キプロスの金貨

目覚めると白いカーテンが揺れている。
静かにそよぐ風に春を感じながら、僕は夢から覚めた。

とても長い夢を見ていた様な気がする...。

星を眺め、月の光に満たされる夢。


自分が居る場所が不意に分からなくなる。


心は懐かしさで満たされているはずなのに、涙が止めどなく溢れてくる。

僕は、3年間付き合った恋人に言われた言葉を思い出す。

『貴方はもっと他のものを見ようとしてる。いつも視線の先に私が居ないように感じるの』


自覚はしていた。
遠い空を眺める癖がついたのは、いつからだろう。


「もう起きなきゃ」

自分に言い聞かせるように僕はそう言うと、身を起こした。

何か大切な事を忘れている様な気がする。
そんな意識に苛まれ、でもそれが何だったのか思い出せずに居た。

ずっと抱いてきた違和感が心を締め付ける。
焦燥感に駆られ走り出したくなる心は、行き場を失っているように思えた。

部屋を出て居間へ向かうと父がいた。

「帰ってたんだ」
僕がそう言うと、父は僕に気が付き笑顔を見せる。

「土産だ」
父は一枚のコインを差しだして言った。

父が出張で行っていたという地中海の島国。
そこの金貨だった。

どこかで見た様な、不思議な感覚に囚われた。

ぼんやりと光る金貨を眺めていると、まるで夢の中に戻ってしまったかのように思われた。
視界に広がる夜空の海、星の囁き、2人の誓い...。


「父さん、キプロス共和国ってどんな国だった?」
僕は父に尋ねてみる。

「海が綺麗だったなぁ、それとアフロディーテの伝説が今も息づいていたよ」


行った事もない場所のはずなのに、何故こんなにも胸が締め付けられるのか。

僕は金貨をポケットに入れて、身支度を整え外に出る。

桜の木々が春を謳歌している。
春の喜びを感じ、その刹那的とも言える美の中で必死に生きていた。


不意に桜の花弁が頬に触れた。
誰かが待っている様な気がして、僕はまた遠くの空に目をやった。

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