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僕の好きな町の図書館 第1章 その3
「なるほど、実は私も経営者になりたいと思っていた時期があってね」
博子さんは僕にそう打ち明けた。
「経営者になるために必死に働いたわ、それも死ぬほど」
博子さんはそう続けた。
「私もあなたと同じように地方の図書館を建て直したいと思い、
この本屋に入社して、必死に働いた」
「それでは博子さんは僕と同じ故郷ですか」
僕は興奮気味に博子さんに質問した。
「いいえ、あなたの故郷とは違う、もっとさびれた地方都市よ」
博子さんはそう言うと、スマートフォンから写真を検索した。
写真を見つけると、
「あったわ」
と言い、僕に写真を見せてくれた。
写真は新聞記事だった。
さびれた図書館の写真が掲載されていて、記事が付いていた。
「写真の記事が私が住んでいた町の図書館よ」
博子さんは話を続けた。
「この記事は、私の町の図書館がこの本屋に買収されることに
決まったときに書かれた記事よ」
「なるほど、僕の町以外でも図書館を買収していたんですね」
僕は新しいことに気づいたようにあいづちを打った。
「そうよ。あなたが住んでいた町の図書館より前に
うちの本屋は図書館を買収していたのよ」
「すごいね」
僕は博子さんの話を聞いて驚いた。
「本を読まなくなってきた中で図書館を買収するとは」
僕は思った。
僕が勤めている本屋はやり手の経営者がいて、
さびれた図書館を救う救世主なのだと。
だから、僕はこの本屋をいずれは抜け出し、
会社を建てて、今勤めている本屋のような本屋を創り、
やがては僕の町の図書館のような場所を創りたい。
そのビジョンが僕の中でどんどん広がっていった。
ところが、そのビジョンは博子さんが次に見せてくれた
写真でものの見事に打ち砕かれた。
「そして、今の図書館の写真がこちらよ」
僕は写真を見た。
図書館は生まれ変わっている。
以前よりも立派で、きれいな外観をしている。
モダン建築で作られており、雰囲気は良さそうだ。
だが、何か違和感を覚えるような感じもする。
町の図書館にしてはあまりにも大きくなりすぎていて、
不格好な印象を受ける。
人口の多い都心部にあると受け入れられるかもしれない。
だが、博子さんの町の規模にある図書館にしては、
スペックが良すぎるのである。
「モダンな感じの図書館ですね。
しかしながら、博子さんの町の規模にしては大きすぎるのでは」
僕は博子さんに本当の感想を言うことにした。
「そう、そう」
博子さんはうなづいた。
「図書館自体は素敵なのだけれども、私たちの町に大きすぎるのよ」
博子さんはためいきをついて、続けた。
「図書館を再建したおかげで、町の財政は苦しくなってしまった。
図書館の利用者は伸び悩んでしまい、赤字が続いているのよ」
僕は博子さんの落ち込んだ様子を見ていた。
博子さんは会話を続けた。
「その結果、どうなったと思う」
博子さんは僕に質問した。
「うーん、うちの本屋は図書館を手放したのでしょうか」
「そうよ、その通りよ」
博子さんはうなづいた。
「図書館を手放したおかげで、図書館のスタッフは、全員、
うちの本屋の店員になることが決まった。
町から出たくない人はやめていき、私はひとり東京に出ることになった」
博子さんは怒り気に応えた。
「それは大変ですね」
「そうなのよ」
博子さんは言った。
「私も町の本屋を再建したいがために、必死で働いてきた。
それももう限界がきているわ」
博子さんはそのように応えた。
「だから、あなたにはあなたの人生を進んでほしい。
経営者になるのであれば止めない。
でも、できればあなたは本屋に残って町の本屋を建て直してほしい」
博子さんは僕にそのように語った。
博子さんの最後の言葉を聴いて、僕は一晩考えることにした。
次へ続く