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堀田昌寛先生の書籍『入門 現代の量子力学』の致命的な誤りについて

堀田先生の書籍『入門 現代の量子力学』のまえがきでは,「情報理論の観点からの最小限の実験事実に基づいた論理展開で、確率解釈のボルン則や量子重ね合わせ状態の存在などを証明する」と書かれています。堀田先生が提示された前提から量子論の数学的構造がただ一つに定まることを演繹的に導けるとのことです。私は,その主張には致命的な誤りがあることをいくつかの記事で述べてきました。

ほかの人が私の記事と堀田先生の記事の両方を読んで内容を理解することはきっと大変な作業であるため,結局どちらの主張が正しいのかがよくわからなかった人が少なからずいらっしゃったのではないかと思います。そこで,この記事では,堀田先生が提示されている前提のみからは量子論の数学的構造を演繹的に導くことは不可能であることを,量子論の基礎知識があればこの記事のみからほぼ完全に理解できるように,ていねいに説明します

補足:今回の記事の主張は,これまでの記事の主張と同じですが,私が示している反例について詳しく述べています。11/2に公開した私のnote記事では,私の主張の真偽を確かめるためには堀田先生のはてなブログの内容をある程度理解する必要がありました。今回の記事では,これらの記事の内容を知らなくても私の主張を理解していただけることをめざしました。なお,今回の記事を読めば,量子論の数学的構造をより深く理解できるようになるかもしれません。


参考:これまでの大ざっぱな経緯

上で述べた堀田先生の主張を,堀田先生が(私からのコメントに対する「最終的な回答」として)はてなブログnote記事にまとめられました。以降では,これらの記事を『最終回答』とよぶことにします。それに対して,私が次の記事で,『最終回答』では(堀田先生が提示されている前提のみから)量子論の数学的構造を演繹的に導けていないことを指摘しました(詳細な経緯などが気になる人以外は,これらの記事を読む必要はありません)。

なお,この私からの指摘に対して,堀田先生は次の記事

で反論しており,この反論に対しては今回の記事の最後のほうでコメントします。上の私の記事では「演繹的に導けていない」という指摘がメインでしたが,今回の記事では「そもそも演繹的に導くことは不可能である」ことをていねいに説明します。

参考:PDF資料

この記事の内容を,次のPDFファイルにもまとめました。

内容はこの記事と同じですので,読みやすいほうを選んでください。ただし,この記事の最後のほうにある「堀田先生の回答に対するコメント」と「ここまで読んでくださった皆さまへ」は,PDFファイルには含めていません。

この記事の目的

準備:基本的な用語と表記の説明

 はじめに,基本用語などを説明しておきます。

各系$${Y}$$について,$${Y}$$の状態をすべて集めた集合を$${Y}$$の状態空間とよび,$${\mathbf{St}_Y}$$と書きます。また,$${n}$$次密度行列全体からなる集合を$${\mathsf{Den}_n}$$とおきます($${n}$$は自然数)。

補足:この記事で現れる行列は複素行列です。密度行列とは,トレースが1である複素半正定値行列のことです。

便宜上,堀田先生のはてなブログで提示されている5個の前提(後で詳しく述べます)を『前提』とよぶことにします。また,$${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_n}$$を満たす系$${Y}$$を,量子系または量子$${n}$$準位系とよぶことにします(通常の量子$${n}$$準位系は,この条件を満たします)。さらに,量子系ではない系をもつ理論を,非量子論とよぶことにします。

補足:状態と測定については定義などを割愛しますが,一般確率論(または操作的確率論)などでこれらの用語が定められます。興味のある読者は,私の資料「図式と操作的確率論で学ぶ量子論 ~操作的確率論および量子論の入門~」などをご参照ください(次のWebページからダウンロードできます)。なお,この私の資料における「正規状態」のことを,今回のnote記事では単に状態とよんでいます。

補足2:$${\cong}$$の意味
$${ \mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_n }$$は,$${ \mathbf{St}_Y}$$と$${\mathsf{Den}_n }$$が凸集合として同型であることを意味します。「$${ \mathbf{St}_Y}$$から$${\mathsf{Den}_n }$$への(ある素直な性質を満たす)全単射があることである」と捉えれば,この記事の内容は大体理解できると思います。こちらのnote記事では,もう少し詳しく補足しています。

高度な話題:一般的には,系$${Y}$$が$${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_n}$$を満たすことは$${Y}$$が量子$${n}$$準位系であるための十分条件ではありません(必要条件ではあります)。しかし,このことは以降の議論においては本質的ではないため,「量子$${n}$$準位系」という用語を上のように定めています。

目的

この記事の目的は次のとおりです。

目的:『前提』を満たす非量子論が存在することを示す。

仮に堀田先生の主張が正しく,『前提』から量子論の数学的構造がただ一つに定まるならば,『前提』を満たす理論は量子論のみということになります。この対偶により,もし『前提』を満たす非量子論が存在することを示せるならば(つまり,上の目的を達成できるならば),『前提』からは量子論の数学的構造をただ一つに定められないことがわかります。

堀田先生は,『前提』を満たす非量子論は存在しないと主張されています。一方,私は『前提』を満たす非量子論が存在することを主張してきました。もし堀田先生の主張が正しければ私の主張が間違っていることになり,その逆も成り立ちます。

補足:『前提』を満たす非量子論が存在するというのは,『前提』を満たすような矛盾を含まない非量子論を構築できる,という意味です。

直観的な理解を助けるために,別の表現を用いてこの問題を言い換えておきましょう。この世界が量子論にしたがうか否かを確かめたいとします。また,何らかの方法によりこの世界が『前提』を満たすことは確認できたとします。このとき,『前提』を満たす理論は必ず量子論であることが保証されている(つまり堀田先生の主張が正しい)のだとしたら,この世界は必ず量子論にしたがうことになります。逆に,『前提』を満たす非量子論が存在する(つまり私の主張が正しい)のだとしたら,この世界が量子論にしたがわない可能性が残ることになります。このどちらであるかを明らかにしたいのです。

注意点

演繹的な導出を考える上では,『前提』で明記されている一字一句が非常に重要です。『前提』に少しでも不備がある場合には一般に導出は行えません。また,『前提』を少しでも変更すると,そこから導かれる結果は大きく変わる可能性があります。

当然のことですが,「『前提』を満たす理論はすべて量子論である」という命題を演繹的に導出する際には,『前提』で明記されていることのみから導出を行う必要があり,『前提』で明記されていない条件などを勝手に用いることはできません。また,『前提』にあいまいさが含まれる場合には,矛盾が生じない限り『前提』をどのように解釈したとしても導出できる必要があります。このような意味で,演繹的な導出について考える上では,『前提』に明記されていることがすべてといえます。

補足:仮に『前提』で明記されていない条件を勝手に追加して演繹的な導出を行えるのだとしたら,真っ当な議論はできないといえるでしょう。例として,ある与えられた整数$${n}$$に対し,「$${n \ge 1}$$である」ことが前提である場合を考えます。もし条件を勝手に追加してもよいのであれば,この前提から$${n = 1}$$であることが演繹的に導けることになります(実際,このためには「$${n \le 1}$$である」という条件を勝手に追加すれば十分です)。

これから『前提』を満たす理論について考えますが,その理論は量子論ではないかもしれませんので,「量子論の常識」は一般に通じないことにご注意ください。「量子論の常識」を条件として勝手に追加することはできません。「量子論の常識」を用いる代わりに,前提から演繹的に導出できるような性質のみを用いて議論をする必要があります。この記事の主題は,『前提』を満たす非量子論が存在するか否かです。その非量子論は,「量子論の常識」から考えてどれほど奇妙に感じるようなものであっても構いません。

補足:議論を建設的に進めるために,以降で考える理論は,『前提』を満たすことに加えて,いわゆる一般確率論における大前提として広く採用されているようなもの(たとえば,測定を1回行ったときに得られる各測定結果の確率は0以上で,それらの確率の和は1であること)も満たすと仮定します。この仮定は,直観的には「確率的なふるまいを説明するような理論として最低限満たすべき条件を満たすための要請」であるといえます。なお,この仮定について十分に理解していなくても,この記事の内容は理解できると思います。

参考:この記事を公開しようと思った動機

この記事を公開しようと思った動機は,私のnote記事『図式で学ぶ量子論 番外編その2』で述べたことと同じです。該当箇所を引用しておきます。

引用:
堀田先生の「書籍」や「補足」を読んで「多準位系の数学的構造は(自然な前提のみを用いて比較的容易に)演繹的に導ける」と信じる人が増えることは,この主張が正しいとはいえない以上,科学的・教育的には良くないことのはずです。しかし,量子論の数学的構造の導出に関する専門家でなければだまされてしまう可能性があり,実際にこの主張を信じている人が少なからずいらっしゃるような気がします。これでは,いろいろな弊害を引き起こしかねません。例えば,この問題は量子論の数学的構造を理解するということに直結する重要な問題と思われますので,このような正しくない主張を信じてしまうと量子論について十分に理解することができなくなる可能性があります。また,「量子論の数学的構造を素直な形で導出する」という問題は本当はまだ完全には解かれていないチャレンジングな問題であるにも関わらず,この問題に挑戦する人が減るかもしれませんし,挑戦する人が正当に評価されなくなるかもしれません。批判をすることは決して気持ちのよいことではありませんし,勇気のいることです。しかし,このような弊害を防ぐため,量子論の数学的構造の導出に関する専門家の一人からみて正しい情報をお伝えしたほうがよいと思い,公開することにしました

私のnote記事『図式で学ぶ量子論 番外編その2』

堀田先生の『最終回答』に対して私が挙げている反例を,より多くの人に理解していただくことをめざしました。

『前提』を満たす非量子論

上で述べた「『前提』を満たす非量子論が存在することを示す」という目的を達成するため,『前提』を満たす非量子論を具体的に示します。

復習:量子系の状態と測定

量子論の初学者のために,量子$${n}$$準位系$${Y}$$を考え,$${Y}$$の状態や(出力のない)測定について簡単に説明しておきます。量子論の知識がある方は,読み飛ばして構いません。

量子$${n}$$準位系$${Y}$$は,$${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_n}$$を満たします。このため,$${Y}$$の各状態は$${n}$$次密度行列で表され,この表現により$${Y}$$の状態と$${n}$$次密度行列が一対一に対応します。この記事では,しばしば量子系$${Y}$$の状態と$${n}$$次密度行列を同一視します。

$${\sum_{m=1}^M \Pi_m = I_n}$$($${I_n}$$は$${n}$$次単位行列)を満たすような$${n}$$次半正定値行列の組$${\Pi \coloneqq \{\Pi_m\}_{m=1}^M}$$は,POVM(Positive Operator-Valued Measure)とよばれます(なお,「$${x \coloneqq y}$$」は$${x}$$を$${y}$$のように定義するという意味です)。このとき,$${Y}$$の(出力のない)各測定はPOVMで表され,この表現により$${Y}$$の測定と$${n}$$次半正定値行列からなるPOVMが一対一に対応することが知られています。この記事では,しばしば量子系$${Y}$$の(出力のない)測定とこのようなPOVMを同一視します。

補足: 測定結果のほかにある系の状態を出力するような測定と区別するため,ここでは測定結果のみを出力するような測定を(出力のない)測定とよんでいます。単に測定とよぶこともあります。なおこの記事では,話を簡単にするため,測定結果の候補が無限個であるような測定のことは考えません。

$${Y}$$の状態$${\rho}$$と測定(つまりPOVM)$${\Pi \coloneqq \{\Pi_m\}_{m=1}^M}$$を任意に選びます。このとき,測定$${\Pi}$$は$${M}$$個の測定結果$${1,2,\dots,M}$$のいずれかを返し,状態$${\rho}$$に対して測定$${\Pi}$$を行ったときに各測定結果$${m}$$を返す確率は$${\mathrm{Tr}(\rho\Pi_m)}$$で与えられます。

$$
\mathrm{Tr}(\rho\Pi_m) \ge 0 ~~(\forall m \in \{1,\dots,M\}),
\qquad \sum_{m=1}^M \mathrm{Tr}(\rho\Pi_m) = 1
$$

を満たすことがすぐにわかり,このため$${\{\mathrm{Tr}(\rho\Pi_m)\}_{m=1}^M}$$は確率分布とみなせます。

補足(上の式についての説明):
半正定値行列の基本的な性質として,任意の$${n}$$次半正定値行列$${A,B}$$について$${\mathrm{Tr}(AB) \ge 0}$$が成り立ちます。この不等式に$${A = \rho}$$および$${B = \Pi_m}$$を代入すれば,上の左側の式$${\mathrm{Tr}(\rho\Pi_m) \ge 0}$$が得られます。また,$${\sum_{m=1}^M \Pi_m = I_n}$$より$${\sum_{m=1}^M \mathrm{Tr}(\rho\Pi_m) = \mathrm{Tr}(\rho I_n) = \mathrm{Tr}~\rho = 1}$$ですので,上の右側の式$${\sum_{m=1}^M \mathrm{Tr}(\rho\Pi_m) = 1}$$が成り立ちます(なお,$${\rho}$$は密度行列ですので$${\mathrm{Tr}~\rho = 1}$$を満たします)。

理論Θの特徴的な条件

以降で述べるような理論を$${\Theta}$$とおきます。ここでは,理論$${\Theta}$$の特徴的な条件のみを述べ,後でそれ以外の条件を追加することにします。すべての条件をここで紹介すると,読者にとっては理解が難しくなると思いますので,このような流れとしました。

補足:これから述べる理論$${\Theta}$$は,私のnote記事『図式で学ぶ量子論 番外編その2』で「論理的な穴:その3」として紹介しています。

特徴的な条件として,$${\Theta}$$は次の2個の条件を満たす3準位系$${X}$$を含むものとします。1番目の条件は,$${X}$$の状態空間が

$$
\mathbf{St}_X \coloneqq \left\{
\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}
\middle| \rho_1, \rho_2 \in \mathsf{Pos}_3, ~ \mathrm{Tr}(\rho_1 + \rho_2) = 1
\right\}
\qquad \text{式(StX)}
$$

で与えられるというものです。ここで,$${\mathsf{Pos}_n}$$は$${n}$$次半正定値行列全体からなる集合で,$${0_n}$$はすべての成分がゼロである$${n}$$次正方行列です。この式より,$${X}$$の任意の状態は6次密度行列です。通常の量子3準位系の状態が3次密度行列と同一視されるのに対し,系$${X}$$の状態は2個の3次半正定値行列$${\rho_1,\rho_2}$$を用いて表されます。なお,$${\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}}$$は$${\rho_1 \oplus \rho_2}$$とも表せます。

補足:式(StX)の「$${\coloneqq}$$」は「$${\cong}$$」でも構いません。このような置き換えを行っても,本質的な議論は変わりません。

2番目の条件は,$${X}$$の(出力のない)任意の測定$${\Pi}$$が

$$
\sum_{m=1}^M \pi_{1,m} = \sum_{m=1}^M \pi_{2,m} = I_3, \\
6\pi_{1,m} \ge \pi_{2,m}, ~6\pi_{2,m} \ge \pi_{1,m} ~(\forall m = 1,2,\dots,M)
$$

(ただし,$${I_n}$$は$${n}$$次単位行列)を満たす$${2M}$$個の3次半正定値行列$${\pi_{1,1},\dots,\pi_{1,M},\pi_{2,1},\dots,\pi_{2,M}}$$($${M}$$は任意の自然数)を用いて

$$
\Pi \coloneqq \left\{ \Pi_m \coloneqq \begin{bmatrix} \pi_{1,m} & 0_3 \\ 0_3 & \pi_{2,m} \end{bmatrix} \right\}_{m=1}^M
$$

の形で表され,逆にこの形で表せる任意の$${\Pi}$$は$${X}$$の測定であるというものです。ただし,この測定$${\Pi}$$は,$${M}$$個の測定結果$${1,2,\dots,M}$$のいずれかを返し,$${X}$$の各状態$${\rho}$$に対して測定結果$${m}$$を返す確率が$${\mathrm{Tr}(\rho\Pi_m)}$$で与えられるものとします。このような定式化は,量子系の測定を表すPOVMに似ていることに気が付くと思います。

補足:$${A \ge B}$$は$${A - B}$$が半正定値であることを意味します。具体的には,$${6\pi_{1,m} \ge \pi_{2,m}}$$は$${6\pi_{1,m} - \pi_{2,m}}$$が半正定値であることを意味し,$${6\pi_{2,m} \ge \pi_{1,m}}$$は$${6\pi_{2,m} - \pi_{1,m}}$$が半正定値であることを意味します。

上の条件$${\sum_{m=1}^M \pi_{1,m} = \sum_{m=1}^M \pi_{2,m} = I_3}$$は,条件$${\sum_{m=1}^M \Pi_m = I_6}$$と同値です(後者の条件は,量子論におけるPOVMであるための条件と同じです)。一方,条件$${6\pi_{1,m} \ge \pi_{2,m}, ~6\pi_{2,m} \ge \pi_{1,m}}$$は,$${X}$$を3準位系とするためのものです(後で補足します)。なお,この条件に現れる係数$${6}$$には深い意味はなく,$${4}$$などのほかの値でも構いません。

上で述べたように,系$${X}$$の状態は6次密度行列で表され,測定は6次半正定値行列の組で表されます。このため,系$${X}$$を「量子6準位系に対してある制約が課せられているような系」と解釈すると,イメージしやすいかもしれません(実際,$${\mathbf{St}_X \subset \mathsf{Den}_6}$$ が成り立ちます)。

補足:系$${X}$$の状態$${\rho}$$と測定$${\Pi}$$を任意に選んだとき,量子論の場合と同様の式である$${\mathrm{Tr}(\rho\Pi_m) \ge 0 ~(\forall m \in \{1,\dots,M\})}$$および$${\sum_{m=1}^M \mathrm{Tr}(\rho\Pi_m) = 1}$$が成り立つことをすぐに示せます。このため,$${\{\mathrm{Tr}(\rho\Pi_m)\}_{m=1}^M}$$は確率分布とみなせます。

系Xが3準位系であることの確認

ここでは,系$${X}$$が3準位系であることを確認します($${X}$$の各状態が6次密度行列であるからといって,$${X}$$が6準位系であるわけではありません)。

準備として,$${n}$$準位系の定義を述べておきます。ある系$${Y}$$の状態の組$${\{\rho_i\}_{i=1}^k}$$が完全識別可能であるとは,各$${\rho_i}$$に対して測定$${\Pi}$$を行ったときに必ず結果$${i}$$を返す(つまり結果$${i}$$を返す確率が$${1}$$である)ような$${Y}$$の測定$${\Pi}$$が存在することをいいます。系$${Y}$$に対して,完全識別可能な$${n}$$個の状態の組が存在して,完全識別可能な$${n+1}$$個の状態の組は存在しないとき,$${Y}$$は$${n}$$準位系であるとよびます。

次のような行列を導入します。

$$
E_1 \coloneqq
\begin{bmatrix} 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\ \end{bmatrix}, \quad
E_2 \coloneqq
\begin{bmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\ \end{bmatrix}, \quad
E_3 \coloneqq
\begin{bmatrix} 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \\ \end{bmatrix}
$$

系$${X}$$の3個の状態$${E_1 \oplus 0_3}$$と$${E_2 \oplus 0_3}$$と$${E_3 \oplus 0_3}$$は,測定$${\{ E_m \oplus E_m \}_{m=1}^3}$$により完全識別できます。実際,$${\mathrm{Tr}[(E_i \oplus 0_3)(E_i \oplus E_i)] = \mathrm{Tr}~E_i = 1}$$が成り立ちます。このため,$${X}$$の準位は3以上です。一方,完全識別可能な状態の組のうち要素数が4個のものは存在しないことも(少し考えれば)わかります。このことは,状態$${E_1 \oplus 0_3}$$と状態$${0_3 \oplus E_1}$$が完全識別できないことから直観的にわかるかと思います。このため,系$${X}$$は3準位系です。

補足:測定$${\Pi \coloneqq \{ I_3 \oplus 0_3, 0_3 \oplus I_3 \}}$$を用いれば状態$${E_1 \oplus 0_3}$$と状態$${0_3 \oplus E_1}$$を識別できると考えるかもしれません。しかし,この$${\Pi}$$は上で示した条件「$${6\pi_{1,m} \ge \pi_{2,m}, ~6\pi_{2,m} \ge \pi_{1,m}}$$」を満たしていないため(実際,$${6 \cdot 0_3 - I_3 = - I_3}$$は半正定値ではないため),$${X}$$の測定ではありません。

系Xの直観的な説明

系$${X}$$は,直観的には「量子3準位系よりも余分な状態をもつような3準位系」とみなせます。また,$${X}$$は量子系ではありません。このことを説明します。

$${Y}$$を量子3準位系とします。$${Y}$$の任意の状態(つまり3次密度行列)$${\sigma}$$について

$$
\tilde{\sigma} \coloneqq \frac{1}{2} (\sigma \oplus \sigma) = \frac{1}{2} \begin{bmatrix} \sigma & 0_3 \\ 0_3 & \sigma \end{bmatrix}
$$

は系$${X}$$の状態です(式(StX)において$${\rho_1 = \rho_2 = \sigma / 2}$$の場合を考えてください)。また,$${Y}$$の任意の測定(つまりPOVM)$${\phi \coloneqq \{\phi_m\}_{m=1}^M}$$($${M}$$は任意の自然数)について,

$$
\Phi \coloneqq \left\{ \Phi_m \coloneqq \begin{bmatrix} \phi_m & 0_3 \\ 0_3 & \phi_m \end{bmatrix} \right\}_{m=1}^M
$$

は$${X}$$の測定です。$${X}$$の状態$${\tilde{\sigma}}$$に対して測定$${\Phi}$$を行ったときに結果が$${m}$$である確率は

$$
\mathrm{Tr}(\tilde{\sigma}\Phi_m) = \frac{1}{2} ~\mathrm{Tr} \left(
\begin{bmatrix} \sigma & 0_3 \\ 0_3 & \sigma \end{bmatrix}
\begin{bmatrix} \phi_m & 0_3 \\ 0_3 & \phi_m \end{bmatrix} \right)
= \mathrm{Tr}(\sigma \phi_m)
$$

で表され,$${Y}$$の状態$${\sigma}$$に対して測定$${\phi}$$を行ったときに結果が$${m}$$である確率に等しいことがわかります。このように,$${Y}$$の任意の状態は$${X}$$の状態として表せて,測定についても同じです。

一方,系$${X}$$の状態には,上の$${\tilde{\sigma}}$$の形では表せないものが存在します。このため,直観的には,$${X}$$は「量子3準位系よりも余分な状態をもつような3準位系」とみなせることがわかります。また,$${\mathbf{St}_X \not\cong \mathsf{Den}_3}$$であるため,$${X}$$は量子系ではないことがわかります。大ざっぱには,「系$${X}$$は量子3準位系に似て非なるもの」といえそうです。なお,このような系$${X}$$を考えても,一般確率論のような「確率的なふるまいを記述する理論」としては矛盾はありません。

補足1:詳細は割愛しますが,$${\mathbf{St}_X \not\cong \mathsf{Den}_3}$$を示すためには,$${\mathbf{St}_X}$$と$${\mathsf{Den}_3}$$のそれぞれを含む最小の実ベクトル空間の次元が同じではないことを示せば十分です。前者および後者の次元は,それぞれ$${18}$$および$${9}$$です。

補足2:理論$${\Theta}$$として,たとえば通常の量子論に対して上の条件を満たす3準位系$${X}$$を1個のみ加えた理論を考えればわかりやすいかもしれません。なお,理論$${\Theta}$$に含まれるすべての3準位系が系$${X}$$と同様の条件を満たす必要はありません(系$${X}$$以外の3準位系については,上では何も条件を課していません)。

補足:系Xと量子3準位系との違いについて

先を急ぐ読者は,読み飛ばしても構いません。

上で述べたように,系$${X}$$は量子系ではありません。系$${X}$$と量子3準位系$${Y}$$との違いについてもう少し理解を深めるために,$${Y}$$の各状態(つまり3次密度行列)$${\rho}$$を次の6次密度行列

$$
\tilde{\rho} \coloneqq \begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}
$$

で表したらどうなるのかを考えてみます。ただし,$${\rho_1}$$と$${\rho_2}$$は$${\rho_1 + \rho_2 = \rho}$$を満たす任意の3次半正定値行列とします。この行列$${\tilde{\rho}}$$は,$${\mathbf{St}_X}$$の要素であることがわかります。

この表現を用いて,$${Y}$$の2個の状態のそれぞれを6次密度行列$${\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}}$$と$${\begin{bmatrix} \rho'_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho'_2 \end{bmatrix}}$$で表したとき,$${\rho_1 + \rho_2 = \rho'_1 + \rho'_2}$$を満たすならばこれらの状態は明らかに同じです。このことから,$${\mathbf{St}_X}$$の異なる要素が$${Y}$$の同じ状態に対応する場合があることがすぐにわかります。このことを考慮して少し考えると,$${Y}$$の状態をこのように6次密度行列として表したとしても,$${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_3}$$が成り立つ(つまり$${Y}$$は量子系である)ことがわかります。単に表現の仕方を変えただけですので,このことは直観的にも明らかでしょう。一方,系$${X}$$では,量子系$${Y}$$の場合とは異なり,6次密度行列として異なるような2個の状態は異なります(このことは,式(StX)から読み取れます)。

このことを,別の視点から眺めておきます。 各系$${Z}$$と$${Z}$$の2個の状態$${\rho,\sigma}$$を考えます。$${Z}$$の任意の測定を行ったときに得られる測定結果の確率分布が常に等しいならば,かつこのときに限り,$${\rho}$$と$${\sigma}$$は同じとみなされます。これは,一般確率論などにおける基本的な要請です。とくに系$${X}$$の場合についてこの要請を具体的に言い換えておくと,$${X}$$の2個の状態$${\rho,\sigma}$$について,$${X}$$の任意の測定$${\Pi = \{ \Pi_m \}_{m=1}^M}$$を行ったときに得られる測定結果の確率分布$${\{ \mathrm{Tr}(\rho\Pi_m) \}_{m=1}^M}$$と$${\{ \mathrm{Tr}(\sigma\Pi_m) \}_{m=1}^M}$$が常に等しいならば,かつこのときに限り,$${\rho}$$と$${\sigma}$$は同じとみなされます。この要請から,$${X}$$の2個の状態が等しいことは,6次密度行列として等しいことと同値であることがわかります(興味のある人は確認してみてください)。

念のため,量子3準位系$${Y}$$の各状態$${\rho}$$を上のような6次密度行列$${\tilde{\rho}}$$として表した場合の測定についても考えておきましょう。上で述べた要請と矛盾しないためには,$${Y}$$の測定は$${\sum_{m=1}^M \pi_m = I_3}$$を満たす3次半正定値行列$${\pi_1,\dots,\pi_M}$$($${M}$$は任意の自然数)を用いて

$$
\Pi \coloneqq \left\{ \Pi_m \coloneqq \begin{bmatrix} \pi_m & 0_3 \\ 0_3 & \pi_m \end{bmatrix} \right\}_{m=1}^M
$$

の形で表せるものに限ることがわかります(この点が系$${X}$$とは異なります)。ただし,系$${X}$$の場合と同様に,この測定$${\Pi}$$は$${M}$$個の測定結果$${1,2,\dots,M}$$のいずれかを返し,$${Y}$$の各状態$${\rho}$$に対して結果$${m}$$を返す確率が$${\mathrm{Tr}(\tilde{\rho} \Pi_m)}$$で与えられるものとします。このとき,

$$
\mathrm{Tr}(\tilde{\rho} \Pi_m) = \mathrm{Tr} \left( \begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix} \begin{bmatrix} \pi_m & 0_3 \\ 0_3 & \pi_m \end{bmatrix}\right) = \mathrm{Tr}(\rho \pi_m)
$$

が得られます。この右辺$${\mathrm{Tr}(\rho \pi_m)}$$は,量子論でなじみのある式であることに気付くと思います。このようにして,量子系$${Y}$$では,(当然のことですが)状態を6次密度行列で表したとしても3次密度行列で表した場合と本質的に同じ計算を行うことになります。

『前提』を満たすことの確認

上で述べたように,理論$${\Theta}$$に含まれる3準位系$${X}$$は$${\mathbf{St}_X \cong \mathsf{Den}_3}$$を満たさないため,$${\Theta}$$は非量子論です。したがって,この記事の目的である「『前提』を満たす非量子論が存在することを示す」ためには,理論$${\Theta}$$のうち『前提』を満たすものが存在することを示せば十分です。

補足:ここでは,上で述べた3準位系$${X}$$を含む理論を総称して$${\Theta}$$とよんでいます(理論$${\Theta}$$が一意に定まっているわけではありません)。

このことを示すために,以降では『前提』である5個の前提を堀田先生のはてなブログから引用しながら,上で述べた「特徴的な条件」に加えてこれから述べる5個の追加の条件を満たすような理論$${\Theta}$$が『前提』を満たすことを示します。この作業は多少手間がかかりますが,とくに難しい話はありません。必要に応じて適切な条件を追加しながら,『前提』を満たすことをこつこつと確認するだけです。以下,興味のない箇所は読み飛ばしても構いません。

補足:『前提』にあいまいさが残る部分については,"「…」と解釈します" のように注釈を入れることにします。これらは,きっと恣意的な解釈ではないはずです。

前提1

前提1:任意の2準位系では量子状態を密度行列や状態ベクトルで表現することが可能。

追加の条件1:理論$${\Theta}$$に含まれる任意の2準位系$${Y}$$は,$${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_2}$$を満たすものとします。

私のnote記事『図式で学ぶ量子論 番外編その2』などでも行ってきたように,この前提を「任意の2準位系$${Y}$$は $${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_2}$$を満たす」ことである(つまり$${Y}$$は量子系である)と解釈します。追加の条件1より,理論$${\Theta}$$は明らかにこの前提1を満たします。

補足1:実際には,前提1の文言にはかなりあいまいさが含まれると思いますが,ここではそのことには触れないことにします。

補足2:「特徴的な条件」と「追加の条件1」の両方を満たす(つまり,$${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_2}$$を満たさないような2準位系は含まず,かつ上で述べた3準位系$${X}$$を含む)矛盾のない理論${\Theta}$$を構築できることは,明らかでしょう。このように,「追加の条件1」を追加しても矛盾は生じません。同様に,以降で述べるほかの条件を追加しても矛盾は生じません(これらを確認する作業は割愛しますが,容易に理解できると思います)。

前提2

前提2:その2準位系の空間に作用する任意のユニタリー行列には,対応する物理操作がある。

追加の条件2:理論$${\Theta}$$に含まれる2準位系$${Y}$$を任意に選んだとき,各2次ユニタリ行列$${V}$$ に対して写像

$$
\tilde{V} \colon \mathbf{St}_Y \ni \rho \mapsto V \rho V^\dagger \in \mathbf{St}_Y
$$

(ただし$${\dagger}$$は共役転置)で定められる$${Y}$$上の可逆な物理操作$${\tilde{V}}$$が存在するとします。なお,通常の量子2準位系はこの条件を満たします。

この条件により,物理操作$${\tilde{V}}$$がユニタリ行列$${V}$$に対応していますので,理論$${\Theta}$$は前提2を満たします。

補足:「$${f \colon A \ni a \mapsto b \in B}$$」という表記は,集合$${A}$$から集合$${B}$$への写像$${f}$$のうち各$${a \in A}$$を$${b \in B}$$に写すものを表します。一般に,$${a}$$の写り先$${f(a)}$$である$${b}$$は,$${a}$$に依存します。上の写像$${\tilde{V}}$$は,各$${\rho \in \mathbf{St}_Y}$$を$${V \rho V^\dagger \in \mathbf{St}_Y}$$に写します。

前提3

前提3:空間回転などの物理操作に対応するような可逆物理操作が多準位系でも存在し,基準測定で定まる任意の2つの純粋状態に対して前提2の物理操作がその可逆物理操作に対応する。

前半部分(カンマの前)と後半部分(カンマの後)に分けて考えます。

前提3の前半部分

前半部分「空間回転などの物理操作に対応するような可逆物理操作が多準位系でも存在し」は,「3準位系では,各3次ユニタリ行列$${U}$$に対応する物理操作がある(準位が4以上の系でも同様である)」ことであると解釈します。

追加の条件3:理論$${\Theta}$$では,各3次ユニタリ行列$${U}$$に対して写像

$$
\tilde{U} \colon \mathbf{St}_X \ni
\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}
\mapsto
\begin{bmatrix} U \rho_1 U^\dagger & 0_3 \\ 0_3 & U \rho_2 U^\dagger \end{bmatrix} \in \mathbf{St}_X
$$

で定められる$${X}$$上の可逆な物理操作$${\tilde{U}}$$が存在するとします(ほかの多準位系についても適切に定めます)。ここで,式(StX)より$${X}$$の各状態が$${\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}}$$の形で表されることを用いました。

この条件により,物理操作$${\tilde{U}}$$がユニタリ行列$${U}$$に対応しています。ほかの多準位系でも同様です。したがって,理論$${\Theta}$$は前提3の前半部分を満たします。

前提3の後半部分

基準測定を次のように導入します。

追加の条件4:理論$${\Theta}$$において,系$${X}$$の基準測定$${\Psi \coloneqq \{ \Psi_m \}_{m=1}^3}$$を,「$${X}$$の各状態$${\rho}$$に対して各測定結果$${m \in \{1,2,3\}}$$を返す確率が$${\mathrm{Tr}[\rho (E_m \oplus E_m)]}$$であり,その場合に$${X}$$の純粋状態$${E_m \oplus 0_3}$$を返す」ように定めます。基準測定は,いわゆる「出力のある測定」です。なお,$${X}$$の各状態を式(StX)のように$${\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}}$$の形で表したとき,結果$${m}$$を返す確率は

$$
\mathrm{Tr}[\rho (E_m \oplus E_m)]
= \mathrm{Tr} \left( \begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}
\begin{bmatrix} E_m & 0_3 \\ 0_3 & E_m \end{bmatrix} \right)
= \mathrm{Tr}[(\rho_1 + \rho_2) E_m]
$$

で表されます。

後半部分「基準測定で定まる任意の2つの純粋状態に対して前提2の物理操作がその可逆物理操作に対応する」は,「系$${X}$$の基準測定が出力する純粋状態のうちの2個$${\psi_1,\psi_2}$$に対して,対応する前提2の2準位系$${Y}$$の純粋状態$${\psi'_1,\psi'_2}$$が存在し,前提2の物理操作$${\tilde{V}}$$が系$${X}$$のある可逆物理操作$${\tilde{U}}$$に対応する(ほかの多準位系でも同様)」と解釈します。

基準測定$${\Psi}$$が出力する3個の純粋状態$${E_1 \oplus 0_3, E_2 \oplus 0_3, E_3 \oplus 0_3}$$のうち,$${E_1 \oplus 0_3}$$と$${E_2 \oplus 0_3}$$に着目します(なお,ほかの組み合わせとして,$${E_2 \oplus 0_3}$$と$${E_3 \oplus 0_3}$$,および$${E_3 \oplus 0_3}$$と$${E_1 \oplus 0_3}$$が考えられますが,これらについても同様の議論が成り立ちます)。$${X}$$の状態$${E_1 \oplus 0_3}$$を2準位系$${Y}$$(前提1より$${Y}$$は量子系です)の状態$${\begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{bmatrix}}$$に対応させ,$${X}$$の状態$${E_2 \oplus 0_3}$$を$${Y}$$の状態$${\begin{bmatrix} 0 & 0 \\ 0 & 1 \end{bmatrix}}$$に対応させます。また,2次ユニタリ行列$${V}$$で定まる系$${Y}$$の物理操作$${\tilde{V}}$$に対して,3次ユニタリ行列$${U_V}$$を

$$
U_V \coloneqq \begin{bmatrix} V_{1,1} & V_{1,2} & 0 \\ V_{2,1} & V_{2,2} & 0 \\ 0 & 0 & 0 \end{bmatrix}
$$

と定め(ただし$${V_{i,j}}$$は$${V}$$の$${i}$$行$${j}$$列目の成分),系$${Y}$$の物理操作$${\tilde{V}}$$を系$${X}$$の可逆物理操作$${\tilde{U}_V}$$に対応付けます。このような対応付けができるため(ほかの多準位系でも同様),理論$${\Theta}$$は前提3の後半部分を満たします。

したがって,理論$${\Theta}$$は前提3を満たします。

前提4

前提4:任意の状態は,基準測定機から出てくる1つの純粋状態に対する可逆物理操作と,それで得られた状態の確率混合の集合で与えられる。

元の文言が「任意の状態は,~の集合で与えられる」という形になっていますが,これを「任意の状態は,~の集合に含まれる」のことであると解釈します。

追加の条件5:理論$${\Theta}$$において,写像

$$
\mathcal{W} \colon \mathbf{St}_X \ni
\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}
\mapsto
\begin{bmatrix} \rho_2 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_1 \end{bmatrix}
\in \mathbf{St}_X
$$

により定められる$${X}$$上の可逆物理操作$${\mathcal{W}}$$が存在するとします。

基準測定が出力する純粋状態の一つとして,状態$${E_1 \oplus 0_3}$$を考えます。この状態に対して3次ユニタリ行列$${U}$$により定まる物理操作$${\tilde{U}}$$を施して確率混合を施すと,任意の3次密度行列$${\rho}$$に対して$${\rho \oplus 0_3}$$の形の$${X}$$の状態が得られます。また,この状態に物理操作$${\mathcal{W}}$$を施すと,$${0_3 \oplus \rho}$$の形の$${X}$$の状態が得られます。$${\rho \oplus 0_3}$$の形の状態と$${0_3 \oplus \rho'}$$の形の状態の確率混合により(ただし,$${\rho}$$と$${\rho'}$$は3次密度行列),$${X}$$の任意の状態が得られます。ほかの多準位系でも同様です。したがって,理論$${\Theta}$$は前提4を満たします。

補足:$${X}$$の状態$${\sigma,\sigma'}$$の確率混合とは,これらの状態から$${X}$$の状態$${p \sigma + (1-p) \sigma'}$$(ただし$${p}$$は0以上1以下の任意の実数)を生成する物理操作です。なお,$${\sigma}$$と$${\sigma'}$$は6次密度行列であり,$${p \sigma + (1-p) \sigma'}$$は通常の行列としての実数倍と和により得られる6次密度行列です。

前提5

前提5:2準位スピン系でのスピン期待値のベクトル性の拡張関係が多準位系でも成り立つ。

式(StX)より$${X}$$の各状態は$${\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_3 \\ 0_3 & \rho_2 \end{bmatrix}}$$の形で表され,この状態に対して3次ユニタリ行列$${U}$$により定まる物理操作$${\tilde{U}}$$を施してから基準測定を行ったときに結果$${m}$$が得られる確率は

$$
\mathrm{Tr} \left( \begin{bmatrix} U \rho_1 U^\dagger & 0_3 \\ 0_3 & U \rho_2 U^\dagger \end{bmatrix} \begin{bmatrix} E_m & 0_3 \\ 0_3 & E_m \end{bmatrix} \right) = \mathrm{Tr}[U (\rho_1 + \rho_2) U^\dagger E_m]
$$

となります。このため,この状態を3次正方行列$${\rho_1 + \rho_2}$$(これは密度行列です)で表して,物理操作$${\tilde{U}}$$を写像$${\mathsf{Den}_3 \ni \sigma \mapsto U \sigma U^\dagger \in \mathsf{Den}_3}$$で表して,状態$${\sigma \in \mathsf{Den}_3}$$に対して基準測定を行ったときに結果$${m}$$が得られる確率を$${\mathrm{Tr}(\sigma E_m)}$$で表しても,同じ確率を返します。このように$${X}$$の各状態を3次密度行列に写して考えれば,量子3準位系の式と同様の式が成り立つことから,前提5を満たすことがわかります(詳しい計算は堀田先生のはてなブログをご参照ください)。ほかの多準位系でも同様です。したがって,理論$${\Theta}$$は前提5を満たします。

結論

以上により,理論$${\Theta}$$は量子系ではない3準位系$${X}$$を含むため,非量子論です。また,$${\Theta}$$は『前提』(5個すべての前提)を満たします。ゆえに,『前提』を満たす非量子論が存在し,その一つが理論$${\Theta}$$です。

堀田先生の回答に対するコメント

上では,『前提』を満たす非量子論$${\Theta}$$を具体的に示しました。一方,堀田先生は,彼のnote記事(11/3)にてこのような理論はおかしいと批判されています。以下,該当する箇所を引用します。

引用:
(補足)公開直後に中平氏から「最後の」コメントが届きました。
中平氏の主張だと、下記の内容で回答をされたつもりだそうです。
(中略(私の回答))
しかしこれは話になりません。そもそも「St_2≅Den_2」という前提には、もちろん上のような4次元理論があろうとも、St_2≅Den_2とみなすという前提も含まれます。ですのでSt_3≅Den_3の意味も当然St_2≅Den_2での扱いと同じ意味でなければなりません。いくらでも反例が作れるとしながら、それがこちらの意味でのSt_2≅Den_2やSt_3≅Den_3に対する反例となることも中平さんは示していません。

堀田先生のnote記事(11/3)

以下では,この批判に対して念のためコメントしておきます。

この批判の冒頭(「そもそも」から始まる文)から間違っていると思います。このことは,「前提$${\mathbf{St}_2 \cong \mathsf{Den}_2}$$」を「性質A」とよんで「4次元理論」(後述)を「性質Aを満たさない理論」とよぶと,わかりやすいと思います(4次元理論は$${\mathbf{St}_2 \cong \mathsf{Den}_2}$$を満たさない理論のはずです)。このようによぶと,「そもそも」から始まる文の主張は次のように言い換えられます。

上の引用の「そもそも」から始まる文を言い換えたもの:
そもそも性質Aを満たすという前提には,もちろん上のような性質Aを満たさない理論があろうとも,性質Aを満たすとみなすという前提も含まれます。

この文は明らかに矛盾を含んでおり,論理的に破綻していることがわかるでしょう。この論理的な破綻のためか,この文より後の文は私には解読不能でした。

繰り返しになりますが,$${\mathbf{St}_2 \cong \mathsf{Den}_2}$$という前提がある限り(ただし$${\mathbf{St}_2}$$は2準位系の状態空間),「4次元理論」のようなこの前提を破るような理論は議論の対象外です。言い換えると,「『前提』を満たす非量子論がある」という私の主張に対して,堀田先生は「『前提』を満たさない非量子論もあるではないか」と反論されているように読めます。私は,「『前提』を満たさない非量子論はない」などという主張はしていません。

念のため,ていねいに説明しておきます。「4次元理論」とは,理論$${\Theta}$$で導入した3準位系$${X}$$の2準位系バージョンのようですので,具体的に述べたいと思います。「4次元理論」とはある系$${X'}$$をもつ理論のことであり,$${X'}$$の状態空間が

$$
\mathbf{St}_{X'} \coloneqq \left\{
\begin{bmatrix} \rho_1 & 0_2 \\ 0_2 & \rho_2 \end{bmatrix}
\middle| \rho_1, \rho_2 \in \mathsf{Pos}_2, ~ \mathrm{Tr}(\rho_1 + \rho_2) = 1
\right\}
$$

で与えられるもののようです。また,$${X'}$$の(出力のない)任意の測定$${\Pi}$$は

$$
\sum_{m=1}^M \pi_{1,m} = \sum_{m=1}^M \pi_{2,m} = I_2, \\
6\pi_{1,m} \ge \pi_{2,m}, ~6\pi_{2,m} \ge \pi_{1,m} ~(\forall m = 1,2,\dots,M)
$$

を満たす$${2M}$$個の2次半正定値行列$${\pi_{1,1},\dots,\pi_{1,M},\pi_{2,1},\dots,\pi_{2,M}}$$($${M}$$は任意の自然数)を用いて

$$
\Pi \coloneqq \left\{ \Pi_m \coloneqq \begin{bmatrix} \pi_{1,m} & 0_2 \\ 0_2 & \pi_{2,m} \end{bmatrix} \right\}_{m=1}^M
$$

の形で表されるものとし,逆にこの形で表せる任意の$${\Pi}$$は$${X'}$$の測定であるものとしましょう。系$${X}$$の場合と同様に,系$${X'}$$は2準位系ですが$${\mathbf{St}_{X'} \cong \mathsf{Den}_2}$$は満たさないことがわかります。一方,追加の条件1で述べたように,この記事で考えた理論$${\Theta}$$に含まれる任意の2準位系$${Y}$$は$${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_2}$$を満たします。このため,もし『前提』を満たす理論$${\Theta}$$がこのような系$${X'}$$を含んでいるとすると,その理論は『前提』を満たさないことになり,矛盾が生じます。したがって,『前提』を満たす理論$${\Theta}$$は系$${X'}$$を含みません。

ここまで読んでくださった皆さまへ

堀田先生は,「『前提』を満たす非量子論が存在しないことを演繹的に導出できた」ことを主張されています。これに対し,今回の記事では「演繹的な導出は不可能である」ことを説明しました。

11/2に公開した私のnote記事と同様に,この記事の妥当性につきましては,この記事を精査・確認してくださる方にご判断いただければと思います。ご不明な点がありましたら,ご質問ください。

備考

堀田先生は彼のnote記事(11/3)

  • (中平の主張が)"おかしな主張","的外れ"

  • (中平が)"「演繹的に導出できた」ことを理解できなかった"

  • (堀田先生が)"「演繹的に導出をしたことを第3者がその導出の正しさを検証できる情報を公開」していました"

といった主張をされており,私の主張が間違っていることを前提に話をされています(なお,主語を明確にするため,括弧内の文言は私が追記しました)。また,ほかの記事やX(旧Twitter)などでも同様の主張を何度もされています。

しかし,11/2に公開した私のnote記事で行っている「任意の3準位系$${Y}$$で次の写像

$$
D \colon  \mathbf{St}_Y \ni S \mapsto \frac{1}{3} \left( \hat{I} + \sum_{n=1}^8 \braket{\lambda_n} \hat{\lambda}_n \right) \in \mathsf{Den}_3
$$

が単射であることを示せていない」(このため,$${\mathbf{St}_Y \cong \mathsf{Den}_3}$$を示せていない)という具体的な指摘に対して,私が知る限りでは堀田先生はこの証明を示されていません。少なくとも,この証明を堀田先生が(私や第3者が理解できる形で)公開されない限り,私の主張が間違っているという主張は信憑性に欠けると判断せざるを得ないと思います。

堀田先生は,

  • (堀田先生が)"何も隠していることもないのに、あたかも「隠している」と匂わせる(中平の)言及が問題なのです"

とも主張されています。しかし,このような証明を公開されないことは,第3者に「本当は導出できていないという事実を隠している」と思われかねない行為ではないかと思います。

補足:私からは「堀田先生の書籍の読者に,本件に関する私と堀田先生の両方の意見を知ってもらうため,堀田先生のはてなブログから私の記事にリンクを張っていただく」というお願いをしていました。しかし,堀田先生はこの依頼を拒否しています(現在もリンクは張られていません)。拒否の理由は,"学術的にも道義的にも問題があるため" とのことです。なお,堀田先生が問題視されている私の発言は,リンクを張っていただけなかったことを確認した後で追記したものです。このようにリンクを張らないことも,「堀田先生にとって都合の悪い情報(である中平の記事)を隠している」と第3者に思われかねない行為ではないかと思います。

皆さまが,「堀田先生の『最終回答』(および関連する彼のコメント)が,彼の書籍の読者に対して科学的に誠実なものであり,適切な情報を与えているといえるのか?」といったことを考える際に,今回の記事を判断材料の一つにしてくださると幸いです。

補足1:堀田先生は,これまでに本件に関して,私が認識する限り,曲解・恣意的な解釈・論点ずらし・論理的な破綻と感じられる発言を複数回行ってきたように思います。このため,堀田先生が今回の記事に対してさらに何らかの反論を行ったとしても,その反論が科学的に真っ当だと思われる場合でない限り,私からのていねいなコメントなどは期待しないでください。

補足2:堀田先生の『最終回答』は,論としての根底部分は変更ないという意味で「最終的な回答」であるとのことです。このため,さすがに『前提』をまた変更する(または『前提』で明記されていない条件を勝手に追加する)といった不誠実な行為をされることはないとは思います。

続編および経緯

'24/12/21追記:この記事を公開した後,堀田先生から新たな主張がありましたので,次の記事にまとめました。

また,これまでの経緯を次のnote記事にまとめましたので,適宜ご参照ください。

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