人面魚のはなし #3
第3話 口づけ
僕は手を洗う癖があった。
今日もなんとなくトイレへ向かい、なんとなく扉を開け、自然に見えるか気にしながらも、なんとなく蛇口を捻った。
聞き慣れた流水音とくぐもったパイプ菅の音が心地よい。
しばらく無心になって手を透明な水に浸していた。
「あれ?お前、また手洗ってんの?」
霧の向こうに陽気なクラスメイトの笑い顔が見えて、すぐに便器の方へ動いていった。
――笑われた。――気付かれた。
僕は動けなくなった。
じっと自分の両手のひらを見つめた。僕は何故手を洗っていたのだったか。手が汚い?いやきっと普通だ。何故わざわざトイレへ行った?こんな習慣いつから始めた?
いつの間にか霧は深く視界は霞み、僕の脳内は気にしないよう努めてきた単語達がぐるぐる渦を巻き始めた。――潔癖症、――気にしすぎ、――強迫的、――変な男、――精神異常者。僕はどうだった。何者だった。今日は何をしていた。気にしなければ普通になれるのか。僕は、僕は、何故――、
――チリン。
鈴の音でハッと我に帰った。
人面魚が、僕の手に、キスをしていた。