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あの頃も鳥たちはさえずり 2/3

2022年11月11日 豊中まちなかクラシック
(千里阪急ホテル クリスタルチャペルにて)

第2回です。(前回の記事はこちら
クープランといえば、「クープランの墓」(Le Tombeauを墓と訳すことについては言及を保留しますが)でおなじみ…
本末転倒ともいえるので、今回は、生きている頃のクープランについて。

◇F.クープラン
 ◆恋のうぐいす(クラヴサン曲集第3巻第14組曲より)(Picc. Cemb.)
◇F.Couperin (1668-1733) : Pieces de clavecin troisième livre Ordre No.14-1 "Le rossignol-en-amour"

 フランソワ・クープランは、太陽王ルイ14世とその曾孫ルイ15世の宮廷で活躍した音楽家で、クラヴサン(チェンバロ)や室内楽などの作品の他に教本「クラヴサン奏法」を残しました。一説によるとクープランは非常に口うるさい人で、もしかすると教本を書いたのも彼の作品を「いい加減に」演奏する人たちが許せなかったからかもしれないのですが…後世の我々にとって幸いなことには、彼の他にも何人もの音楽家がいくつかの楽器や声楽のために残してくれた教本は(それを書いた動機がどんなことだったにせよ)当時の演奏習慣を勉強するために(ときには曲の楽譜以上に)非常に大切な資料になっています。

 「恋のうぐいす」(原題"Le rossignol-en-amour")は本当はうぐいすではなくナイチンゲール(和名サヨナキドリ)のことで、この鳥もやはり非常に美しい鳴き声をもっています。チェンバロ独奏はもちろんですが、それだけでなく横笛での演奏も想定されていて、曲の美しさ・笛との相性の良さ(一度お聴きになれば頷いていただけると思います)で、現代に至るまで様々な(縦・横)笛でも演奏されています。きょうはピッコロとチェンバロで演奏します。

プログラム・ノート(当日配布)より

【追記】

この鳥さんについての、いくつかのリンク

美しい声ですよね。

この曲の原題は "Le rossignol-en-amour" ですが、この「rossignol」を仏和辞典で引くと

rossignol [rɔsiɲɔl] [男]
➊ 《鳥》 ナイチンゲール,夜鳴きウグイス,サヨナキドリ.
chanter comme un rossignol きれいな声で歌う
➋錠前をこじ開ける道具,マスターキー
➌ ⸨話⸩ 売れ残りの品[本],そっき本,古臭い品

三省堂クラウン仏和辞典第6版

…とあります。錠前?マスターキー? 鳥とどういう関係が?

【余談】

今年の9月、演奏会のメンバー4人が最初に顔を合わせた頃に、私は偶然ある本を読んでいました。その本、サイモン・シンの「暗号解読」に、ルイ13世とルイ14世(実務的にはリシュリューとマザラン)に仕えた暗号学者・暗号解読者のアントワーヌ・ロシニョールとその息子について記述があるのを発見して「クープランと宮廷ですれ違ったことくらいあったかも」と勝手に想像したり、鳥のロシニョールと暗号のロシニョールを並べて演奏会で喋るネタになる!と喜んだりしておりました。時代的にクープランと重なるのはアントワーヌの息子の世代ではあるのですが。

歴史に残る難解な暗号だったようです。そして、様々な錠前を開くための鍵のセットや、いわゆるマスター・キーそのもののことを、彼の名をとってロシニョールと呼ぶようになった、とのことです。「ロシニョール鍵」などで検索すると、謂れについて書かれているページに飛んだり、画像を見たりすることもきっとできます。

もしもマリー・アントワネットがこの暗号を使うことができていたら…みたいな想像も膨らみます。

「恋のうぐいす」が含まれるクラヴサン曲集第3巻第14組曲(第14オルドルと訳される場合もあります)には、もうひとつ「勝ち誇るうぐいす」という曲も入っていますし、他の鳥が登場したり、カリヨンを模した美しい曲なども含まれていますので、是非聴いてみてください。


◇F.クープラン
 ◆フランス人気質、またはドミノ(クラヴサン曲集第3巻第13組曲より)(Cemb.)
◇F.Couperin (1668-1733) : Pieces de clavecin troisième livre Ordre No.13-4 "Les folies francoises, ou Les dominos"

純潔・目に見えぬ色のドミノの下で La Virginité, sous le Domino couleur d'invisible.
羞恥・バラ色のドミノの下で
 La Pudeur, sous le Domino couleur le rose.
情熱・肉色のドミノの下で
 L'Ardeur, sous le Domino incarnat.
希望・緑色のドミノの下で
 L'Espérance, sous le Domino vert.
貞節・空色のドミノの下で
 La Fidélité, sous le Domino bleu.
忍耐・亜麻色のドミノの下で
 La Persévérance, sous le Domino gris de lin.
倦怠・紫色のドミノの下で
 La Langueur, sous le Domino violet.
コケトリー・色とりどりのドミノの下で
 La Coquéterie, sous diférens Dominos.
年老いた伊達男や宮廷人たち・緋色と枯草色のドミノの下で
 Les Vieux Galans et les trésorieres suranées,
  sous des Dominos pourpres et feuilles mortes.
お人よしのカッコウたち・黄色いドミノの下で
 Les Coucous bénévoles, sous des Dominos jaunes.
無言の嫉妬・モール風の濃鼠色のドミノの下で
 La Jalousie taciturne, sous le Domino gris de maure.
狂乱または絶望・黒いドミノの下で
 La Frénésie, ou le Désespoir, sous le Domino noir.

 こちらも「うぐいす」と同じく1722年に出版されたクラヴサン曲集第3巻に収録されている中でも、よく演奏される曲のひとつです。原題の"Les folies francoises"をどう訳すのかは悩ましいようで「フランス人気質」「フランスのフォリア」などが見られます。「ドミノ」は現在では目の部分のみの仮面のことをいうようになってきましたが、当時は仮面舞踏会で用いられる頭巾や衣装とひと続きに(または組に)なったものを指すと説明されているのを読んだことがあります。 曲はフォリアの名のとおり、短い12の変奏から成り、それぞれにタイトルが付けられています。この曲に限らずクープランが曲に付けるタイトルは、けっしてわかりやすいものではないのですが、彼自身は「曲の意味やバックグラウンドについてはタイトルをみればわかる」ようなことを書き残していて、我々を悩ませてくれます。もしかすると様々な色のドミノの下に隠されているのは、様々な人間の感情やそれらへの風刺?…しかし何故カッコウが「お人よし」なのか? ちなみに、コケトリー(艶めかしさ)の語源は「雄鶏」とのこと。

プログラム・ノート(当日配布)より

【追記】

「必要性」の話をしようと思います。「クラヴサン奏法」はクープランにとって…

少なくとも全ての人に断言したいのは、私の曲の巧みな演奏に至るためにはこれらの規則が絶対に必要だという事である。

フランソワ・クープラン クラヴサン奏法 桒形亜樹子訳 全音楽譜出版社

彼自身には書く必要性があったということでしょう。それに対して現代の我々には「読む必要性」があります。
クープランの曲を演奏しようとするときには、程度の違いこそあれ、必ずといっていいほどこの書物を参考にするのではないかと思います。実際に本を手に取らなくても最近はインターネット上に便利でありがたいリンクもたくさんあることですし。

作曲された当時(当地、の情報も必要です)の演奏習慣(演奏法・演奏される形態・会場・対象…など)を知ることは、その楽譜を音にするうえでとても大事なことだと考えています。楽譜そのものをよく読まなければならないことはもちろんですが、多くの場合、楽譜そのものより豊富にわれわれに情報をくれるのが、様々な音楽家が残した教則本です。仮に教則本に類されるものがまったく残されていなかったとしたら…あまり想像したくありません。

【教則本の例】

J.J.クヴァンツ:フルート奏法詩論(1752)
C.P.E.バッハ:正しいクラヴィーア奏法への試論(1753)
L.モーツァルト:ヴァイオリン奏法(1756)
F.アグリコラ:歌唱芸術入門(1757)

もちろん時代が下って古典派・ロマン派へと移っていっても、それぞれの時代の演奏習慣を知ることは大切なことであるはずです。その時代に生きている(た)ひとは言い換えれば歴史の一番端っこにいるわけで、それまでの歴史についてどのくらいの解像度で振り返るのが正解なのか適度なのか、我々はいつも悩みながら楽譜や楽器と向きあうよう考えています。

考えてみれば、音楽に限りませんね。

【余談】

読んでいて、面白いところふたつばかり。

(中略…クラヴサンの演奏・練習には)…気品(優美さ)というものが必要とされるので、まず姿勢から始めなくてはならない。

クラヴサン奏法

やはり気品、なのですね。子どものころから良い姿勢、と。

(中略…クラヴサンに向かうときのフォームや座り方などに言及して…)しかめ面は、クラヴサンかスピネットの譜面台に鏡を置けば自分で直すことが出来る。

クラヴサン奏法

昔も今も、かわりませんね。しかめっ面だけではなく、弾いているときの自分の(変)顔は、確かめながら練習しなければなりません。

=次回予告=

最終回(3/3)は、ドゥヴィエンヌとテレマン、それからアンコールに演奏したラモーの曲について書きます。
どうか引き続き、気軽に読んでくださいね。