COVID-19 パンデミック初期のMITでの動向と家で研究をすること [人工知能学会誌35-4より]

MIT Media Labの中垣です。本記事は、人工知能学会誌Vol.35 No.4のグローバルアイというコーナーに寄稿させていただいた文章を転載する。なので、硬めの文章にはなっているが、noteの型式の方が多くに見てもらえるだろうとも思い、この記録を忘備録的に留めておく。

これは、2020年5月中旬に寄稿した文章。この後にBLMや米学生ビザ騒動などが起こるわけだ、、次章も気が向いたら。。

1.はじめに

 今回,ご縁があってこちらの記事の執筆依頼を頂いたのが2020年3月上旬.筆者は,MIT(マサチューセッツ工科大学)での在籍が6年目であり,過去にも留学ラボの紹介記事[1]は書いたこともあり,何を書くか考えあぐねている中,あれよあれよと世界はCOVID19の渦に飲み込まれていった.現在この記事を書いているのは5月中旬.まさかこの執筆依頼を頂いた時には,世界がこんなことになるなんて思いもしなかった.執筆時点で,まだ私が住んでいるマサチューセッツ州でも感染者数は少し減ってきた状況だが,まだ新規感染者が毎日1000人前後.MITでは,夏はまずラボで研究活動はできなさそうで,秋についても不明瞭である.これからの学業・研究・就職活動がどうなっていくのかクリアな見通しも立っていないが,貴重な経験ではあるので,今回はこの二ヶ月ほど,MITやマサチューセッツ州など,私の周りで起こっていた動きを,ここでは紹介し,私自身の実践を絡めHCI (Human Computer Interaction)研究者として家で研究すること,MITでの医療器具支援・供給のための動きも併せて記す.

2.マサチューセッツ州およびMITでの動向

 まず私の周りで起こった動向を当時の自身のTwitter(@ken0324)などを見返しながら,ざっくりと時系列で振り返ってみたいと思う.

3/5 - COVID19の世界での感染拡大に合わせ,MIT全学で海外渡航の禁止がアナウンス.

3/9 - 2月末に開かれたMIT近隣の企業における会議で,70人規模の集団感染のニュース.感染が学内に広がり始めていてもおかしくない状況に.

3/10 - 大学より,学部生の寮の強制退去の通告.対象者は,1週間以内に退去しなければならず,研究を手伝ってくれていた学部生たちが大慌てで退去の準備を進めていた.MITの学部生でYoutuberでもあるNina WangのVlog[2]には当時の様子が感情的にライブ感を持って記録されている.

この動画を見ると,密集気味に学部生たちが寮生活を送っている様子が見られ,この早い判断は適切だったと感じた.これと同時に,MITは完全なオンライン授業への移行も発表.セメスターの真最中だったが,3月末に予定されていた1週間の春休みを,もう1週間前に伸ばし,学生の退去および教授の遠隔授業の準備に当てる.

3/13 - MITでは全学にZoomのライセンスが配布される.オンラインでの授業・研究活動に向けたスピード感のある対応を感じた.米トランプ大統領はこの日,国家非常事態を宣言.

3/14 - 全学で,不要不急でない限り(COVID19に関連する研究など),大学への立ち入りを禁止することの通達.私が所属するMITメディアラボでも,学生・研究者たちが家に研究設備の移設を試行錯誤(後述).

3/24 - 州全体での自宅待機勧告.日本で年度末と言うこともあり,このあたりから,筆者の知人・友人も日本へ帰国する人が目立った.企業からの駐在・訪問研究員などに多い印象だった.レストランなども通常運営を停止,デリバリーなどに移行.スーパーなどは,入場制限やソーシャルディスタンス規則を設け,営業を続行.

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4/27 - MITおよびハーバードのあるケンブリッジ市が,外出時にマスクの着用を義務付け,違反者には$300の罰金の規則をアナウンス.日毎の新規感染者数は,4初旬伸び続け,中旬から下旬には2000人前後に安定.

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5/18 - 州全体で,経済活動が一部再開.州はこれを四段階にわたる‘New Normal’へのステップの一段階目に位置づける.新規感染者数は,少しずつ下がり始めるも,日毎に1000人前後.

3. 家で研究をすること

 私が属するHCI分野および,MIT メディアラボでは,情報技術および先端技術の,人間生活への応用のための研究や技術開発が数多く行われている.そんな研究を研究者自身が家で行うことは,ポジティブに捉えれば,自分の生活の中で研究や技術を実践的に適応しながら推進することに価値があるとも言える.生活に近い,家の中で実行するからこそ生まれるアイデアや,試せるプロトタイプもあるはずだ.筆者自身も,homelabと題し,家をいかにラボ化するか,について,前向きに思考と実践をしてきた[3](リンク).ここでは,そのhomelabにおける家で作るための取り組みや,研究に不可欠なコラボレーション・評価実験・発表などについて触れたい.

 筆者自身のhomelabの具体的な取り組みとしては,ラボにあった,3Dプリンタや半田ごてなどの研究設備を家に持ち込み,ラボで行っていた試作ベースの研究を家に移した(ハードウェア・デバイスプロトタイピング).必要な研究設備は,比較的ライトなもので済んでいるが,ラボ内でも,家に研究設備を移設できない領域の研究者もいて(バイオ系など),かなり人・研究グループによって差があるようだ.

 私は運よく同じ研究室に所属する学生と家をシェアしていたので,ラボの機材を二人で持ち帰り,共有することができた.リビングルームは,ラボから持ってきたデスクなどを導入し,研究・ものづくりスペースに改変した(図1).キッチンの片隅には,3Dプリンタ 3台が並ぶステーションも設置(図2).$3500ほどする3Dプリンタもあり,今は高価な技術が将来的にコモデティ化した時の未来を思索する意味でも,そんな機材が家庭にあることは思考プロセスの刺激になる.もちろんアクセスできなくなったラボの設備も多いが(大型の機材など),工夫をしながら手元にある設備で研究や授業に励む日々で,この工夫やチャレンジに逆にワクワクしながら実践を続けている.

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図1. homelabの様子–ラボメイトかつルームメイトのZhipeng Liangと

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図2. 3台の3Dプリンタが並ぶステーション

研究のためのコラボレーションとしては,ルームメイトと研究の議論をできることは恵まれているが,オンラインでの研究コラボレーションも実践してきた数ヶ月間であった.私の場合は,UROP制度(学部生研究補助の枠組み)で二人の学部生とのコラボレーションを遠隔で続けた.二人ともアメリカ国内だったので時差の問題はなかった.一人はソフトウェア開発担当で比較的作業を共有することは容易だ.もう一人の学部生は,3Dプリント作業を必要とするCADモデリング担当だったが,運よく,彼の実家に3Dプリンタがあったため,遠隔でもデータを共有しながら,互いに3Dプリントしつつ,手でデザインしたモデルを確認しながら作業指示することができた.ファブリケーション系の機材が安価に手に入るようになったことの価値を,身をもって体感した.

HCI分野でいうと,作るだけでなく評価も課題である.特にユーザスタディは重要で,オンライン上でどのように遠隔でユーザスタディを行うかを議論するシンポジウムなどが開かれている[4](リンク).VR・映像などのメディアを用いた実証実験やその有効性なども提案もされているが,筆者の行うハードウェア装置のユーザスタディには大きな課題が残る.

また,研究の発表については,この数ヶ月は,アメリカでは様々な大学やラボで博士課程の公聴会(PhD Defense)が行われる時期で,これもオンラインで実施されてきた.そのほとんどがZoomを利用して,西海岸の公聴会にもインターネットさえあれば地球上のどこからでも参加できることは利点でもある.またHCI分野最大の学会であるACM SIGCHI(通称CHI)についても物理およびバーチャルでの開催は中止されたが,その分ボトムアップに,地域や分野ごとにオンラインで発表会と議論を実施する動きが世界で広まっている.筆者もいくつかの発表を聴講し,ボストン界隈のイベントの運営にも携わった.CHI自体は,来年には初めての日本での開催(横浜)の予定である.COVID19が収まったとしても,オンライン開催での利点も多く明らかになった結果,今回のパンデミックがどのように(直接・間接的に),学会の運営や形式に影響を与えるかは注目される.

4. COVID19との闘いに貢献する試み

メディアラボの中でも,MIT全体でも,COVID19と闘う医療やそれに付随する問題を,いかにバックアップ・支援できるか,という試行がたくさん現在進行形で行われている.MITのwebでは各ラボや学科で執り行われているCOVID19関連のプロジェクトがリストアップされており[5],ポリシーやデータビジュアライゼーション,遠隔教育など様々なプロジェクトが並ぶ.中でも,やはり欠品が危惧される医療器具の制作・供給関連のプロジェクトが多くを占める.MITらしく,多くの研究者・学生が医療器具の自作を試みた.(私もルームメイトとhomelabでマスクを3Dプリントしていた.)

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図3. MIT全体のCOVID-19関連のプロジェクトアーカイブページ

 そんな動きが各所で推進される中,3月末には,MITから,個人での自作医療器具の医療機関での利用を禁止する通達が出された[6].これは自作された医療器具の安全性の担保ができないことが要因であり,納得できる.これによって,実際に最前線で供給可能な医療器具の制作・供給に関するプロジェクトは,専門家なども交えて安全性の担保までをカバーできる研究チームに絞られていった.
 そんな中でも,デジタル工作機械を社会・市民が活用できるための地域工房のネットワークであるFablab[7]の産みの親のニール・ガーシェンフェルド教授(MITメディアラボ)は,オープンソースに医療器具の試作と,デプロイを実践する研究チームを率いている.彼らは,MITの研究者と,世界に散らばるFablabのエンジニア・デザイナーおよび,政府・医療・FDA(アメリカ食品医薬品局)の専門家で構成され,毎週定例ミーティングを開き,安価でスケーラブルかつ安全性を担保した医療器具の制作と供給についての報告と議論をしている.これを全てオープンソースで,そのプロセスやミーティングの動画までアーカイブに残しているところも非常におもしろいところで,ここでシェアさせていただきたい[8](図4).(大量のプロジェクトを限られた時間で次から次へと捌いていく様子は圧巻.)全世界に散らばったFablabネットワークを活かし,世界規模でオープンソースのプロジェクトを同時多数並行で推進しており,世界各地での感染拡大防止・医療崩壊防止に貢献しようとする大変素晴らしい試みだと感じる.

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図4. アーカイブされているオンラインミーティングの様子

5. おわりに

本記事では,MITおよびマサチューセッツ州でのCOVID19に関連する動きや活動についていくつか紹介した.今回のコロナウイルスの影響で,様々な研究者や研究機関が適応しなければならず,研究の分野だけ…いや,研究者の数だけ,家での研究の工夫や困難があるだろう.日本およびアメリカでは,少しだけ新規感染者数は落ち着いているが,まだ気を緩めずに,しかし,ポジティブな姿勢は忘れずに,自らが世界に貢献できることを並行して考えながら,研究を進めていきたい.一刻も早く,全世界でのウイルスの感染がおさまることを祈る.

[1] “MITメディアラボにおける異領域を結ぶ研究の場づくり”, Medium https://link.medium.com/u79P9wHgB6
[2] “moving out of MIT because of coronavirus 😢 *sad*”, YouTube
https://youtu.be/RAynyvCYNWM
[3] “#homelab のすすめ - 家で研究をするために '作る編'”, note
https://note.com/ken_n/n/n0d0fd62036f4
[4] “ONLINE TALKSHOW: HOW TO DO HCI RESEARCH IF YOUR USERS ARE OFF LIMITS?” https://amp.ubicomp.net/users-off-limits/
[5] COVID-19 Projects Created By MIT for the World
https://innovation.mit.edu/c19rapidinnodash_mitglobalprojects/
[6] Update on efforts to provide PPE for local hospitals
https://covid19.mit.edu/Update-on-efforts-to-provide-PPE-for-local-hospitals
[7] Fablab https://www.fablabs.io/
[8] Fablab およびCenter for Bits and Atoms GroupによるCOVID-19関連プロジェクトhttps://gitlab.cba.mit.edu/pub/coronavirus


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