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東京の端っこで厭世的に暮らした回想録。あるいは「本当の人生」を見つける唯一の方法。
「〆切に追われて、何とか凌いだと思ったらまた次が来て、それをひたすら繰り返したら30年経ってた」
とある雑誌の編集長は、そう言っていた。自嘲と冗談が9割だったけど、1割だけ誇りが詰まっている気がした。「30年後の僕を見ているようだ」と思った。
人生というゲームは本当に難しい。人生の基本的なゴールは「幸福になること」だと思うのだが、この幸福とやらが適切に定量化されていないために、多くの人が不幸になっていく。
「幸福度を決定する最大の因子は遺伝」というあまりにも世知辛い研究結果を、何かの本で読んだ。地位も名誉も金も、それほど幸福度を上げてくれない。幸せな人はたいてい、幸せに生まれたから幸せなのだ。世の中は残酷だ。
ありがたいことに、僕は幸せに生まれた方だと思う。何も持たない人生が、とても幸せだった。
4年前のことだ。僕は東京の西のはずれ、あきる野市に住んでいた。最寄駅の秋川駅は、新宿から中央線で1時間ぐらい。キレイに中央特快に乗れると50分で着くこともあったけれど、拝島駅での乗り換えで待たされると1時間半かかることもあった。
あまり便利な駅ではなかったけれど、改札前の吹き抜けの通路からは桜が見えた。春先の気持ちいい風に吹かれながら自動改札を抜ける瞬間が好きだった。
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当時の僕は、都会に住むのが嫌になっていた。というか、社会と関わるのが嫌になっていた。厭世的な人間だった。「クライアントワークをしていると、無理解なクライアントによって理想の制作物が破壊される」とか「飲み会に出ていても無意味な話だけが飛び交っていて、本を読んでいた方が有意義だ」とか、そんなことばかり思っていた。
普通はそんなことを思っていても「でも仕事のために仕方ない」みたいな結論になりそうだが、当時の僕は違った。note有料マガジンの購読者が増えたお陰で、田舎に引きこもってnoteを更新しているだけで食えるようになったのだ。
だから、この駅の近くに住むことを選択した。都心に出ていく頻度は、多くても週に1度にしよう。今振り返っても、この決断は実に正しかったと思う。
僕はあきる野市がめちゃくちゃに好きだった。何といっても、ランニングの満足度が高い。毎日14時頃になると走りに行く。お気に入りのランニングコースは5つあって、天気と気分で走りに行く道を変えていた。
よく晴れた気持ちのいい日は、田んぼの中の道を走った。
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僕の家の周りは、田んぼだらけだった。小規模な米農家が多いらしい。コンバインに乗るおじさんと世間話をしたら、「自分の家族で食べる分の米だけを作っている」と言っていた。そのときは「そうなんですね~」と軽く返事をしたが、今になって思うとアレは補助金目当てだったに違いない。食料自給率を下げたくない日本政府は特に稲作に多額の補助金を出しているらしいから、彼らは田んぼを潰さないことでお金をもらうのが目的なのだろう。彼がコンバインで刈り取っていたのは稲ではなく、補助金なのだ。
真夏の灼熱が身体を突き刺す時期は、川沿いを走った。
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暑さに辟易したら走るのをやめて、川に足をつけた。護岸工事が行なわれている汚い対岸を見ながら、清流で足を冷ますのが好きだった。ズタ袋に腰掛けて、気が済むまでパチャパチャと足を遊ばせた。
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秋川(これは地名であると同時に川の名前でもある)にはあちこちに橋がかかっていたから、日陰を探すのは難しくない。いつも太陽を避けて橋の下に座っていたので、「下から見る橋の形」にやたら詳しくなってしまった。「秋川一帯の橋を下から撮った写真で早押しクイズ」をしたら負けないと思う。そういう大会があったら呼んでほしい。
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それから、川沿いをランニングしていると、たまに「ありえない光景」を見ることがある。たとえばこれ。
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おわかりだろうか。この車止め、足が接地しておらず中空に浮いているのである。
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どう見ても「ゲーム制作中に発生したバグ」である。オブジェクトの位置指定を失敗して地面から突き出てしまったようにしか見えない。この世界はUnityで作られているのかもしれない。
……というのはまあ冗談で、この原因は明らかだ。台風による土砂崩れである。僕が引っ越す少し前に未曾有の台風が来て、この秋川は甚大な被害を受けていた。川が増水して氾濫し、川沿いの地形はめちゃくちゃに乱れていた。
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