[無料]架空遭難 60代単独男性、川苔山からの下山で道迷い後滑落
架空遭難とは?
筆者が設定した遭難状況について考えることで、どんな目に遭うのか?どうしたらよかったのか?どうしたら助かるのか?をシミュレーションする試みです。
今回の状況
60代男性単独
4月中旬の水曜日
当日の天気は晴れ、翌日の予報は雨
川苔山から真名井北稜を下山予定(赤い線)で下山中に登山道を外れたらしいが、どこにいるのかは分からない
携帯は繋がらない
地図とコンパスはあるがGPSは無い
薄い踏み跡があったので尾根から沢に向けてトラバースしようとしたところ、20mほど滑落した
骨折はしてないようだが体中が打撲で痛い
結局ほとんど沢の底まで落ちた
腕時計の高度計は720mを表示している
コンパスで沢が流れる方位を計測するとほぼ東から東北東を指していた
状況設定の地図画像
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川苔山とは?真名井北稜とは?
川苔山は奥多摩にある標高1363mの山で、多くの登山者は奥多摩駅からバスで川乗橋へ行き、百尋ノ滝を経由して山頂を目指し、鳩ノ巣駅に下山します。標準コースタイムは7時間で、休憩込みで8時間半程度の行動時間が一般的です。急峻な地形もあり、特に百尋ノ滝周辺の崖では滑落による死亡事故が頻繁に起きています。
真名井北稜は、川苔山の東にある曲ヶ谷北峰から伸びた尾根が更に真名井沢ノ峰で分岐して北東に伸びた尾根です。真名井沢ノ峰から南東に向かう赤杭尾根(赤久奈尾根とも表記する場合がある。あかぐなおねと読む)は古里駅や川井駅に向かいますが、真名井北稜は真名井沢の北側に沿って大日向バス停に向かいます。
赤杭尾根は一般ルートですが、真名井北稜はバリエーションルートとなっており、道標はほぼありません。送電線の巡視路として、一部に標識や簡易的な階段があります。
遭難者はどこにいるのか?
まず、時計の高度計が720mを表示していたということで、それくらいの部分をオレンジで塗ってみました。翌日の天気が悪いので少し気圧が下がって高く出てしまう可能性もありますが、当日はまだ晴れているので大丈夫でしょう。ただし、気圧高度計は適宜補正する必要があるので、ズボラな人が扱っている場合は精度的に不安があります。今回は補正していたと考えます。
更に、オレンジの帯の部分で、東の方に向かう谷に青い線を引きました。
AからTまで、20本ほどあるようです。これだけあるとなかなか難しいですね。もう少し情報が欲しいところです。
ヤマレコのみんなの足跡を参考にして、入り込んだ可能性があるルート(踏み跡がありそうなルート)を緑色で塗ってみました。
緑のA、C、D、E、Fは非常に薄い踏み跡や獣道があるかも知れません。バリエーションルート未満のルートです。緑のBは山と高原地図で破線ルートになっています。Gは赤久奈尾根の一般ルートです。
確実に真名井北稜に入っているのなら、緑のA、B、F、Gは外していいでしょう。それは自分の記憶や写真の記録などで確認できるはずです(それも分からないとしたら詰みです)。GPSは無しなのでトラックログは確認できません。
本人の記憶から、入り込んだ可能性がほぼ無いと思われるルートや沢を除外するとこんな感じでしょうか。
この中でも、青字のB、C、Iあたりは沢の方位角的に外していいかも知れません。すると、こんな感じでしょうか。だいぶ減りました。
情報が無ければ可能性は無限に拡散する
ここまでの推測は、現在地の標高や沢の向き、真名井北稜に入ったという情報を自分が知っているから出来るものです。それを知りようがない救助隊や捜索隊は「真名井北稜に入った登山者が帰ってこない」という情報で探すしかありません。それも登山計画書が残っていたら判ることで、計画書が無ければ早々に詰みます。
計画書があっても、川苔山まで辿り着いたのか?真名井北稜に入ったのか?から確実ではないわけですから、捜索範囲は広く、困難になります。しかも平日に単独でバリエーションルート。誰かとすれ違う可能性も低く、目撃情報も得られない可能性が高い。となると、迷いそうなポイントを順位付けして潰していくことになり、危険も伴います。
ココヘリさえあれば短時間で位置を特定出来る可能性が高くなります。未加入の方は出来るだけ早く入会してください。
(個人的に応援しているだけで回し者ではありません)
で、どこにいるのか?
話を戻しましょう。
標高720mくらい
東北東から東向きに沢に入る
真名井北稜には入った
という条件で絞ると下記のようになります。
さらに、「コンパスで沢が流れる方位を計測」ということなので、水が流れているとは思えないサイズの沢を削りました。するとこうなります。
実を言うと、こちらで想定した沢はGの沢ですが、よくよく見ると他にも3つ条件に合いそうな沢があるんですね。ここから更に絞るには、真名井北稜から外れたときに、北に外れたのか南に外れたのか?を知る必要があります。
下の地図で言うとAに入ったのか?Bに入ったのか?ということです。そんなの簡単に判るでしょ?と思うかも知れませんが、いつ登山道を外れたのか意識がないとしたら、特定するのは意外と難しいものです。
ポイントになるのは尾根を下ってる間に太陽の位置がどこだったか?という記憶と、植生記号、送電線でしょうか。太陽光が右手に見えていたのならBの尾根を降りた可能性があります。太陽光が後ろから来ていたのならAの尾根ですね。
Aの尾根にいたのなら木々の間から送電線が見えた、あるいは下を通ったかも知れません(針葉樹林なので見えない可能性もありますが)。植生記号としては、真名井北稜の北側は針葉樹の記号が多く、南側は広葉樹の記号が多いので、植生の違いも手がかりになるかも知れません。
植生や尾根の方角を考えると、Aの尾根を降りてFかGの沢にいた場合は薄暗い可能性があります。Bの尾根にいた場合は比較的明るい状況が考えられます。
実際に真名井北稜を下っていくと、1002標高点がある地点は道迷いをし易い構造になっています。尾根を下っている途中で右の急斜面を降りていくのですが、自然に歩いていくと真っ直ぐAの尾根に導かれてしまいます。実際、私も同地点で尾根を進みすぎてしまいました。
なだらかな尾根を外れて右の急斜面を降りるという、「マジか」という地形になっています。正しいルートより、間違ったルートのほうが正しそうに見えるし、地面もしっかり硬いんですよね。一般的な登山道外れの対処が通じません。
道迷いの起点になりやすいのは1002標高点ですから、今回は1002標高点で尾根を直進してしまい、Aの踏み跡をたどってFかGの沢に落ちたということにしましょう。どちらの沢にいるのかは、尾根をどう下っていたかという自分の記憶をたどれば分かることです。(どっちでもいいです)
過去の記録を調べると、Gの沢の辺りは送電線鉄塔の巡視路があるようです。ただ、その記録(現在非公開)を読むと、巡視路をロストしたりなかなかハードな雰囲気。踏み跡の様なものはあると思いますが、下りで使うにはリスクが高そうです。Fの沢(谷)はなんの記録もありませんから、下るのは難しいでしょう。
どうしたらいいか?
現場は携帯圏外、平日の水曜日、翌日は雨。落ちて体中は痛いが、行動不能にはなっていません。出来れば今日中に帰りたいところです。
確かにGの沢には巡視路があるようで、もしかしたら下れるかも知れません。しかし本人は巡視路があるとは分からないわけで、様子が分からない謎の沢を下るか?という問いになります。一般的には沢を下らないのが正解です。
あくまで自分ならどうする?という話ですが、FかGにいるのなら、676標高点の尾根を目指して下ると思います。
ただし、尾根は必ず沢に飲まれます。676の尾根もAの出合いで沢に飲まれてしまいます。これで沢が渡れなかったり、その先の林道が無ければ詰みますが、この辺の沢は渡渉可能な水量で、地図があるので林道があることも分かっています。
下ったらどこに行くのか分からない尾根を下ってはいけません
下った先に林道もなにも無い尾根を下ってはいけません
下った先の沢(川)が渡れない尾根を下ってはいけません
今回はあくまで、下れそうな尾根で、下った先の沢が渡れそうで、すぐ林道があるから下るのもアリかな?程度の話です。
実際はどうなのか?
架空ということで都合の良い前提や情報が出てきたり、かなりイージーな想定で書いてしまいました。実際に道迷いをした遭難者は平穏な常人には考えつかないような行動を取ってしまうことがあり、例えば下記の赤線のようにグッチャグチャに動いた挙げ句沢で死んでいたりします。
一度正しい尾根に戻ったにも関わらずまた沢を降りてしまったり、パニックになった状態の行動は計り知れません。そうならないように、身の丈に合ったルートを選び、心の余裕を生む装備や技術を準備して登山に臨みましょう。
まとめ
奥多摩のバリエーションルートはなかなか痺れる場所があります。下調べをよくして、地図、コンパス、GPSアプリなどを正しく使いましょう。
現在地を常に意識し、間違えやすいと想定される箇所では特に集中してルートを見出してください。
間違いに気づいたらすぐに戻ってください。間違いに気付くためには、事前に読図して概念を頭に入れておくのも大事です。
沢でも尾根でも、一般登山道から外れたなら、先がどうなっているのか分からない状況で下ってはいけません。崖や滝があれば詰みます。
今回は運良く行動不能になるような怪我をしなかったので自力下山できそうですが、行動不能になっていれば死んでいます。単独登山をするなとは言いませんが、特に慎重に行動してください。
行方不明になったときに見つけてもらえるように、登山計画の提出とココヘリの携帯をお忘れなく。特に単独中高年男性は全員ココヘリに入ってください。今すぐ!
父親や夫など、家族がそういう登山をする人なら無理矢理にでも加入させてください。