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ハルキストへの道
村上春樹作品が好きなのだがあまり大ぴらに言ってなかった。
なぜならハルキストと呼ばれる人たちに刺されそう、という軟弱な考えをしていたから。
でも最近覚悟が完了し、どうせなら真正面からハルキストになってやろうと思い、このハルキストへの道を歩き始めたというわけ。
まずはこれまで読んできた作品を列挙してみた。
既読作品リスト
風の歌を聴け
1973年のピンボール
ノルウェイの森
海辺のカフカ
アフターダーク
女のいない男たち
神の子どもたちはみな踊る
そのうえで、読んだことのないエッセイに手を出してみようと、「走ることについて語るときに僕の語ること」をいま読んでいる。
(まんまとランニング欲が高まってきて、ランニングをし始めた)
鼠三部作の最後「羊をめぐる冒険」についても買ってきているので近々読もうとしている。
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「海辺のカフカ」がいちばん好き
既読作品の中では「海辺のカフカ」がいちばん好き。
好きだと言っておきながら、失くしてしまっていたので、ブックオフで最近再度購入した。
それをパラパラと読み直してみたらのめりこんでしまい、もはや熟読してしまっている。
やはりこの作品が一番好きだなと思った。
ならなおさら失くすな!という話だけど、この離れている期間が愛を育む的な何かがいい感じに作用してうんぬんかんぬんで、水に流してほしい。
「海辺のカフカ」についてかいてみると、
カフカ少年パートとナカタさんパートが同時に進行していく物語構成なのだが、
主人公のカフカ少年(15歳)については、とても親近感を得られるようなキャラクターにはなっていない。
話し方も大人だし、自制心を高く持ち、トレーニングや勉強をこなしていく。十分「タフな15歳」だよ!と思う。
ときどき顔が赤くなったりもじもじするところがあっていじらしいのだが、少年性をかなり排除してあるように思える。
逆に、もう一人の主人公ナカタさんパートは親しみの湧く描写が多く、共に行動する星野ちゃんのコミカルなキャラクターも相まって、個人的には森見登美彦作品を読んでいるような親近感とリズム感を少し感じる。
この甘辛なダブル主人公(老人が甘くて、少年が辛いというのもなんだか斬新?)で交互に展開していくからこその読み味がたまらない。
超初期作品とはやはり違う
ぼくは、「海辺のカフカ」あたりの作品から入ったので、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」などの超初期作品は比較的最近読んだものになる。
超初期作品といったのは、この2作は兼業小説家として書き上げた処女作とその次の作品であるから。
力の入り具合や文章的スキル、キャラクターの作りあげ方など「海辺のカフカ」とはやはり違う。
それでも村上春樹ワールドの根幹がすでに出来上がっているのがすごいところ。
僕の求めるところ
そんな違いが見えてきたところで、村上春樹の書く文章が読みたい!というところが「好き」の大枠な部分だと思っていたが、やはり僕が求めるど真ん中のものは
「海辺のカフカ」みたいなやつが読みたい!だと再読して感じた。
ならばなるべく近い年代の作品を読もうと思うのは自然じゃなかろうか。
「海辺のカフカ」の次に出版された長編作品は「アフターダーク」でこれも既読で面白かったのだが少し方向性が違っていた。
では、次の長編作品で言うと「1Q84」だろう。多分。
迷いながら準備を進める
この「1Q84」というタイトル、僕から観れば明らかに「1984年」(ジョージ・オーウェル作)のオマージュであると感じる。
SF作品の傑作であるという噂のあれである。
ということで今「1984年」を読んでいる。ハルキストへの道は険しい。
オマージュ元を読んでいて損することはない。
仮に、オマージュしていないとしても傑作らしいから損はしないだろう。
それにこういう古典的な作品はいっぱいあるけど読むきっかけが自然に、好意的に出てくるのはありがたいことで、そうでないとなかなか読まない。
まあ、ミスったと思ったのは「羊をめぐる冒険」を読了してからにしたかったということ。
「1Q84」と「羊をめぐる冒険」どちらを先に読もうかと幸せな悩みに直面している。
ハルキストへの道、寄り道しながらだらだら歩いていきます。