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疥癬を知る。 〜 野生動物に由来する「疥癬」の対策

本稿は『けもの道 2018秋号』(2018年9月刊)に掲載されたものを note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


著者|松山亮太
北海道大学大学院医学研究院獣医師・獣医学博士

はじめに

狩猟者の多くは、「疥癬かいせん」に罹患して脱毛している動物を一度は見たことがあるのではないだろうか。

疥癬の流行状況は地域によって違うが、狩猟対象種として重要なイノシシをはじめ、タヌキやキツネといった中型食肉目、ツキノワグマやカモシカといった大型動物などで疥癬の感染が報告されている。

また、これらの野生動物に接触した猟犬が疥癬にかかり、気づけば狩猟者も痒くなっていた、といった事例も耳にしたことがあるかもしれない。

では、狩猟者にとって比較的身近である疥癬がどのような病気であるか、ご存知だろうか。本稿では、疥癬に関する詳細を解説する。

疥癬(かいせん)とは?

疥癬はヒゼンダニという小さなダニ(図1)が皮膚に寄生することで生じる皮膚疾患で、ヒトを含む100種類以上の哺乳類で発生報告がある。

図1 タヌキから採集されたセンコウヒゼンダニ。体長約3ミクロン前後である。重度疥癬の動物の皮膚1c㎡に数百〜数千匹のダニが寄生していることが確認されている

寄生したヒゼンダニは動物の皮膚の表皮内にトンネルを掘り、増殖する。動物によって症状の違いはあるが、多くは激しい痒みをともなう皮膚炎を発症し、著しい脱毛を生じる。

特に野生動物は重度の症状に陥りやすく、異常な皮膚の肥厚ひこう、皮膚機能の低下による脱水、低タンパク血症などをともなって死に至ることもある(図2)。ただし、健康なヒトについてはそこまで酷い症状に陥ることはまずないので、安心してほしい。

図2 疥癬に罹患したイノシシ。脱毛と皮膚の過角化(異常な肥厚)を認める。肉は脱水によりベタつき、肉質は良くない。加熱すればダニは死ぬが、調理過程で「動物疥癬」にかかるかもしれないため、少なくとも筆者は食べようとは思わない

日本の野生動物で主に問題となるのは、センコウヒゼンダニとショウセンコウヒゼンダニによる疥癬である。この他、カモシカではショクヒヒゼンダニとキュウセンヒゼンダニの寄生が認められている。

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