高校以来の古代メソポタミア史②:ハンムラビ法典と「目には目を、歯には歯を」
池袋サンシャイン文化センターに「古代オリエント博物館」というものがある。先日、館長で古代メソポタミア史の泰斗である月本昭男さん(博士)がシュメル・ウル第三王朝のオンライン講座で以下のようなこと言われていた。
「高校の世界史の教科書には「目には目を、歯には歯を」はハンムラビ法典が出展のように書いてあるが、旧約聖書が正しい。教科書を書くような偉い先生が原文を見てないからで残念」
旧約聖書がより直截的に「目には目を、歯には歯を」と表現しているので、出典としては旧約聖書が正しいのは分かるが、どうも納得できないので、日本語訳であるが原文を二つしらべた。尚、ハンムラビ法典を定めたとされるハンムラビ王は、メソポタミアを統一した古バビロニア王朝(バビロニア北部の都市国家バビロンが母体)5第目の王である。この王朝はセム語系民族のアムル人(アモリ人)が建てたもの。
(以下は再掲)
要約すれば以下のとおり。
① ハンムラビ法典は世界最古の法典ではなく4番目(乃至5番目)で、先行法典がシュメール時代などにあり(ウル・ナンマ法典等【参考】)この系譜にある。但し、一部欠損があるとはいえ、ほぼ全文が残っているものとしては世界最古。
② ハンムラビ法典は所謂法律ではなく、判例集、または裁判の手引きである。一方、法典をリファーした裁判記録はなく拘束力はなかったのではないかと考えられている。また刑法ではなく民法(,商法)に相当するものが多い。
③ 実際にどうだったかはさておき弱者保護を謳っている。「強者が弱者を損なうことがないように、身寄りのない女児や寡婦の正義を回復するため・・言葉を残す」云々。これは先行するウル・ナンマ法典などに同様に書かれている。
④ 「目には目、歯には歯」というようなタリオ=同害復習の記載はあり、これは先行する法典に見られない。但し、同害復習が適用されるのは上級自由人間だけに限ったことで、他のケースは賠償という形である。
⑤ 同害複数は「やられたらやり返せ」ではなく、復讐する上限の制限をかけていると見るのが妥当。実際は賠償で済ませることも可能だったと考えられる。
⑥ 執行者が誰かは文面を見ても分からない。
以下に「目には目を、歯には歯」に相当する条文(条文と呼ぶべきか?)を示す。
#196
もしアヴィールム(上級自由人)がアヴィールム仲間の目をそこなったなら、彼らは彼の目を損なわなければならない。
#197
もし彼がアヴィールム仲間の骨を折ったら、彼らは彼の骨を折らなければならない。
#198
もしムシュケーヌム(一般自由人)の目を損なったか骨を折ったならば、彼は銀1マナ(約500グラム)を支払わなければならない。
#199
もし彼がアヴィールムの奴隷の目を損なったか骨を折ったなら、彼は奴隷の値段の半分を支払わなければならない。
#200
もしアヴィールムが彼と対等のアヴィールムの歯を折ったなら、彼らは彼の歯を折らねばならない。
#201
もし彼がムシュケーヌムの歯を折ったら、彼は銀1/3マナ(約167グラム)を支払わなければならない。
(1)市民階層
①アヴィールム・・上級自由人
②ムシュケーヌム・・一般自由人
③奴隷
(2)「彼らは」と書いてある執行者が誰かは文面では分からない。
(3)原文は当時のリンガ・フランカ(国際共通語)であったアッカド語で書かれている。
男性名詞と女性名詞があり、上の条文で、罪を犯した対象者は男だけのことか男女共通か不明(アヴィールムは男性名詞)
(4)上の訳は中田一郎『ハンムラビ「法典」』から取っている。「仲間」を「子供」にするなど異なる訳もあるが古代オリエント学会では中田訳が共通理解の模様。
ハンムラビ法典で注目すべきは、「目には目を、歯には歯を」ではなく、現代ですら比較的最近になってようやく整備された製造物責任(施工者責任)、医療過誤責任等賠償責任が組込まれていることであると思う。
尚、「目には目を、歯には歯を」の出典が旧約聖書であることについて、ユダヤ教始祖であるアブラム改めアブラハムはメソポタミア地方のカルデア(新バビロニア王朝)の都市ウル出身となっているで、過去のメソポタミアの法典の一部が旧約聖書に反映されていると考えるのが妥当。
ノアの方舟もメソポタアのギルガメッシュ叙事詩由来と考えられている。
【参考】ハンムラビ法典に先行する法典(遺跡として部分が見つかっているもの)
① ウル・ナンマ法典
② リピト・イシュタル法典
③ エシュナンナ法典
尚、①より先行するものが一つあったという説もある
古代オリエント博物館で筆者が撮影したハンムラビ法典の石碑のレプリカ
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