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[ショートショート]夢現回廊覗機関(むげんかいろうのぞきからくり)
赤、黄色、青……色とりどりの光が射す靄の中に居る。
ここはどこかも、自分が誰かも、何もかも分からない。何も無い。
ただ意識だけが在る――。
――はっ、夢か。
目覚めると私は公園のベンチに座っていた。そうだ、昼ご飯を食べた後、ひと休みしているうちに居眠りしてしまったんだった。
さあ会社に戻って仕事だ、仕事……そう思った瞬間に爆発音が響く。振り向けば向こうのビルから黒煙が上がり、悲鳴を上げて人々が逃げ惑っている。
ふいに公園の木立の向こうから、大きな怪物が出現した。見た目は蜘蛛とタカアシガニの合いの子のようだがずっと巨大だ。外殻は見るからに固そうで、例え銃で撃ったとしても傷一つ付けられそうにない。
思わず見とれてしまったが、どうやらガジュラル帝国の生物兵器らしいとようやく思い当たり、我に返ってすぐに逃げようとした。
が、敵は思った以上に機敏に動き、私の背中に鉤爪を突き立てたのだ。鉤爪は背中から腹まで突き抜け、私を串刺しにした。
奴はそのまま私を持ち上げ口らしき部分に放り込んだ。中はまるでミキサーのようになっており、私の体はたちまち擂り潰された――。
――はっ、夢か。
ひどい寝覚めだ。全くの悪夢だ……モンスターに食われるなんて。まだ心臓がバクバク言ってる。
そういえば、夢の中ではサラリーマンだったような……心の中では憧れているって事かな? まあ確かにね、フリーランスしてると時々サラリーマンが羨ましくなる事もある。
「着きましたよ」の声に顔を上げた。ようやく現場に到着か。
車内には僕の他に数人の男女が乗っている。皆炎上している現場に投入されるために急遽掻き集められたフリーランサー達だ。若い人も居れば年配の人も居る。
「さあ降りた降りた」監督らしい男がやってきて手招きするのに従い、僕らは馬車を降りた。支給された装備を身に付け、簡単に説明を受けたらすぐに現場に投入だ。果たして無事で帰れるか……。正直割に合わない報酬しか貰えないのだが、不景気だから仕方ない。
さあいよいよ現場だ。入り口からしてもう熱気が立ちこめている。大きなドアを開けると、もうそこはダンジョンだ。ここに炎を吐くモンスターが蔓延り、駆除は困難を極めている。文字通りダンジョン内のそこら中が火を吹いているのだ。
さあ、行くぞ! 気合もろとも勢いよく飛び込んだその瞬間、通路全体が炎に包まれた――。
――はっ、夢か。
ぼんやりとしか覚えてないけど、モンスターを駆除するために? ダンジョン? に入っていったような……。ひどく熱かった気がする。どうやら西日の差し込む窓辺で寝ていたから、暑くてそんな夢を見たんだわ。
それにしてもひどい夢。モンスターを駆除するなんてどうかしてるわ。有害なモンスターなんて居ないのよ。例えば、ほらキッチンにいる、カナル……何ちゃら(小難しい名前だから忘れちゃった)。あいつなんかちょっと場所を食うのがタマにキズだけど、キッチンの隅に逆さにぶら下げておけばいいから楽なものよ。
さ、今日も蜜を出してちょうだい。アンタの好きなもの――アタシには理解できないけど――あげるんだからさ。
カナル何とかは床に頭を付けて、早く呉れと言わんばかりに口を開けている。アタシはいつもの通り下着を脱いでその口に跨がり用を足してやった。カナル何とかはそれを嬉しそうに飲み込んで、逆さまに上がったお尻から筒のようなものを伸ばしてきた。先端から蜜が滴ってる。器に絞ったら溢れんばかり。美味しそうなのを今日もいっぱい出してくれたわ。
うふ♪ ダーリン、早く帰って来〜い♪ 一緒に蜜を啜ろう――。
――はっ、夢か。
思わず身体がビクリとした。
「どうしたの?」隣で寝ていたミィリヤが眠そうな声で尋ねてきた。
「起こしてしまったかい? 変な夢を見ちゃってね……」
「そう、でも夢なら良かったじゃない」ミィリヤは少し体を起こして、僕の頭を撫でた。
まったくセクシーなオンナだよ、ミィリヤは。その毛むくじゃらのたくましい腕、涼やかな複眼。僕は完全に魅了されているんだ。
そのまま僕はミィリヤに熱い接吻をし、強く抱きしめた。ミィリヤは僕を、その鋭い牙で甘噛みする。まるでとろけるようだ。もう夜更けだけれどもう一度愛し合おう……。そして僕の精子を受けた立派な卵を僕に産み付けておくれ。君との愛の結晶、たくさん孵化させる事を約束するよ――。
――はっ、夢か。
身体を屈めた状態で目が覚めた。
そうだ、身を隠して睡眠をとっていたのだ。部隊から逸れて、もうどれ位になるだろうか。とにかく歩き通しで疲れたし腹が減っている。
よく覚えてないが、女房の夢を見た気がする。こんな戦場に来る前の、あの平和だった生活を懐かしむ気持ちが見させたのだろうか。早く帰って女房と子供を抱きしめたい……。
む、すぐそこの道を誰かが通る気配……ゲリラか?
……なんだ、子供じゃないか。小汚い格好で男か女かも分からない。見れば何かの農作物がくくりつけられた天秤棒を担いでいる。よし、あれをひとつふたつ脅し取ろう。どんなものか分からんが空腹を満たすくらいは出来るだろう。
俺が素早く物陰から飛び出すと、子供は目を大きく見開き、その場に固まった。
「そいつをよこせ」俺は子供にそう言ったが通じていないようだ。
銃を子供に向けながらじりじりと前に出る。あと数メートルほどの所で子供は天秤棒を放り出し、大きな声をあげて逃げ出した。くそ、まずい。
数発撃った。大部分は地面に当たり、残りは子供の背中に当たった。子供はまるでスローモーションのようにゆっくりと倒れた。
その瞬間、背中から腹にかけて衝撃を感じた。見ると竹槍の先端が腹から突き出している。
背後からゲリラが忍び寄っていたのに全く気付かなかった。振り返って見た敵の眼は憎しみに溢れている。
ああ、こいつ、あの子供にそっくりじゃないか――。
――はっ、夢か。
目を開けると無機質な白い天井……。どこだ、ここは?
肘の辺りに鈍い痛みを感じた。見ると点滴の針が刺さっている。また頭に幾本もの電極が取り付けられていて、そこから伸びた電線が枕元の装置に繋がっている。
おもむろに部屋のドアが開き、白衣の男性が数人入ってきた。
「目を覚ましましたか」白衣の男性の一人が僕の顔を覗き込んできた。医者か? 見覚えがある気もする。私はぼんやりと見返すばかりだ。
「何があったか思い出せませんか? 人工次元震の実験は覚えていますか?」
……次元震? その言葉を契機に、少しずつ記憶が巻き戻されていく。
「次元工学研究所で行われた人工次元震の実験によって、三人の研究員が死に、二人が正気を失いました。そしてあなたは昏睡状態でこの病院に運び込まれたのです」
そうだ、あの装置が放った光の中、私は気が遠くなり、気付けばどこか別の場所に居た……何度も、何度も……。
「思い出してきましたか? あなたが意識を失っている間、ずっと脳波が不可解な動きを見せていました。全く例のない現象です。正直驚きました」
ああ、そもそも私の研究は次元震動による意識への影響だったのだ。あの実験の影響で私の意識体の位相がずれたのだろう。結果私の意識は別の次元の誰かに一時的にバインドされ、のみならず短い周期で位相が連続的にずれ続けて次々と別の次元へ転移し続けたに違いない。図らずも自らの脳で検証した事になる。
ううっ! どうした事だ、頭が割れるように痛い!
「いけない、また始まった!」白衣の男達が慌てて何か機械を操作し始めた。だが無駄のようだ。どんどん気が遠くなっていく。また位相がずれ始めたのか!
いやだ、行きたくない、助けて……たすけ……て……。
* * *
――はっ、夢か。
赤、黄色、青……色とりどりの光が射す靄の中に居る。
ここはどこかも、自分が誰かも、何もかも分からない。何も無い。
ただ意識だけが在る――。
<了>
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