見出し画像

旧約聖書とメソポタミア文明(古代オリエント文明)

旧約聖書とメソポタミア文明(古代オリエント文明)
 
私は無宗教である。興味があるのは、哲学としての釈迦の仏教(現在日本の仏教は釈迦の哲学と離れてしまっている。敢えていえば禅宗に興味あり)、老子の哲学思想(Tao (道)))位か。一方、神話には興味がある。メソポタミア・インド・ギリシア・中国など(日本でいえば古事記)。
 
ということでキリスト教の新約聖書には縁がないが、旧約聖書の一部は神話の要素があり、西洋の美術・文学・音楽のモチーフになっているので、今回は日本にも馴染みのある言葉(内容には基本触れない)を幾つか選んで主にメソポタミア文明との関連に触れたい。
 
旧約聖書(ヘブライ語版)は39書からなる。
・律法(トーラー)・・5書(創世記、出エジプト記など)
・預言者(ネイビーム)・・21書
・諸書(ケトゥピーム)・・13書
 
また、細かい事柄を捨象すれば、旧約聖書は4つある。
①ヘブライ語(一部アラム語)版・・ユダヤ教徒の聖典
②カソリック版
③東方正教会版
④プロテスタント版
②~④は新約聖書と並ぶキリスト教の聖典。①~④は律法だけ共通で、それ以外の並び、ヘブライ語版にないものの取込みに相違がある。
 
まず総枠としていえば、イスラエルの民の始祖であるアブラハムはメソポタミア・シュメール地方のウル生まれであることになっているよう旧約聖書はメソポタミア文明(もっと広く言えば古代オリエント文明)に共通する文化の影響を多分に受けている。但し、一神教の教義にそぐわないものがあるので、選択的な継承・改変とイスラエル・ユダヤ独自の創出がある。
 
1.「目には目を、歯には歯を」は旧約聖書の言葉
世界史の教科書でハンムラビ法典の特徴としてこの言葉を代表とするタリオ(同害復讐)が強調されがちだが、これは誤解の元である。法典カバー範囲はもっと広く(補足1参照)、「目には目を、歯には歯を」は旧約聖書の「出エジプト記」21章の「法集」の一部である。具体的には「男の人の身体を損傷した場合」に出てくる。
 
「もし命にかかわる事故が生じたのなら、あなたは命には命を与えなければならない。目には目を、歯には歯を、手には手を、足には足を。
火傷には火傷を、切り傷には切り傷を、打ち傷には、打ち傷を」
(旧約聖書翻訳委員会『旧約聖書Ⅱ 出エジプト記・レビ記』岩波書店。
太字は第24節と呼ばれる
 
これは男同士の争いこととして書いてある。同害復讐は復讐する場合の上限を決めていることもなる。尚、ハンムラビ法典の同害復讐の条項は補足2を参照。
 
2.ノアの洪水説はメソポタミア文明の叙事詩由来
前も触れたが、メソポタミア文明の叙事詩『ギルガメッシュ』(BC30頃?)に殆ど同様の大洪水伝説(実際に発生した洪水で生まれたという説がある)の話がある(ノアは『ギルガメッシュ』のウトナピシュテムに相当)。
ギリシア神話でもこのギルガメッシュ叙事詩の大洪水伝説に由来する『デウカリオーンの洪水』がある。デウカリオーンは父である神のプロメーテウスから助言を受けて箱舟を作る。
 
3.バベルの塔はバビロンのジッグラトがモデル
古代のメソポタミア地方では都市毎に異なる主神がおり、それを祭るジッグラトと呼ばれる聖塔・祭壇があった。バベルの塔はバビロニア王国の首都
バビロンのジッグラトがモデルだろうされている(バビロン→バベルに)。
バビロンの主神はマルドゥク。但し、新バビロニア王国で月の女神イナンナ
を祭ったジッグラトという説もある。
 
バベルの塔の建設は、天をも恐れぬものとして、主(ヤハウェ/God)により挫折(注)の憂き目に合うが、これはユダヤ教から見て異神(古代メソポタミアは多神教である)を信仰していた者たちへの懲罰を表すのでは?という見解もある。
(注)実際の「創世記」11章では、主により人々の言葉が通じないように
されたので塔を作るのをやめたと書いてある(崩壊したとは書いてない)。
 
新バビロニア王国ネブカドネザルⅡ世によるユダ王国民の「バビロン捕囚」は有名。これは旧約聖書成立のターニングポイントであると共にヘブライ人がユダヤ人であるという認識を持ったターニングポイントであったとも言われている。
 
4.ペリシテ人とパレスチナの関係
サン=サーンスのオペラ/バレエの名曲「サムソンとデリラ」、ダヴィデと巨人ゴリアテの戦いはよく知られていると思う。
  怪力サムソン、ダヴィデ・・ヘブライ人(ユダヤ人)
  妖女?デリラ、ゴリアテ・・ペリシテ人
 
「士師記」ではヘブライ人(イスラエ人/ユダヤ人)は約束の地カナンでペリシテ人と戦う(よく敗北していた)のだが、ペリシテ人は世界史に登場する「海の民」の一部とされる。海の民はエーゲ海など東地中海を舞台に活動、古代エジプトに侵入し、小アジアからメソポタミアまで覇を唱えていたヒッタイト王国を滅亡させたと言われる謎の民族。私は印欧語族、ギリシア系ではないかと想像している。

パレスチナの地名はこのペリシテ人に因むもの。但し、今のパレスチナ人は民族的に無関係と考えてよい。 パレスチナ人とイスラエル及びイスラエルとアラブ諸国はいつも対立しているものの全てアフロ=アジア語族のセム語派の民族である。
 
蛇足:
サムソンには「鉄のサムソン」という微かな記憶があった。調べたところ「鉄人28号」の作者である横山光輝による同系統の漫画があった。サムソンの名は旧約聖書からとったものと考えて間違いない。
 
5.カインとアベル、牧羊民と農耕民
カインとアベルは映画「エデンの東」もモチーフとなっている以外は、キリスト教の方々以外の日本人にはあまり馴染みがないかもしれない。カインとアベルは兄弟で、カインが弟のアベルを殺し、神の怒りに触れエデンの東に住むことになる。
 カイン・・農耕民
 アベル・・牧羊民
という職業の対立がテーマ?である。牧羊民=正、農耕民=悪とされる。
 
これも先行するメソポタミア文明に同様の牧羊神と農耕神の女神をめぐっての争いがあり牧羊神が勝つ。但し、旧約聖書と違って和解しハッピーエンドで終わる。
 
補足1:ハンムラビ法典のスコープ
ハンムラビ法典は小異を気にしなければ概ね以下のような分類からなる
(古代オリエント博物館・館長の月本昭男博士の講演に因る)。
 
①離縁・離婚を含む婚姻法と結婚契約
②相続法と相続契約(遺言)
③養子法と養子縁組契約
④同害同復法/同害復讐法?
⑤専門職の責任 (医師、建築士(大工)の報酬と責任)
⑥売買・貸借契約
⑦裁判と裁判記録
 
以前も書いたようハンムラビ法典は何事も複数の証人の元に行われる契約がベース、弱者救済(寡婦、孤児など)に重きを置くこと、現代でいう製造者責任=PL法を先取りしている、ことが特徴。「目には目を」の④同害復讐条項は一部に過ぎない。
 
補足2:ハンムラビ法典における同害復讐関連条項。
#196
もし市民が同じ市民の目を損なったなら、彼らは彼の目を損なわなければ
ならない。
#197
もし彼が市民仲間の骨を折ったら、彼らは彼の骨を折らなければならない。
#198
もし彼が二級市民の目を損なったか骨を折ったならば、彼は銀1マナ(約500グラム)を支払わなければならない。
#199
もし彼が市民の奴隷の目を損なったか骨を折ったなら、彼は奴隷の値段の
半分を支払わなければならない。
#200
もし市民が彼と対等の市民の歯を折ったなら、彼らは彼の歯を折らねばならない。
#201
もし彼が二級市民の歯を折ったら、彼は銀1/3マナ(約167グラム)を支払わなければならない。
 
訳によっては市民:上級市民、二級市民:一般市民という表現もある。何れにしても市民の2区分の相違は判明していない。
ハンムラビ法典時代の3身分:
アウィールム:市民(上級市民)
ムシュケーヌム:二級市民(一般市民)
ワルドゥム:奴隷

 ジッグラト復元図:古代オリエント博物館にて筆者撮影
ピーテル・ブリューゲル『バベルの塔』(1563年頃)、ウィーン・美術史美術館蔵。

いいなと思ったら応援しよう!