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0063 考える京都❻ 真言宗智山派-檀家のお寺の総本山

【旅ログ】
to 自分のルーツを辿る旅に共感する方
to 真言宗について少し知識得たい方

わが実家が檀家となっていたいわき市にある沼の内弁財天賢沼寺。そこが真言宗智山派。そんな智山派の総本山、智積院(ちしゃくいん)に訪れるという体験。自分のルーツをたどる旅のようでわくわく。感じたことをつづります。

真言宗智山派とは?

噛み砕ききれませんでしたが、下記、各種HPからの抜粋一部編集。難しいが基本知識として興味ある方は。(もう少し結論からシンプルに説明されたサイトはないものかといつも思う)

仏教…修行によって人間の苦しみを解決する教え。2500年ほど前にインドでお釈迦さまが悟りを開かれ仏陀となられたことが出発点。

インドから中央アジアを通って中国・モンゴルなどに伝わり(北伝仏教)、その後、朝鮮半島を経由して6世紀頃日本に伝来。
またインドからセイロン(現スリランカ)に伝わった仏教は、11世紀にはビルマ(現ミヤンマー)やタイへ伝来(南伝仏教)。

真言宗…弘法大師空海(774-835)によって開かれた密教。密教とは「仏さまの秘密の教えを明らかにした教え」という意味。816年に総本山高野山金剛峯寺を修禅の道場として開創。

真言宗智山派…空海を始祖とし、真言宗中興の祖・興教大師覚鑁(かくばん)(1095-1144)を開祖とする新義真言宗と呼ばれる宗派の中の一つ。

教義の違い
古義真言宗…本地身説法(真言宗最高仏である大日如来が自ら説法するとする説)を説く
新義真言宗…加持身説法(大日如来が説法のため加持身となって教えを説くとする説)を説く

参照:智関院オフィシャルHPより※一部編集
https://chisan.or.jp/chishakuin/chisanha/
真言宗智山派 wikipedia

仏教の系統。”とってもやさしいはじめての仏教”より。真言宗は6系統のひとつとされている。

智積院、散策 - こういうお寺も好きだ

近隣の三十三間堂は修学旅行でおとずれた記憶がある。“ちしゃくいん”。どうだろう。京都観光の際に、なかなか耳にはしない寺院名ではないだろうか。かく言う私は恥ずかしながら、田舎のお寺を調べているうちに、今回初めて知ることができた。

マップ出典:いくさんの部屋へようこそ 智積院

冠木門をくぐる。お坊さんにうかがう。智積院は、他宗の僧侶や一般の学徒にも開放された「学問寺」の性格を持つ寺院。江戸時代には多くの学匠を輩出したそう。お寺として派手に著名になるような演出はせず、粛々と学問を尊ぶ姿勢が、質素で落ち着いた佇いになっているのではと思いました。

参道から、金堂付近は、紅葉がすばらしい。目に映る風景。全てが自然に違和感なくとけこみ存在する感じに思えた。他の第一線の観光寺院と比べ、人もそこまで多くなく、落ち着いてゆっくりまわれる。

イチョウが見頃。こういう角度を見つけるのが楽しい。

ルーツを辿る感覚-密厳堂と密蔵院

ルーツをたどる旅。時をこえ、場所をこえ、自分を構成するものに影響をあたえたもののヒントが存在するならば。それは是が非でも行ってみたい、触れてみたい。

好きな空間。密厳堂。
いわき市の檀家のお寺は、院号が密蔵院。質素で落ち着いた雰囲気が似ている気がした。特別な何かに出会えたわけではありませんでしたが、すがすがしいものでした。

スマホを閉じて、30分ほど空間を楽しむ。

旅先の心がけ発動。五感をフルに研ぎ澄まし一つずつの感覚を確認し記憶に止める作業。

味覚は少しさっきのコーヒーが残る。臭覚は森の空気。聴覚は鳥の囀りとカラス、遠くに救急車。視覚は3つの建物と苔むした地面。触覚は軒下の縁側の木部。少し棘がはいりそうなざらつき。心情はおだやか。10%このあとの訪問先を考えている。

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講堂につづく道。

開祖、空海像。

仏足石。お釈迦様の入滅前の足跡。

隣には、智積院会館。宿泊もでき朝のおつとめなどにも参加できる。宿坊。

外も中も美しい建物でした。

道中にたちよった和食香穂。

青々とした九条ネギと卵が麺にからんで美味しかったです。

仲睦まじい優しくフレンドリーなご夫妻でした。ビジネスの話もできて楽しかったです。

最後の寺院は、逆にエンタメ要素抜群の高台寺へ。

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