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図式で学ぶ量子論 番外編その4 ~堀田先生からの『最終回答』へのコメント~

連載の記事一覧:
#1 量子論の数学的構造
#2 CP写像の基礎
#3 確率論としての古典論・量子論(前編)
#4 確率論としての古典論・量子論(後編)
#5 プロセスの表現
番外編 2準位系から多準位系への演繹による拡張は難しい
番外編その2 堀田先生の書籍(中略)演繹的に導けていない
番外編その3 量子もつれ状態と非局所相関について
番外編その4 堀田先生からの『最終回答』へのコメント


堀田先生の書籍『入門 現代の量子力学』のまえがきでは,「情報理論の観点からの最小限の実験事実に基づいた論理展開で、確率解釈のボルン則や量子重ね合わせ状態の存在などを証明する」と書かれています。この「証明する」は「演繹的に導く」の意味であり,堀田先生が提示された前提から量子論の数学的構造がただ一つに定まることを演繹的に導けるとのことです。

この主張に対して2022年8月に私が誤りであることを指摘して,堀田先生と何度も議論をしてきました。今回(2024年10月),私の指摘に対して堀田先生から「最終的な回答」をいただきましたので,この記事ではその回答に対するコメントをします。

なお,この記事は,次のnote記事(以下,『中平記事』とよびます)の続編です。

この記事では,『中平記事』などを読んでいない方にも概要がわかることをめざしました。基本的な論理は単純ですので,量子論に詳しくない人にもある程度の雰囲気は伝わるのではないかと思います。

補足:堀田先生からは,『中平記事』での私の発言に対して,誹謗中傷に該当し,法的措置を検討中であるといったコメントをされています。堀田先生曰く,"「ふさわしくない」と前提とされている部分が正しくなく、実際にはきちんと対応を最後まで続けたのを無視して、「対応がなされていない」という虚偽の話です" とのことです。この件についてご興味のある方は,この記事を読んでご判断くだされば幸いです。


争点の復習

争点

争点になっているのは以下の問題です。堀田先生からは5個の前提(後述)が提示されており,これらを『前提』とよぶことにします。

争点:『前提』から量子$${N}$$準位系の数学的構造を演繹的に導けるか?
(より厳密に述べると,「『前提』から任意の$${N}$$準位系が量子$${N}$$準位系と同じ数学的構造をもつことを演繹的に導けるか?」)

ただし,$${N}$$は3以上の整数です。堀田先生は,この問題に対して「演繹的に導いた」(つまりYesである)と主張されてきました。これに対し,私は「演繹的には導けていない」(つまりNoである)ことを指摘した上で,もし演繹的に導かれたのであれば実際に演繹的に導いたことがわかる資料を作成していただくことを要求してきました。なお,この争点については,『中平記事』やamazonレビューでも述べてきました。

焦点とする問題

よく知られているように,3準位系$${X}$$が量子系ならば条件$${ \mathbf{St}_X \cong \mathsf{Den}_3 }$$を満たします。ただし,$${\mathbf{St}_X}$$は系$${X}$$の状態空間(つまり状態全体からなる集合)で,$${\mathsf{Den}_3}$$は3次密度行列全体からなる集合で,$${\cong}$$は同型です。以降では便宜上,この条件$${ \mathbf{St}_X \cong \mathsf{Den}_3 }$$を満たす3準位系$${X}$$を量子系とよぶことにします。なお,この条件を満たすことは一般に$${X}$$が量子系であることよりも緩い条件なのですが,このことはこの記事においては本質的ではありません。

「争点」に対して直接的に議論することは骨が折れるため,以降では(『中平記事』と同様に)次の問題に主に焦点を当てて議論します。

焦点とする問題:『前提』を満たす任意の3準位系$${X}$$は量子系(つまり$${ \mathbf{St}_X \cong \mathsf{Den}_3 }$$)か?

以降では,『前提』を満たす3準位系$${X}$$のことを,しばしば単に$${X}$$とよぶことにします。

もし上の堀田先生の主張が正しい,つまり「争点」がYesならば,「焦点とする問題」もYesでなければなりません。なぜならば,「任意の$${N}$$準位系が量子$${N}$$準位系と同じ数学的構造をもつ」という条件は,「任意の$${X}$$が量子系である」という条件よりも厳しい条件だからです。堀田先生は,「焦点とする問題」もYesであり,このことを演繹的に導けることを主張されてきました。

一方,私は,「焦点とする問題」はNoであることを主張してきました。もし私の主張が正しいならば,先ほどの対偶を考えれば,「争点」もNoであることがわかります。

補足:$${\cong}$$の意味
$${ \mathbf{St}_X \cong \mathsf{Den}_3 }$$は,$${ \mathbf{St}_X}$$から$${\mathsf{Den}_3 }$$への確率的混合を保存する全単射があることを意味します(確率的混合は凸結合ともよばれます)。言い換えると,$${ \mathbf{St}_X}$$と$${\mathsf{Den}_3 }$$は凸集合として同型であるという意味です。確率的混合の保存については,ひとまず説明を割愛します。「確率的混合を保存する」の部分を無視して,「$${ \mathbf{St}_X \cong \mathsf{Den}_3 }$$とは,$${ \mathbf{St}_X}$$から$${\mathsf{Den}_3 }$$への全単射があることである」と捉えても,概要は理解できると思います。やや厳密ではありませんが,以降では,確率的混合を保存する全単射を単に「全単射」のようによぶことにします。

補足:演繹的に導くということについて

念のため,「演繹的に導ける」とは何を意味しているのかについて補足しておきます。

物理学において,ある(1個以上の)前提からある命題Aが成り立つことを演繹的に導けたとします。このとき,その前提が正しい限り,いかなるケースにおいても命題Aが成り立つことが保証されます。仮に,前提が正しいにも関わらず前提から導かれたことが間違っている場合があるのだとしたら,物理学としては致命的な問題になるでしょう。演繹的に導くことができれば,上の保証によりこのような致命的な問題が生じる可能性を完全に排除できます。このため,物理学においては演繹的に導くという作業が重要視されています。

補足1:一般に物理学において,演繹的に導けたものは強力なツールになり得ます。その半面,演繹的に導くという作業は,一般的には(演繹的ではなく)何となく導くといった作業よりも大変です。演繹的に導くことは,前提を満たしている任意のケースにおいて(たとえそのケースが奇妙で不自然だと感じられるものであったとしても)命題Aが成り立つことを示すことと,本質的には同じであるためです。

補足2:『前提』は,堀田先生の記事「『入門現代の量子力学』補足」にて列挙されていますが,念のためここでも示しておきます(必要になるまで読み飛ばしても構いません)。
 前提1:任意の2準位系では量子状態を密度行列や状態ベクトルで表現することが可能。
 前提2:その2準位系の空間に作用する任意のユニタリー行列には,対応する物理操作がある。
 前提3:空間回転などの物理操作に対応するような可逆物理操作が多準位系でも存在し,基準測定で定まる任意の2つの純粋状態に対して前提2の物理操作がその可逆物理操作に対応する。
 前提4:任意の状態は,基準測定機から出てくる1つの純粋状態に対する可逆物理操作と,それで得られた状態の確率混合の集合で与えられる。
 前提5:2準位スピン系でのスピン期待値のベクトル性の拡張関係が多準位系でも成り立つ。
上の『前提』にはいくらかあいまいな部分がありますが,この記事では重箱の隅をつつくような変な解釈はしていないはずです(量子論の数学的構造に関する主要な論文で採用されている一般的な解釈を用いているつもりです)。以降では,議論を建設的に進めるために,いわゆる一般確率論における大前提として広く採用されているような前提(例:系$${X}$$の任意の2個の状態に対してそれらの確率的混合に相当する状態が存在する)も成り立つと仮定します。

前回からの進展

中平記事』に対する反論として,堀田先生から「最終的な回答」をいただきました。次のnote記事(以下,『最終回答』とよびます)

と,次の記事(以下,『最終回答(詳細)』とよびます)

が「最終的な回答」とのことです。なお,『最終回答』は,『最終回答(詳細)』をまとめ直したもののようです。

補足:念のため,これらが「最終的な回答」であるか否かを質問したときに堀田先生からいただいた回答(質問に対する回答部分のみ)を引用しておきます。
--- 引用(ここから) ---
こちらのnote、そして2022年の私のブログは、私の教科書において私が物理学として意味のある「演繹」として回答をしたものです。細かい点についてはまだ改善の余地があるかもしれませんし、今後も細々と手を入れる予定ですが、論としての根幹部分は変更ありません。その意味で、これは「最終的な回答」です。
--- 引用(ここまで) ---

この『最終回答』(および『最終回答(詳細)』)に対して,私から最終的な返信のつもりでコメントします。ご多忙のところ最終的な回答をまとめられたこと,堀田先生にお礼申し上げます。

補足:以降では簡略化のため,「導く」のようによんだ場合にはつねに「演繹的に導く」ことを意味するものとします。また,『前提』からは導けないであろうと私が判断したもの(もちろん根拠もあるもの)を,単に「導けない」のようによびます。

結論

結論を述べます。『最終回答』では,(どこを読んでも)任意の$${X}$$が量子系であることは導かれていませんでした。また,導くこともできません。

この結論が正しいか否かは,『最終回答』やこの記事を精査・確認してくださる方にご判断いただければと思います(必要に応じてご質問ください)。

補足:『最終回答』では,これまでに私が述べた指摘や反例に対して,ほとんど対応されていないように思われます。この意味で,実質的な進展はなかったように思います。

ここまでの話を簡潔にまとめておきます。

結論の補足

以下では,上の結論について補足をします。

3準位系$${Y}$$が与えられたとき,$${Y}$$の任意の状態に対して,「ある測定」により得られた期待値のデータが「特殊な2本の関係式」とよばれているものを満たすとき,便宜上「$${Y}$$が性質Pを満たす」のようによぶことにします。

補足:「ある測定」や「特殊な2本の関係式」は,『最終回答』で述べられているものと同じです(必要に応じて『最終回答』をご参照ください)。ただし,これらの詳細を理解しなくても論理的な流れは理解できると思います。

最終回答』では,「(『前提』を満たす)任意の系$${X}$$が性質Pを満たす」ことと,「任意の3準位量子系が性質Pを満たす」ことが主張されています。これらは正しいはずです。

$${X}$$が量子系であることを示すためには,たとえば次の命題

命題Q:3準位系$${Y}$$を任意に選んだとき,$${Y}$$が性質Pを満たすならば量子系である

が真であることを示せば十分です。しかし,このことは『最終回答』では導かれておらず,かつ導けません。必ずしも命題Qを示す必要はないのですが,いずれにせよ$${X}$$が量子系であることは導かれていません。

補足:『最終回答』では「きちんとXが量子力学的な対象であるかどうかを一意に定められます」と述べられています。しかし,なぜ$${X}$$が量子系であると結論付けられたのかは,(その導出の過程が示されていませんので)私にはわかりません。ひょっとすると,「$${X}$$も量子系もともに性質Pを満たすので,$${X}$$は量子系である」という論理展開なのかもしれません。

より具体的に述べるため,次の写像$${D}$$を考えます。

$$
D \colon  \mathbf{St}_X \ni S \mapsto \frac{1}{3} \left( \hat{I} + \sum_{n=1}^8 \braket{\lambda_n} \hat{\lambda}_n \right) \in \mathsf{Den}_3
$$

補足:密度行列$${D(S)}$$は,『最終回答』では$${\hat{\rho}}$$と書かれています。$${\braket{\lambda_n}}$$や$${\hat{\lambda}_n}$$の意味などについては,『最終回答』をご参照ください($${\braket{\lambda_n}}$$は$${S}$$に依存します)。なお,各$${S \in \mathbf{St}_X}$$に対して$${D(S) \in \mathsf{Den}_3}$$と仮定します。

このとき,$${D}$$が全射であることは示されていると思いますが,$${D}$$が単射であることは導けません。$${D}$$が単射でない場合には,$${X}$$の異なる状態を同じ密度行列に写す場合があります。そして,その場合には,一般には命題Qが真ではないのです。このことは,議論の本質的な部分に関わる重要なことです。

ここまでは,「焦点とする問題」がYesである(つまり,任意の$${X}$$が量子系である)ことが『最終回答』では演繹的に導かれていないことについて補足をしました。さらに,「焦点とする問題」がNoであることを示せます。これを示すためには,反例があること(つまり,量子系ではないような$${X}$$が一つでも存在すること)を示せれば十分です。『中平記事』ではそのような例を「論理的な穴:その3」として挙げています。

最終回答』の論理をていねいに追えば,命題Qが成り立たない可能性を排除できないことに容易に気付くかと思います。また,このことに気付けば,$${X}$$が量子系ではない可能性があることに容易に気付けるはずです。量子論の数学的構造の導出の専門家としての立場からコメントをすると,『最終回答』にはごく初歩的なレベルでの間違いがあるように思います。

補足:量子系が導かれていないわけですから,「確率解釈のボルン則」についても導かれているとはいえないでしょう。ただし,たとえば$${X}$$が量子系とは限らない場合にも適用できるようにその定義を恣意的に拡張するといったことを行えば,その限りではありません。「量子的重ね合わせ状態の存在」については,導かれている(というより前提の中にほぼ組み込まれている)といえそうです。

もし『最終回答』が演繹的な導出になっているというのであれば,私の反例が間違っていることを示すことはもちろんのこと,ほかのあらゆる反例も存在しないことを,知恵と知識が十分にある読者が読めば理解できるように,資料をまとめ直す必要があるでしょう。これができない限り,『最終回答』により演繹的に導かれているとはいえないでしょう。

最終回答』に関するその他のコメント

ここでは,『最終回答』において気になった箇所のうち,上で述べた結論とは関係がないと思われるものについていくつか回答いたします。


堀田先生:私の立場としましては、中平さんが無視をしている、私からの最終的な回答で十分に事足りているという認識です。

補足:上のように「堀田先生:」からはじまる文章では,『最終回答』の文章の一部をそのまま引用しています。

回答:私は,『最終回答』の公開日である2024年10月13日より前までに,少なくとも「最終的な回答」であると明言されたものを受け取ったことはありません。

2022年8月29日に,この記事で『最終回答(詳細)』とよんでいるはてなブログを更新された旨をお知らせくださいました。もし,この時点での記事が堀田先生の仰られている「最終的な回答」なのだとしたら,この回答に対して私が無視をしていないことは明白でしょう。

補足:私が無視をしていないといえる根拠:
X(旧twitter)のポストをご参照ください。また,『中平記事』の「論理的な穴:その3」は,2022年8月29日に堀田先生が更新された後の『最終回答(詳細)』を読んで2022年9月2日に追記したものです(参照:Xのポスト)。


堀田先生:しかし実証科学の物理学における「演繹」ならば、与えられた命題の妥当性も検討しなくてはなりません。実験観測を通じて検証できる命題でなければ、空理空論になってしまうためです。

回答:「検討しなくてはなりません」ではなく「検討したほうが望ましい」というのでしたら,とくに異論はありません(なお,ここで堀田先生が仰られている「命題」は,この記事における「前提」の意味だと解釈しています)。しかし,前提の良し悪しに関する評価規準はほかにもありますので,仰られている検討がmustか否かは議論の余地があると思います。また,この観点での議論は,$${X}$$が量子系か否かに関する議論とは切り離せるはずですし,切り離したほうが見通しが良くなると思います。

仮に「与えられた命題の妥当性も検討しなくてはなりません」ということを認めて,「演繹的に導く」といえるための条件としてさらに「情報理論の観点からの最小限の実験事実に基づいた論理展開」という制約を課したとしても,もちろんこの記事での結論は変わりません。


今回の記事では,堀田先生からの「最終的な回答」に対する「最終的な返信」のつもりでコメントをしています。私からは,少なくとも2022年8月17日の時点で,演繹的に導出できていないという問題を解消する作業に対してはキリがないためお手伝いできない旨を述べていますが,その後も争点となる問題に対してやり取りを続けてきました。私自身は,これまでに時間とエネルギーを十分に費やして対応をしてきたつもりです。

堀田先生には,『最終回答』では演繹的に導けていないことをご理解いただき,読者のために『書籍』等を修正するといった対応をされることを望んでいます。


11/4追記:この記事に対して堀田先生から回答があったため,その回答の学術的な議論に関してのみ次のnote記事でコメントしました。


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