ごちゃごちゃ船内は大騒ぎ
彼らは一流の魔術師だ。
「サトル」木工技術師
「ミテル」多肉と人形師
「シヨル」手芸家、収集家
「イケル」絵描き
「ヨギル」愛好家
おそらく当日、船の中はギャアギャア、、あ、失敬、キャピキャビ、、、という歳でもない、ワヤワヤと、賑やかで、楽しげな宴のような催しが催されるであろう。
イケルの描く旅の世界は、ふっとつまんでみたくなるほど、美味しそうに輝く。
余白を埋める線や色に魅了され、寄り道をするように、ずっと旅を続けられる魔法を編み出した。
おそらくは、平凡以下の才能を持つ、変な人なのだが。
ことの発端は、イケルの家庭にある。
イケルの息子は、寡黙な男であった。イケル自身は、言葉をたくさん持ちすぎて、ぴったりくるには、絵にするしか方法がなかった。
幼い頃厳しかった父親の影響と、母がいない寂しさで、頭の中は、ものがたりが風のように、吹き荒れていた。
小さなもの、空、鏡の中に、別の何かを投影する。いつしかそちらが、真実《ほんとう》だと思うほど。
息子ヤァユは、かわいい存在であった。
みんなから愛される魅力に満ちている。その寡黙さ故、表情や、彼の興味の先にある、“オモシロイモノ”に、みんなが心惹かれた。
大きくなってもそれは変わらず、常に突拍子もない考えで、行動することで、イケルは、驚かされ、心配もし、果ては成長させられている。
信頼という偉大なるオマケ付きで。
ヤァユは、武器を取り、蜂を集め、人の残したあらゆる痕跡を辿る。
屋根裏に入ったかと思えば、地下に潜り、電気の線を、何本も束ねているかと思えば、ソファを心地よい布に張り替えてしまう。
たった今、温めたカレーを食べようとして、忘れたのか、ニンニクの植え付けに行ってしまった。
なぜか、あるとき、二人はどうしてもうまく行かなくなり、顔を合わせなくなった。
正確には、笑顔を合わせなくなった。
蝶が、蛹から孵るように、少しだけ苦しい思いをしながら、ひとり耐えて、新しい美しい羽を広げようとしていた。
それを見ているイケルも、長い間隠してきたものを、吐き出すときがきたことを、自覚した。
この互いの変化は、まだ続いているのだが、苦しみという部分では、ようやく落ち着いてきた。
イケルの手相の中に、生命線が、はっきりとXが描かれ、ぐるっと長く伸びている。
❛生まれ変わるのだ、この波に乗って行けばよい。❜
どこからともなく、父母の声がする。
そうすることが、生まれた理由、そうでなければ意味がないのだ。
感謝、というのは、自分の中に溢れ、自分を満たすものだ。
ある晩、イケルは、きちんと自分で舵を切ろうと、出港した。
誰にも何も言わず、ただ自分の心に素直になるほうに舵を切った。
別れは、辛くなかった。
その時、離さなければ、もう二度と手にできない自分の影を、ともに生きるパートナーだと悟った。
ワクワクを作り出すのは自分でしかない。
白黒でもカラフルでも、どっちでもいい。
好きな方へ。
ミテルの作り出すその世界は、癒やしそのものだ。心優しい彼女に、見えているものは、目の前の誰かではないはずだ。
瞬時に、恋をし、喜びを伝えることが、彼女の心を強くする。
その一本槍で、どこまでも貫くところが、関係性を築いていくのだ。
彼女なしでは、ほぼ誰も繋がらないと言っても良い。
特にイケルにとって、ミテルは最初から、自分に優しく包んでくれる存在、そして、“いいなあー”と、伝えてくれる、そんな素直なコミュニケーションをとれる人だった。
恥ずかしがり屋でワガママなイケルでも、ミテルの言うことだったら、よし、やろう!!!そんな気になるものだった。
ミテルは、頑張り屋さんで、一直線。
人からのヘルプを受け取るのが上手でもある。ビジョンがあり、必ずやり遂げる。
このビジョンが大きいほど、おそらく魔術は強大になる。
イケルは嬉しくもあり少しおののいている。
本気なのだと、知ってからは特に、自分ももっと磨いておかなければ、と。
足手まといにならないように、と。
サトルは、よく巻き込まれる。
シヨルの強気なダメ出しに合って、その高い背を小さくしていた。
イケルにとって、この二人(夫婦である)はいつも理想であった。
父母がこんな風だったら、幸せだったろう、優しさにあふれている。
サトルの才能こそ、この先、どんなふうになるのか、“だめなサトル”(シヨルによるところの)、そんな化けの皮は、とうに剥がれている。
サトルが、もっともっとと、貪欲にやり詰めることが、イケルには楽しみになりつつある。
サトルにしかできない何かをやり尽くし、どこまでいくのか。
シヨルの世界に何があるか、知っているのはサトルだ。
シヨルは自らの血が流れても、自分の悲鳴には気が付かないかもしれない。
サトルを横目に、走り回るシヨルは、それだけで満ち足りているかのようだ。
二人はつがいで幸せなんだ。
シーツの端を指一本ずつ絡ませる、そんな癖は、愛を感じていたい、端っこへの執着心だ。
彼女だけじゃない。
寄り添う時間、それは、人が生きていく上で必要なぬくもりだ。
植物に光が必要なように。
シヨルの、引き出しには、ユキヤナギの蕾が、なぜか“うさぎ”、と名付けられて、入っている。
「糸を結ぶだけで、あっという間に大作を作るなんて、素晴らしいわ」
と、言ったら、ちっとも良くないわ、と、代わりに、もっとすごいものを贈ってくれるのがシヨルだ。
シヨルの糸は、フーフワの繭玉のように、見たり触ったりするだけで、魅了されるものだ。可能性は机の中から出てくるのか。
イケルの机はすでに画材でいっぱいだから、
もう何も入れる余地などない。
出してみなければ。
シヨルは、また今夜も言っているだろう。
「だめだよ!!私なんて真面目なんだから。作るものも普通だわ。」と。
褒めているとしか思えないが。
しかも真面目にも見えないが。
ヨギルとの出会いは、なおも偶然だ。
おそらくは、1つ目のチェーンが、絡まなければ繋がることなく、遠い存在だったかもしれない。
ざ、天然、だということが、最近になってイケルにはわかってきた。
数十年来付き合って、ようやくそれに気づいたとき、涙が出た。笑いの涙というものだ。
少しおちゃめなおねえさんであったヨギルの言葉は、言霊がある。ハキハキと、ときにバッサリと物を言うのに、ちっとも嫌われないという不思議さで、彼女は、どこにいても愛され、その場をパーティにしてしまう。
ヨギルが怒るときは、殆どが食べ物に関するもので、食べれば治ることから、とても可愛げある人だと、イケルには思えた。
コレが嫌い、食べられない、というものが一つあったら、大騒ぎになり、次回からはそのメニューは、みんなのリストから外される。
しかし、結局のところ、食べられたわ、となるので、みんなで話し合った結果、ヨギルは、実は何でも食べられる、との結論になった。
憎めない、絶妙なコメンテーターだ。
イケルがヤァユと、うまくいかずにうちの中でグズグズしていると、たいてい電話が鳴る。
テニスサークルの休みと、イケルの気分すぐれない日は、よく重なる。
雨の日が多い。
ヨギルが言霊を使う秘密は、、だ、れ、に、で、も、通じる言語を、う、ま、く使うことができる。
イケルにとっては、魔術のようだ。
イケルが花のイラストを生徒に教えながら、口ごもってしまったとき、すかさず、
「イケルはね、ここをこういうふうにしているわよ!!」
「そこは、もっと強めに押しているわよ」
と、助け船を出してくれた。
イケルの方が、なるほど私は、そうしてるのか!!と理解して、ホッとした。
ヨギルの家庭内でが、暗くなりそうな出来事があっても、
「今は隣の家のドアをタダイマ!とノックしてる」
「そのうち隣の家の食卓でご飯食べてるわよ」などと、独特なことを言って笑わせる。
もちろんヨギルは、そんなこともひっくるめて面倒を見るカアチャン肌、ではある。
イケルのポチ袋の一番の愛好家で、リクエストもしてくれる。
とても便利だと言ってくれる。
色々なことが起こる。
ザワザワ、モヤモヤ、グズグズ、お天気が移り変わるように、同じ日などない。
イケルは、どんな波にも負けるもんかと、船の舵を切っている。
明かりを灯して、どんなお客様も、迎えようと、船に身を委ねて。
来週のお客様が、どんな魔術を見せてくれるか。
イケルは、必ず変化する。
これこそ 魔術。
☆日曜日のエピソードです。
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
フィクションを書いてみた次第です。