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ヴラジスラフ・ヴァンチュラ『マルケータ・ラザロヴァー』 第1章(3)

 夜が空けると、コズリークは二十名の騎士を引き連れ、ミコラーシュと他の者をロハーチェクに残して、オボジシュチェに針路を取った。

 悪い出出しはまだ見ぬ未来を象徴する。コズリークの馬は興奮して後ろ足で立ち、前進を拒んだ。国王軍が接近している中、二手に分かれるのは好ましい事ではなかった。盗賊達よ、背後に軍が迫っているというのに、追走するとは何と愚かなことか。隠れ家は敵の思う儘だった。早計に失した。

 コズリークの一団は家畜の群れの如く遁走した。猛進したはいいが、極寒の余り、正気を失った。極寒、それに戦略上の失敗、いや、むしろ失敗の自覚。穴だらけの舟で川を渡ろうものなら、理性ある行動など期待できない。

 コズリークは黙していた。ヤンは言葉を発することなく、部下たちは顔を顰めていた。目的地に着くと、老人は斥候を出した。戻ってきた斥候は、オボジシュチェは蛻の殻だという自明の事実を伝える。鳥は飛び立っていた。

 自分が予見した現実に辟易したヤンは体の向きを変えた。手先たちは砦に火を放った。特段の関心もなさげに火を放っていたが、炎は燃え盛った。このような極寒の中、火の爆ぜる音に耳を傾けることは唯一の癒しだった。

 死を免れぬもの、形作られたものは万物すべて、滅びる運命にある。長子相続権を得ているか、天国に土地を所有しているのが最善である。その事さえ承知していれば、涙を流すことはない。況してや、ここで燃えているのは余所者の物、自らが火を放った建物なのだから。

 盗賊たちは嬉々として馬に鞭を打ちながら、火の周りを駆けずり回った。彼等は命が続く限り、同じ振る舞いを繰り返すだろう。馬は後ろ足で立ち上がり、腹部に温風を当てた。たてがみには火花が降り、コズリークの上着は少し焦げた。娯楽に興じながら、盗賊達は昼迄オボジシュチェ近くに止まり、その後、食糧を求めて出発した。たまたま子豚を見かけたものの、食すことはできなかった。コズリークが笛で集合の合図を出し、出発を指示したからだ。ヒーヒー鳴く子豚を引き摺る者もいたが、コズリークが縄を切断し、子豚の背後に回ると、兎のように逃げ出すまで追いかけた。盗賊の心は調理や焼き串ではなく、別のものにあった。地平線の炎に浮かぶ軍隊のことを考えていた。コズリークは国王の頭領と面識があり、狡猾な男であるのを知っていた。

 農夫の倅だったが、腕っ節、軍人としての才覚、他の特性において、生来の領主の気質を有していた。クトナー・ホラでは、信頼の置ける商人、神の下僕として生活を営んでいたが、ある時、有力者の債権者になり、さらに軍隊に加わると、傭兵隊長を託された。恐れ知らずで名を轟かせ、奴が耳を傾けるのは国王ただ一人だった。そのような猟犬がふくらはぎに噛み付こうものなら、靴下は使い物にはならない。これまで貯めてきたものを悉く奪っても満足することはない。金持ちは黄金に溢れた積荷を毎日運んでいると思っているのだ!

 勿論、それは命を賭ける生業であったが、この男は首を切られようと、吊るされても構わないと決心はついており、すべては前日の眠りの深さによって左右されていた。

 コズリークは心の底からこの軍人を忌み嫌っており、いつの日か仕返しをしようと機会を窺っていた。一度だけ近づいたことがあるが、甲羅には一箇所の隙も見出せなかった。神の意志はコズリークの側になかったため、どうにか逃げるのが精一杯だった。その日は暗かったため、ピヴォという名の傭兵隊長はコズリークに気がつかなかったが、相手の心の中はたやすくわかっただろう。このような叫び声を発するのは他にいないだろうからーー構えるがいい、このあきんど! 狂った老人を置いて、こんなことをする者は他にいるだろうか?

 嗚呼、審判を下す者に対して、我々は特別な勘定書を綴っているのだろうか? コズリークは神を信じていたため、神はコズリークに数多の慈悲を示し、彼の一団に霊感を授け、敏速かつ迅速に行動するよう導いていた。コズリークは承知していた。大きな障壁なしには、施し物や修道士なしには、判事と死刑執行人なしには、国王と歳入徴収宮なしには、そして敗北や死の危険を晒す戦争なしには、この世は有り得ないことを。

 そのようなことを考えながら、コズリークは豚の腿肉を諦め、厚かましくも街道を目指した。南方からの巡礼者か何者かを襲撃することが狙いだった。それが誰であったとしても、ピヴォと軍隊の正確な位置を知ることができるだろうと。

 だが街道はすっかりきれいに片付いてあり、コズリークの手下たちは辺りを見回したが、托鉢僧や尼僧もいなかった。

 このような極寒では、氷さえも窯の近くに集うはず、誰が好き好んで旅に出るだろうか?

 午後三時近くになり、極寒は盗賊の顔に薔薇を刻み、鼻は赤みを帯びた。我慢の限界を迎えたその時、まるで指令を受けたかのように馬に乗っている男の姿が視界に入った。男は馬の首元に体を乗せていた。見た範囲では鎧を身に付けておらず、馬に頭絡もなかった。若い男は何処かへ逃げようとしていた。盗賊達の姿を見やると、怯えるどころか、手助けを求める素振りを見せた。

 ヤンは走り出し、馬の鼻腔を掴み、動きを止めると向きを変えた。この人物は何者だ? 何か言葉を話している。

 話している、話している、だが我々の言葉ではない! ドイツ語だ。

 この状況に直面した盗賊達は面白がり、歯を見せ、顔を顰めると髭が持ち上がった。この人物の話す事を解する者がいるだろうか? 高貴な馬であったが故に、男もまた馬に相応しい人物かもしれなかった。

 その時、神は喉を掻っきる輩に慈悲を授けた。盗賊達はその哀れな人物を自陣に連れて帰った。街道には、ヤンともう一人の子分だけが残った。

 三時間ほど経ってから、コズリークの斥候は、全速力で駆ける別の騎士たちを見つけ、その中で一番疲弊し、遅れていた馬を捕えた。ドイツ人の主を追いかけていた連中の一人だった。国境近くの者だろうか、どの程度知っているだろうか? それはともかく、その男は両方の言葉を操り、母語が何か言い当てることは容易ではなかった。ヤンは男の手首の関節を外し、鎧を脱がせた。

 嗚呼、この異邦人は国王の軍については何も語ろうとしなかった。ドイツの重装歩兵は帝国の街道から二マイルの距離におり、野原で追走しようものならすぐに遭遇しかねない。

 返答がなかったため、盗賊は男を森に連れ込み、足を縛り、地面に放り投げた。ヤンは良い知らせを待つほかなかった。

 街道は軍人だけではなく、農民たちも利用していた。ほら、ちょうど、自分の敷地に帰ろうとしている者が一人いる。街中で麻を売っていたものの危険が迫っているのを感じ、自宅のお金が気になり、帰路を急いでいるのだ。可哀想に、大きな袋を剥き出しの肌に背負っている。

 嗚呼、ホリネチカよ、財産など忘れるがいい! 崇高なる方が汝の頭を叩き割り、お金は地獄に送られる!

 否、そうではなかった。困難に手を差し出す聖マルティンに向かって、農民は祈りを捧げていたのか、それとも、お金に代わってみずからが農民の心の中に入り込んだのを見た神が何も奪われることなく穏便に立ち去るのを望んだのか? 

 農民が問いかけに答え、彼が提供した詳細が真実と一致していたのは事実であった。話を終えたヤンは頷くと、農民から手綱を外すよう指示した。部下は馬を縄で引っ張り、耳元に大声を張り上げた――さあ、行け、行け!

 夜、ヤンはロハーチェクに戻った。かたや、農民の手押し車は幸せと麻で毛むくじゃらになりながらも、ガタガタと音を立てて帰路に着いた。

 子羊は幸福をもたらすというが、私たちはこの諺をこよなく愛す。

 コズリークは楢の木立に囲まれた沼地の近寄り難い場所に財宝を隠していた。国王や隣人に攻撃される厳しい時であれば、それで事足りていた。今日、今一度財宝を選別し、馬に積めない物は森の財宝置き場に残した。見知った場所を離れ、暗闇が訪れるのを待った。長いあいだ外にいたので、戻ったのはヤンよりも少し遅かった。泥だらけの姿で戻り、酷い顔の恐ろしさは倍増していた。

 見事に馬を操っていた若いドイツ人の貴族は、今ではぼろ切れのように顔が青ざめていた。暖炉の近くに立っていたが、コズリークの息子、娘、婦人達は皆、注視していた。イジーは男の顔に光を当て、向きを変えた。困難は身近に迫っていたが、天使の作品が現実になるには、ある道筋を経なければならないことを神は承知されていた。いかに野蛮な人物であっても、しばしば神は、多幸感のある高貴な感情を貸し与え、そのおかげで、その人物は神の御心に似る。人間の心に愛を吹き込み、愛こそが人生の王冠であると語らせからだ。

 燃え差しは若いドイツ人のまつ毛を焦がしたが、同時に神が彼に託したものを照らし出した。魅惑的なアレクサンドラである。

(第一章 終)
(C)Kenichi Abe, 2022.


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