「ビジネス書100冊読んで茶化す本」-書きかけの原稿を公開
手塚治虫が大量の連載を同時に引き受けていたのは有名な話だ。
その理由は「締切があった方がたくさん描けるから」だと、どこかで読んだことがある……気がする(※要出典)(※独自研究の可能性があります)(※妄想の可能性もあります)。
僕は小学生の頃から熱心な手塚治虫ファンである。実家に大量の手塚治虫作品があったので、小学5年生の夏休みにすべて読み漁った。『アドルフに告ぐ』は設定が難しくて、当時の僕には何が面白いのか分からなかった。
それから10年、大学生になった僕は、やはり夏休みに『アドルフに告ぐ』を再読した。20歳を過ぎてから読むと、そのあまりの完成度に震えることになる。
(『アドルフに告ぐ』5巻 Kindle位置173)
特にこのクライマックスは圧巻だ。ナチスの狂信者であるアドルフ・カウフマンのことを、子どもの頃は「悪役」だと思っていたが、大人になって読み返すととてもそうは思えない。むしろ、彼ほどの善人はいないようにさえ思える。
「人間にはそれぞれの正義がある」というフレーズはあまりにも使い古されているけれど、それをここまで上手に作品に昇華した例は珍しい。文句なしに傑作だ。
僕は手塚治虫ではないらしい
手塚治虫が大量の傑作を生み出せたのは多分、連載をたくさん抱えたからだ。大量の締切に追われながら大量の作品を生み出して、それゆえに傑作も生まれた。創作の量が質に転化するのは古今東西変わらない。ピカソも葛飾北斎も、とんでもなく多作だった。
しかし、どうやら僕は手塚治虫ではないらしい。書くべきものの量が多すぎると、「何だこれ?」という駄作が飛び出してしまう。僕にはゆとりが必要なのだ。大量の連載を抱えすぎてはいけない。
何が言いたいのかというと、現在、ビジネス書を100冊読んで小バカにする書籍の原稿を書くのに忙しいので、今日のnoteは露骨に手を抜こうということである。
この書籍のための原稿を現在ジャブジャブ書いている。まだ全然100冊読み終わってないのだが、既に書き始めている。骨格をまず書いておいて、読んだ内容を追加していこうという算段だ。
……「算段だ」と偉そうに書いたが、別に僕がそうしたかったワケでなく、担当編集者に「早く書けや!」と怒られているので苦肉の策でそうしている。人生はいつも苦肉の策の連続だ。たまには甘美な肉を味わってみたいものである。
そういうことで、今日のnoteも苦肉の策で手を抜くことにする。今書いているビジネス書100冊書籍の書きかけ原稿をそのまま掲載する。
思いつきをそのまま書き起こしているので、とても書籍には使えないようなストレートすぎる内容などが出てくる。推敲も全くしていないし、そもそも書き終わってない部分も多々ある。
手抜きと言えば手抜きだが、キレイに仕上がった書籍にはない「原液」の魅力であると表現することもできるだろう。物は言いようである。あと、「プロセスエコノミー」と言えるかもしれない。そういうことでよろしくお願い申し上げる。
以下、書きかけの原稿に入る。有料である。
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