矛盾について言い換えると,『堀田先生の書籍』で述べられている物理量の測定はwell-definedではないといえるでしょう。ボルン則は物理量の測定に関する規則ですので,この矛盾は致命的です。このように,堀田先生の新たな主張は到底受け入れられるものではありません。
なお,『堀田先生の書籍』では紙面の都合上このように定義しているだけだと思われるかもしれません。しかし堀田先生は,上記の「新たな主張」を行った後で,物理量の測定について詳しく述べた次のnote記事を公開されています。この記事でも,この矛盾は解消されていません。
『前提』からボルン則が導けるとはいえない
これから示すこと
仮に,上で述べたような私の見解を棚上げするとして,かつ『堀田先生の書籍』で定められている物理量の測定をwell-definedであるようなものに修正したとしても,何の断りもなしに「『前提』からボルン則を導ける」とは決していえないと考えています。
以降では,このことを説明します。具体的には,まず,非量子論も考察の対象に入ることになるため,「ボルン則」を含むいくつかの用語についてその定義を拡張します(堀田先生のご要望にお応えして,ボルン則の定義は私が示します)。次に,以下の命題を示します。
命題:『前提』を満たす理論のうち,ボルン則を満たさないものが存在する。
この命題を示せたならば,『前提』からボルン則を演繹的に導くことは明らかに不可能です。
参考:堀田先生が挙げられている公理系
『堀田先生記事』では,「標準的な公理系」として次の5個が挙げられています。
堀田先生は,これらの公理が『前提』から演繹されると主張されています。しかし,「公理2」と「公理3」を『前提』のみから演繹的に導くことはさすがに無理があると思いますので,これらの「公理」は物理量が満たすべき条件であるとしましょう。このとき,「公理4」を演繹的に導けるか否かを議論します(「公理1」と「公理5」については議論しません)。
いくつかの仮定および用語の定義
量子論ではおなじみのいくつかの用語を,『前提』を満たす任意の理論に適用できるように定義し直します。以降では3準位系に限定して話をしますが,ほかの多準位系でも同様です。
物理量およびその測定
すでに述べたとおり,『堀田先生の書籍』で述べられている物理量の測定はwell-definedとはいえません。そこで,well-definedとなるように物理量の測定を再定義します。
3準位系$${Z}$$と3個の実数$${q_1,q_2,q_3}$$を任意に選びます。話を簡単にするため,以降では$${q_1,q_2,q_3}$$は異なる値とします。
$${Z}$$の(出力のある)測定$${\Phi}$$が次の二つの条件を満たすとき,値の候補が$${q_1,q_2,q_3}$$であるようなある(観測可能な)物理量の測定であるとします。
測定結果として$${q_1,q_2,q_3}$$のいずれかの値を返し,そのときにそれぞれ$${Z}$$のある定められた状態$${\sigma_1,\sigma_2,\sigma_3}$$を出力する。
各$${m \in \{1,2,3\}}$$について,状態$${\sigma_m}$$に対して測定$${\Phi}$$を行ったときに,確率$${1}$$で結果$${q_m}$$を返す。
これらの条件より,$${Z}$$の任意の状態に対して測定$${\Phi}$$を行って測定結果$${q_m ~(m \in \{1,2,3\})}$$を得たとすると,同時に出力された状態$${\sigma_m}$$に対して再び測定$${\Phi}$$を行ったときに必ず1度目の測定と同じ結果$${q_m}$$が得られることになります。このような性質は反復可能性とよばれ,量子論における理想測定などでおなじみのものでしょう。このため,上のような定義はおおむね素直である(=とくに違和感はない)と感じられるのではないでしょうか。
また,物理量は,上で述べた「公理2」と「公理3」を満たすものとします。これらの「公理」を次の仮定として明記しておきます。
仮定:任意の3準位系$${Z}$$の各物理量は3次エルミート行列$${H}$$で表され,$${H}$$の固有値の組はその物理量の値の候補$${q_1,q_2,q_3}$$に等しい。
以降では,3次エルミート行列$${H}$$を
$$
H = \sum_{i=1}^3 q_i \ket{\phi_i} \bra{\phi_i} \qquad \text{式(1)}
$$
(ただし,$${q_1,q_2,q_3}$$は実数であり,$${\ket{\phi_1},\ket{\phi_2},\ket{\phi_3}}$$は互いに直交する正規ベクトル)の形でスペクトル分解することがしばしばあります。
ボルン則
ボルン則を,各3準位系$${Z}$$について次の二つの条件を満たすこととして定義します。
$${\mathbf{St}_Z}$$から$${\mathsf{Den}_3}$$へのある写像$${D}$$が存在する。
$${Z}$$の物理量$${Q}$$を任意に選び,3次エルミート行列$${H}$$で表す。また,$${H}$$を$${H = \sum_{i=1}^3 q_i \ket{\phi_i} \bra{\phi_i}}$$(つまり式(1))の形でスペクトル分解する(なお,上の仮定を満たす,つまり$${H}$$の固有値の組は物理量$${Q}$$の値の候補$${q_1,q_2,q_3}$$に等しいとする)。このとき,$${Z}$$の各状態$${\rho}$$に対して物理量$${Q}$$の任意の測定$${\Phi}$$を行ったときに値$${q_m}$$を返す確率$${P(q_m|\rho,\Phi)}$$は,$${\braket{\phi_m|D(\rho)|\phi_m}}$$に等しい。
とくに$${Z}$$が量子系の場合には,$${\mathbf{St}_Z}$$と$${\mathsf{Den}_3}$$を同一視できます。写像$${D}$$を恒等写像とすれば,上の確率に対する条件は$${P(q_m|\rho,\Phi) = \braket{\phi_m|\rho|\phi_m}}$$と表せて,この式は量子論の書籍などでよく見かけるボルン則の式と同じです。この意味で,上のボルン則の定義は『前提』を満たす任意の理論に適用できるように一般化したものといえます。
この定義に現れる写像$${D}$$は,ボルン則を非量子論に対して適用する際に必要なものです。系$${Z}$$が非量子系である場合には$${\mathbf{St}_Z \not\cong \mathsf{Den}_3}$$ですので,量子系の場合とは異なり$${Z}$$の状態と3次密度行列を同一視することはできません。このため,$${Z}$$の各状態を3次密度行列に写すような写像$${D}$$を明示的に考える必要があります。
以上の説明から,上のボルン則の定義はおおむね素直であると感じられるのではないでしょうか。
ボルン則を満たさないことの証明
先ほど述べた命題を再掲します。
命題:『前提』を満たす理論のうち,ボルン則を満たさないものが存在する。
以降では,この命題を次の3ステップで証明します。
ステップ1:非量子3準位系$${X'}$$を導入し,『中平記事』で述べた理論$${\Theta}$$が系$${X'}$$を含むと仮定する。
ステップ2:系$${X'}$$の物理量の測定の例を考える。
ステップ3:ステップ2で考えた測定を用いて理論$${\Theta}$$がボルン則を満たさないことを示す。
ステップ1:非量子系X'の導入
証明を簡単にするために,『中平記事』で述べた非量子系$${X}$$を少しだけ変更したような系を考え,その系を$${X'}$$とおきます。具体的には,$${X'}$$の状態空間$${\mathbf{St}_X'}$$は$${\mathbf{St}_X}$$と同じ,つまり
$$
\mathbf{St}_{X'} \coloneqq \mathbf{St}_X \coloneqq \left\{
\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}
\middle| \rho_1, \rho_2 \in \mathsf{Pos}_3, ~ \mathrm{Tr}(\rho_1 + \rho_2) = 1
\right\}
$$
とします。また,$${X'}$$の(出力のない)任意の測定$${\Pi}$$が
$$
\sum_{m=1}^M \pi_{1,m} = \sum_{m=1}^M \pi_{2,m} = I_3, \\
6\pi_{1,m} \ge \pi_{2,m} ~~\text{or}~~ \mathrm{rank}~\pi_{2,m} = 3 ~~(\forall m = 1,2,\dots,M), \\
6\pi_{2,m} \ge \pi_{1,m} ~~\text{or}~~ \mathrm{rank}~\pi_{1,m} = 3 ~~(\forall m = 1,2,\dots,M)
$$
を満たす$${2M}$$個の3次半正定値行列$${\pi_{1,1},\dots,\pi_{1,M},\pi_{2,1},\dots,\pi_{2,M}}$$($${M}$$は任意の自然数)を用いて
$$
\Pi \coloneqq \left\{ \Pi_m \coloneqq \begin{bmatrix} \pi_{1,m} & 0_3 \\ 0_3 & \pi_{2,m} \end{bmatrix} \right\}_{m=1}^M
$$
の形で表されるものとします。系$${X}$$の測定の定義に似ていますが,$${\pi_{1,1},\dots,\pi_{1,M},\pi_{2,1},\dots,\pi_{2,M}}$$が満たすべき条件が少しだけ異なります。
このとき,『中平記事』と同じ方法により,$${X'}$$が非量子3準位系であることを容易に確認できます。『中平記事』では,系$${X}$$上の可逆物理操作$${\tilde{U}}$$や基準測定などを定めましたが,系$${X'}$$についてもまったく同様にこれらを定めます。また,『中平記事』で述べた理論$${\Theta}$$はこの系$${X'}$$を含むと仮定します。この仮定を追加しても,理論$${\Theta}$$が『前提』を満たすことを容易に確認できます。
ステップ2:系X'の物理量の測定の例
系$${X'}$$の物理量$${Q}$$を任意に選んで,$${Q}$$が3次エルミート行列$${H}$$で表されるとします。$${H}$$を$${H = \sum_{i=1}^3 q_i \ket{\phi_i} \bra{\phi_i}}$$(つまり式(1))の形でスペクトル分解します。また,$${X'}$$の(出力のない)測定$${\Pi \coloneqq \{ \Pi_m \}_{m=1}^3}$$のうち,
$$
\mathrm{Tr}[(\ket{\phi_m}\bra{\phi_m} \oplus 0_3)\Pi_m] = 1 \qquad (\forall m \in \{1,2,3\})
$$
を満たすようなものを任意に選びます。このとき,次の二つの条件により定まるような系$${X'}$$の(出力のある)測定を$${\tilde{\Pi}}$$と書くことにします。
測定結果として$${q_1,q_2,q_3}$$のいずれかの値を返し,そのときにそれぞれ$${X'}$$の状態$${\ket{\phi_1}\bra{\phi_1} \oplus 0_3, \ket{\phi_2}\bra{\phi_2} \oplus 0_3, \ket{\phi_3}\bra{\phi_3} \oplus 0_3}$$を出力する。
各$${m \in \{1,2,3\}}$$について,$${X'}$$の任意の状態$${\rho}$$に対して測定を行ったときに値$${q_m}$$を返す確率は$${\mathrm{Tr}(\rho \Pi_m)}$$に等しい。
各$${\Pi}$$に対して,$${\tilde{\Pi}}$$は物理量$${Q}$$の測定であることがすぐにわかります。
以降では,とくに(出力のない)測定$${\Pi}$$として
$$
\Pi \coloneqq \left\{ \Pi_m \coloneqq \begin{bmatrix} \ket{\phi_m}\bra{\phi_m} & 0_3 \\ 0_3 & \ket{\phi_m}\bra{\phi_m} \end{bmatrix} \right\}_{m=1}^3
$$
と
$$
\Psi \coloneqq \left\{ \Psi_m \coloneqq \begin{bmatrix} \ket{\phi_m}\bra{\phi_m} & 0_3 \\ 0_3 & I_3/3 \end{bmatrix} \right\}_{m=1}^3
$$
を考えて,またこれらに対応する(出力のある)測定$${\tilde{\Pi}}$$と$${\tilde{\Psi}}$$を考えます。測定$${\Pi}$$は各$${m \in \{1,2,3\}}$$に対して$${\mathrm{Tr}[(\ket{\phi_m}\bra{\phi_m} \oplus 0_3)\Pi_m] = 1}$$を満たし,測定$${\Psi}$$についても同様です。このため,測定$${\tilde{\Pi}}$$と$${\tilde{\Psi}}$$はともに物理量$${Q}$$の測定です。
ステップ3:ボルン則に対する反例
$${X'}$$の状態$${\rho}$$を任意に選びます。このとき,測定$${\tilde{\Pi}}$$を行ったときに値$${q_m}$$を返す確率$${P(q_m|\rho,\tilde{\Pi})}$$は
$$
P(q_m|\rho,\tilde{\Pi}) = \mathrm{Tr}(\rho \Pi_m) = \mathrm{Tr} \left( \rho \begin{bmatrix} \ket{\phi_m}\bra{\phi_m} & 0_3 \\ 0_3 & \ket{\phi_m}\bra{\phi_m} \end{bmatrix} \right)
$$
です。同様に,測定$${\tilde{\Psi}}$$を行ったときに値$${q_m}$$を返す確率$${P(q_m|\rho,\tilde{\Psi})}$$は
$$
P(q_m|\rho,\tilde{\Psi}) = \mathrm{Tr}(\rho \Psi_m) = \mathrm{Tr} \left( \rho \begin{bmatrix} \ket{\phi_m}\bra{\phi_m} & 0_3 \\ 0_3 & I_3/3 \end{bmatrix} \right)
$$
です。ここから,一般に
$$
P(q_m|\rho,\tilde{\Pi}) \neq P(q_m|\rho,\tilde{\Psi}) \qquad \text{式(2)}
$$
であることがすぐにわかります。実際,たとえば$${\rho \coloneqq 0_3 \oplus \ket{\phi_1}\bra{\phi_1}}$$の場合には,$${P(q_1|\rho,\tilde{\Pi}) = 1}$$および$${P(q_1|\rho,\tilde{\Psi}) = 1/3}$$です。
ここで理論$${\Theta}$$がボルン則を満たすと仮定して,矛盾を導きます。ボルン則の定義より,$${\mathbf{St}_{X'}}$$から$${\mathsf{Den}_3}$$へのある写像$${D}$$が存在します。また,$${\tilde{\Pi}}$$は物理量$${Q}$$の測定ですので,$${P(q_m|\rho,\tilde{\Pi}) = \braket{\phi_m|D(\rho)|\phi_m}}$$です。同様に,$${\tilde{\Psi}}$$は物理量$${Q}$$の測定ですので,$${P(q_m|\rho,\tilde{\Psi}) = \braket{\phi_m|D(\rho)|\phi_m}}$$です。このため,
$$
P(q_m|\rho,\tilde{\Pi}) = P(q_m|\rho,\tilde{\Psi})
$$
です。しかし,これは式(2)と矛盾します。したがって,理論$${\Theta}$$はボルン則を満たしません。
まとめ
この記事の概要を以下にまとめます。
堀田先生は,私の以前からの主張「『前提』を満たす非量子論が存在する」が正しいことをようやく認められたようす。
彼は,「『前提』を満たす任意の理論は量子論であり,その理論の任意の系は量子系である」ことと,「『前提』を満たすならば,それが非量子論であってもボルン則を満たすことを演繹的に導ける」ことなどを,新たに主張された。
しかし,彼の新たな主張を受け入れると,『堀田先生の書籍』では通常の量子論とは異なる用語を用いていることになる。しかし,書籍ではこれらの用語の定義が正確に述べられていないため,少なくとも書籍に不備があるといえる。
また,彼の主張は『堀田先生の書籍』の内容と矛盾する。
さらに,何の断りもなしに「『前提』からボルン則を導ける」とは決していえない。この記事の後半では,素直と思われるようなボルン則の定義を与え,『前提』を満たすがボルン則を満たさないような理論が存在することを示した。
補足:これまでの経緯
これまでの経緯を次のnote記事にまとめましたので,適宜ご参照ください。