コロッケそばと曇り空
仕事疲れのせいなのか、寝坊して起きたら犬たちが僕の耳元でくんくんしている。
家人はそれぞれ、僕のことを敢えて起こさずに出かけたのだろう。すまない。
俺も少し出かけてくるか、と重い身体を引きずって家を出た。
腹が減って、一駅ともたずに隣の駅で降りてホームにある立ちそば屋に入る。
ラッキーだった。あの人がいた。
歳の頃は自分と似たようなものか。
この人が作るそばはうまい。
マニュアル化されているから工程はすべて同じはずだ。業者が卸した茹で麺をさっと熱湯にくぐらせて丼に入れ、つゆを注ぎ、ネギとコロッケをのせるだけだ。
それでもこの人の作るそばはうまい。
この人の醸し出す温もりのせいなのか、はたまた、同じ工程でも隅々まで行き届く絶妙な手さばき加減のせいなのか。あるいはこの人の清潔感と笑顔のせいなのか。
本来ならやわ麺のはずなのに、そばがイキイキとしている。そして何よりも、出汁がイキイキとしている。
感謝しながら食べ進める。
そばにコロッケをのせようとした最初の人は誰なのか。
確かにコロッケはうまい。
しかし、どんなに急いで食べようとも、あるいは、じっくり味わいながらそばを食べればもちろん、当初あったコロッケのサクサク感は失われていく。
やがてすべてがさらけだされてしまい、あれほどうまかったジャガイモたちが、細かい粒子となって、むなしく丼中に流れ出していく。
なんて刹那的な食べものだろう。
でもこれが食べるということなんだろう。
どれほどの高級食材だって、提供されたその瞬間から味わいは少しずつ損なわれていくんだものね。
粒子たちが散り散りになった出汁を飲むと、活力がよみがえってきた。
食べ終わって丁重にごちそうさまを言い、ホームに出た。
空を見上げると、やるせないほどに曇っている。
もはや泣き顔だ。
やがて雨が降り出すのだろう。
でも、いいや。
何だかよくわかんないことでも考えながら、楽しく帰ろう。