心理的安全性とうつ病家族
心理的安全性、という言葉をご存じでしょうか。
組織運営理論の一つですが、組織ではない集団でもとても重要な「文化」の一つだと思います。
特に、家族内にうつ病(その他精神疾患)の人がいるときは、是非作り上げたい文化です。
なぜ必要か、心理的安全性があることで何が出来るのか、どうやって作っていくか、を考えました。
1.心理的安全性とは
つまり、「何を言っても非難・批判されない」と信じられる、発言の自由が保障された場、ということです。
誰かの意見や行動に対して、「あれ?でもそれって…」と思うこと、ありますよね。
それは自分の好悪などではなく、そのまま実行してしまうと大きな事故につながるかもしれない、だからやり方を変えなくてはいけない、という場合もあります。
本来ならすぐに指摘すべきですが、それを許さない「場」があります。
「何を」言われたか、より、「誰に」「自分が」言われたか、を重視してしまう場合、発言の内容の正当性は無視されます。
そんな場では、必要なことを自由に発言できませんから、言うべきことを言えなかったりします。
結果として重大な事態を招いてしまうことがあります。
これは、誰が悪いのでしょうか。
言わなかった人ではありません。
「言えなくさせた場」の問題です。
心理的安全性が保障された場、とは、こうした不要な制限を失くし、組織・集団にとって有用で重要な情報や意見を率直に共有し合える場のことです。
2.うつ病家族に心理的安全性が必要な理由
うつ病の人が家族内にいるとき、常に言動には何かしらの配慮が必要になります。
「頑張れ」が禁句、などと言われますが、どんなことを言われるとうつの症状を悪化させるか、は、その人によってバラバラです。
「ゆっくり休んでいればいい」と言われても、その休み方が分からず、「休むことすら出来ない自分」に落ち込んでしまったり、休んでいたら自分の存在価値が無いのに、と考えてむしろやらなくていいことを頑張ってしまったりします。
うつ病の人とその家族にとって大事なのは、一般的なセオリーを守ることではありません。
自分たち家族にとっての「うつ療養生活」とは何か、を、自分たちで探っていかなければいけないことです。
しかし、セオリーに縛られて本当に言いたいことが言えなかったり聞きたいことが聞けないままでは、「うつ病の周辺」をぐるぐる回っているだけで、本当にすべきこと、本人がしたいこと、してほしいと思っていることは分からないままです。
自分たちオリジナルの「うつ療養生活」を知るためには、言うべきことを率直に言い合えることが必要です。
そのために、心理的安全性が役に立つのです。
3.心理的安全性が保障されるとどうなる?
まずは、上述したように「率直に思ったことを言い合える」ようになります。
うつ病には、当然ながら配慮が必要です。
しかしその配慮にばかり優先度を置いて、他のことを全部飲み込んで我慢し続けていると、家族側のストレスが増すばかりです。
行きつく先は「共倒れ」です。
共倒れするとき、家族のほとんどは「私はずっと我慢してきた」と思っています。
相手(うつ病)を思えばこその我慢だったのでしょうが、その全てが必ずしも必要ではなかった我慢かもしれません。
我慢しなくていいことは我慢しないように出来ることで、ストレスを減らす効果が期待できます。
また、うつ病本人にとっても、実際に「出来ない」ことと、「頭ではやらなきゃいけないと思っている」ことの葛藤がうつ病の回復を妨げます。
少しでも体を動かしたほうがいい、何か楽しいことを見つけたほうがいい、仕事の代わりに家事を担当したほうがいい、など。
分かっていてもどうしてもできないのがうつ病です。でも「やらなきゃいけない」と思っているから、「うつ病だからできない」と言いづらい。うつ病のせいにして怠けている、と言われるのが怖いのです。
これも心理的安全性が無いからこそ起きる誤解です。
うつ病がどんな病気で、今現在どう辛くて、何が出来なくて困っているのか、というリアルな声は、うつ病本人からしか聞くことは出来ません。
心理的安全性が保障された家の中で、うつの現実を率直に話せることで、不安を減らすことが期待できます。
4.うつ家族の心理的安全性の作り方
心理的安全性を測るポイントは、エドモンソン氏によれば7つの項目がありますが、石井遼介氏はこれを「日本版 チームの心理的安全性因子」として4つにまとめました。
この中の「話しやすさ」に絞って考えてみました。
Point1:誰かの意見を反射的に批判しない
家族といえど、意見や視点が違っていて当然です。しかしそれをすぐに「変」「間違ってる」「おかしい」「黙れ」などと批判していては意見も気持ちも何も共有出来ません。
ん?と思ったら、まずは質問しましょう。
そして自分の意見をアイメッセージ(私は~だと思う)で伝えましょう。
更に他の家族からもどう思うか聞いてみましょう。
この3つで、最初の発言者の意見を中心としてブラッシュアップした対策を考える、というのは如何でしょうか。
例えば「まだ仕事に行くのは怖い」と、うつ病本人が言ったとします。
「だめだ、行け」のような返事はNGです。
「怖い、って、例えばどんなことが怖いの?」と、具体的でない部分を質問してみましょう。
そこで出てきた情報も含めて、「私は〇○だと思う」と意見を出してみます。
同じように他の人にも感想やアイデアを出してもらいましょう。
最終的に「じゃあ、仕事復帰より先に、○○が出来るようにするのはどう?」と、誰にとっても飲み込みやすい意見に育ててみましょう。
Point2:場が「非安全」になるトリガーになる言葉を探す
「頑張れ」がうつ病にとってのNGワード、と言われているように、家族内で「これを言うと必ずうつが悪化する」という言葉があります。
さっきまで普通にご飯食べていたのに、その言葉を聞いた瞬間布団にもぐってしまう、という状態は、家族なら経験したことがあると思います。
そのキーワードを全部NGにすると会話自体が難しくなりますので、うつ病への影響が重大なものを3つくらいピックアップし、家族内でのNGワードにしましょう。
そして、そのキーワードを別の言葉に言い換えましょう。
「それぐらいできるでしょ」がNGだったとしたら、「○○、お願いしていい?」「○○してくれると助かるよ」のように。
言い方は違いますが、内容は一緒です。
Point3:失敗を歓迎する言動を心がける
うつ病の、しかも初期は、うつ病本人も家族も失敗の連続です。やろうと思っても出来なくて落ち込んだり、よかれと思って言ったことが相手を追い詰めたり。
そこで「だから自分は駄目なんだ」と思ってしまうと、何かに挑戦したりアドバイスしようという気持ちが弱まって、うつ病からの回復も療養生活も停滞してしまいます。
出来なかった、は、「今はタイミングじゃなかった」として後の目標へ回しましょう。
よかれ、と思ったのに違ったなら、その「よかれ」を次からは除外できます。ということは次回以降の成功率が上がる、とも言えます。
「次は○○しようね」
と、失敗を学習に切り替えましょう。
5.うつ病は「VUCA」そのもの
コロコロ変わって、確実なことは何もなくて、色んな要素が複雑に絡まっていて、はっきりしないというのはうつ病そのものです。
確かなものが無いのです。今までの成功法則も通用しません。
うつと付き合ってその影響度を小さくして回復へ向かいやすくするために、家族内で心理的安全性を高めて、乗り越えていきましょう。