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「足りない」と思う心が、全てをぶち壊している可能性について

不満で人生が覆いつくされている人。

いつもイライラとしている人。

雰囲気が怖くて近寄りがたい人。

ちょっとしたことに対して舌打ちをしたり、たまにブチ切れる人。

そのような人が、過去と比べると徐々に増えてきている気がする。

景気が悪いことや、インフレが進むことで、ますますいら立ちが強まっていく。

生きているだけで十分であるという思考回路にはならず、常に不幸な状態が続いている。

ではなぜそのような状態になってしまうのか。

それは「足りない」と思う心が原因であることが多い。




足りないことによって、いつも何かが欠けたように感じている。

特にこれは誰かと比較するときに感じやすい。

あの人は家を持っているのに、私は賃貸だ。

あの人はいつも楽しそうなのに、私はとてもつまらない。

あの人はものすごい才能を持っているのに、自分にはこれっぽっちもない。

あの人はかっこいいが、自分は全くかっこよくない。

あの人はとても美しいが、自分には美しさのかけらもない。

あの人が偉くなったけど、自分は平社員のまま。

あの人は年収も高くて家族も幸せそうなのに、うちはびんぼうでみんな不幸だ。

そのように比較することによって見えてしまう自分自身の欠けている所。

その部分にフォーカスしてしまうことによって、ますます自分が可愛そうな存在で、貧しい存在であるかのように感じてしまう。

それが常にあることによって、何事に対しても不幸であることがずっと続いてしまう。

まさに、「足りない」ということに心が奪われているということになってしまう。




「足りない」ということがもたらすものは、さらに深刻になってしまう。

足りないからこそ、他の人から奪い取ろうとする。

その発展版が、戦争と呼ばれるもの。

足りないからお金をさらに稼ごうとして、結果としてより大切なものを見失う。

足りないということによって、一発逆転のギャンブルをしてさらに大金を失う。

万が一大金を得ることが出来たとしても、足りないと考えるマインドは変えられず、常に不足感が漂ったまま。

足りないということが、新しい商品を買いたい、手に入れたいという原動力になる。

手に入れたとしても、次の瞬間からまた足りないと感じて、別のものを求めるようになる。

いつまでたっても足りないという沼からは抜けられない。

結果として、死ぬまで足りないということに支配され続けてしまう。

もちろん足りないということによって、頑張ろうということも起きるかもしれない。

それによってこそ、努力とともに次の上の段階に進もうとする人もいるかもしれない。

しかしながら、それ以上に「足りない」というものがもたらすネガティブ要素がかなり大きい気がする。

その部分に付け込まれて、どこまでも企業のマーケティング戦略にやられてしまう。

既に足りている人に対して「足りない」といかに思わせるかどうか、それこそがマーケティング戦略の真髄。

資本主義は「足りない」というマインドを掻き立て続けることこそが、唯一の継続戦略といっても過言ではないかもしれない。




多くの人が足りないというループにはまってしまっている。

それも無自覚のうちに、それを当たり前としている。

しかし、それによって気が付かないうちに苦しむ人も多い。

ではこのループから抜け出すにはどうすればいいのか。

それは「満ちている」というマインドにすべてを切り替えること。

今目の前にあるものだけで、すでに十分。

何一つ不自由ない、これが当たり前の状態。

既に満ち足りていて、これ以上何も必要ない。

何か特別なようなものが目の前にぶら下げられても、それに飛びつくことは無い。

不足感が全くないため、これ以上何かを加えると逆に邪魔であるように感じる。

その状態の心になれるかどうかということこそが、とても重要であるように感じる。




もちろん、資本主義やマーケターにとってはこれほど困ることは無い。

足りないということが無くなったら、モノが売れなくなるかもしれない。

これ以上上に行くことを誰も望まなくなってしまう。

色々なものが発展することなく、ただひたすら昔の技術のままで、気が付いたら置いてきぼりになるかもしれない。

しかしながら、それ以上に心が満たされて生きるということは、何物にも代えがたい幸福な経験であるようにも感じる。

その状態を一度経験すると、もうそこから離れることは出来ないかもしれない。




足りないという心を持つことそのものは、別に悪いとも良いとも言えない。

そして「満たされている」といっても、実際比較すると足りないとされることの方が多いじゃないかという人も多くいるに違いない。

しかしながら現代においては、「足りない」という心が全てをぶち壊しにしているというのもある意味間違いではないようにも感じる。

足りないことによる影響、今一度見てみるとどう感じるか。

そしてその状態から「満ちている」という心に切り替えたらどうなるのか。

生き方の難易度含めて、大きく変わってくるに違いない。




ありがとうございました。

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