雨に濡れても
40代前半のころ、絶対に傘を持たない飲み友達がいた。
15歳くらい歳下のこの人は前衛舞踏をやっているダンサーで、ぜひ観に来いというので、あるとき彼女の舞台を観に行った。こじんまりとした舞台小屋だった。
開演のベルが鳴る。
果たして彼女は、床を這いつくばり、般若のような顔をしてそろりそろりと我々観客の間を縫うようにして登場したのであった。目が合う。怖い。
ごめん、わからない。俺にはわからない。
なんとか終わりまで観てから、そおっと帰った。
しばらくして酒を酌み交わしたとき、whisperさん、さりげなく帰るなんてと言われた。
いや、つまんねえんだよ、とは言えなかった。
あるとき彼女に、なんで傘持たないの?と尋ねた。
雨に濡れるのが好きなんですよ。
と答える。
そうか。そうか。
初めて共感できたよ。
今どうしてる?
きっと何だかよく分かんないダンスをしてるんだろうな。
元気でいてほしい。
ダンスって、つくづくいい言葉だよな。
そのままでどうか元気で。
跳ね回れ。躍動してくれ。