Keito Nakamura

短篇小説やエッセイを定期的にアップしています。

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最近の記事

言うことを聞かないと、鬼がくる

今日の夕方、スーパーに買い物に行った時、若い女性から叱られている男の子がいた。その子の年齢は四歳くらいだろうか。若い女性は、おそらく母親だろう。 母親は、言った。「鬼がくるよ!」 ようするに、言うことを聞かないと鬼がくる、というやつである。 「いやだ! い~や~だ!」 僕は、泣きじゃくる男の子の横を通りながら、肩身の狭い思いをした。人の言うことを聞かないのは、僕も同じだと感じたからだ。 調子がいい時、人の話に耳を傾けない。調子が悪い時も、ほぼ人の話に耳を傾けない。それ

    • 【短編小説】繰り返される今

       あら? 向こうのソファのうえで携帯電話が鳴ってるわよ。  あたしのは手に持っているから、あたしのじゃないわ。  いったい、誰のかしら。  そうそう。  あなたちょうどいいところに来たわね。  お願いしたいことがあるのよ。  娘に連絡を取りたいんだけど、LINEの使い方を忘れちゃって。  駄目ね、年を取るとこれだから困るわ。  メッセージって、どうやって送るの?  ええ、え? メッセージはちゃんと送られてる?  へえ、そうなの?!  でも、返事がないわ。   きどく?  きど

      • 褒められたい餅

        僕は、褒めるのが苦手だ。 だから、褒めるのが上手な人を見ると、大人気なく嫉妬することがある。たとえば、イタリア人男性がそうだ。 これは僕の勝手なイメージだけれど、イタリア人男性は褒めるのがうまい気がする。呼吸するくらい自然に、誰かや何かを褒めている感じがするのだ。 残念なことに、僕は典型的な日本人だし、呼吸して自然に出てくるのは、誉め言葉ではなく二酸化炭素だけだ。 だから時々、イタリア人男性に思いを馳せながら、「あんなふうに褒めることができたらいいのになあ」と、センチ

        • 気難しい五十円玉

           智哉とは、保育園からの幼馴染で腐れ縁だ。  小学校に入ってから、ずっと同じクラスだった。  僕は、智哉のことがあまり好きではない。  理由はケチ過ぎるから。  本人は気づいていないけれど、友だちのあいだで「ケチケチマン」と呼んでいる。  智哉のケチぶりは、すさまじいものがあった。  たとえば、一カ月前に智哉の家に遊びに行ったとき、僕が「喉が渇いたから水飲ませて」と言うと、水がもったいないからダメだと断られた。  水なんて蛇口から、いくらでも出てくるじゃないか。  僕がふてく

          【短編小説】幻の珈琲

           三時間、その状況は続いていた。  母はキッチンに立ち、隣に住む加藤さんにトマトをいただいたとか、今年のお盆は家族で旅行に行きたいとか言っている。  話し相手は食卓テーブルの椅子に座わる父だった。 「あなた、今年のお盆は仕事の休み取れ……」  いつまでそうやって話し続けるつもりなのだろうか。  私の我慢が限界に達した。 「お母さん、いい加減にして!」  珈琲が入ったマグカップを壁に投げつけ、母の言葉を止めた。  陶器の破片と珈琲が、花火のようにそこら中に飛び散っている。 「何

          【短編小説】幻の珈琲