つれないつり(5) ボラ
満潮が過ぎた。月に照らされた運河の表面が騒がしくなってきた。たくさんのミミズのようなものが、そのボデイから考えられないようなスピード動いている。
普段、海底にいるゴカイ、イソメなど、海のミミズのようないわゆる多毛類という生物が、交尾のために巣穴から出てきて水面を漂う。これを「バチ抜け」という。ゴカイが太鼓のバチに似ているからそう呼ばれているそうだ。短いバチ、長いバチ、いろんなバチが私の目の前で動いている。
大阪湾の工場近くの運河で、自然の営みが夜毎に行われている。生命の神秘というのは都会の運河にも潜り込んでいる。グロテスクなその風景はなかなか見られないものではある。一部の好事家のためにバチ抜け鑑賞ツアーを企画してみるのもいいかもしれない。
大量のバチをスズキが捕食するタイミング、つまり、絶好のシーズンなのである。大阪では5、6月が最盛期を迎える。バチに似たルアーを投入すればいいだけで、アクションも簡単だ。ゆっくりと巻く。ただそれだけでいい。大分では惨敗だった。釣り方の手がかりさえ掴めなかった。自分の腕が未熟なことはもちろん。だが、タイミングも悪かった。今回は絶好のチャンスだ。この前、一緒にカヤックフィッシング に行ったSと、新たにTを誘って、ここに来た。Tはブラックバス釣りをしていて、釣りの知識はある。Sは相変わらず糸の結び方さえ知らない。
ピチャピチャとバチが動いて波紋が起こる。その真ん中に投げ入れる。期待をせずに巻いていると、スッと吸い込まれる不思議な感覚があった。しかし、それだけだった。もう一度投げてみた。スッと吸い込まれて、カン!とアタリがある。魚だ、これは。しかし、掛からない。何度か同じアタリがあるが掛からない。魚が小さいからだろうか。
「来たー!」
Sが大きな声を出した。竿がぐいぐいしなっている。
「タモ!」
Sが私に指示を出す。私はSの横にスタンバイする。銀色の大きな魚が上がってきた。這いつくばってタモを伸ばす。うまく魚が入った。ハネである。
ハネはスズキ の幼魚のこと。関西では40センチまでをセイゴ、40-60センチまでをハネ(関東ではフッコ)、60センチ以降をスズキ という。
なんとはじめに釣り上げたのはSだった。50センチほどの精悍なハネであった。
「こっちも来ました!」
Tが言った。急いでタモを持って駆けつけた。どうもさっきと形が違う。チヌであった。30cmほどで、少し小ぶりながら良いサイズだ。
「来た!」
とまたSが言う。彼はまたハネ釣り上げた。私はタモですくい上げた。
私には一向にアタリがない。とても焦っている。どうも、Sを見ているとかなりゆっくり巻いている。Sを真似してゆっくり巻くがアタリはない。そもそも、糸の結び方さえ知らないSの真似をどうしてしなくてはならないのだ。バチ抜けというものがあることを調べたのは私だ。さらに、ポイントまで調べて、車まで出して私はみんなを連れてきた。すべて私がプロデュースした。しかし、私は釣れない。私の立場はない。ここは人が多い。ここにいるから釣れないのだ。私は独り、別のポイントへ移動した。
その甲斐はあって、早速カン!とあたりがあった。激しい抵抗がある。魚が掛かっている!猛スピードでジャンプする。竿がギューンとしなる。パワーが違う。無我夢中でリールを巻く。心臓がバクバクする。外れないでくれと念じながらリールを巻いて魚を寄せる。魚が姿を現した。ハネだ。よし、ハネだ。周りには誰もいない。自分で魚を取り入れるしかない。左手で竿を立てて魚を寄せ、右手でタモを出す。意外とすぐに抵抗をあきらめ、こちらに素直にやってくる。タモに入れようとしたちょうどその時、諦念したと思っていた魚が急に暴れ出した。そして、どこかへ行ってしまった。糸の先は軽かった。取り込む時に、ルアーのフックがタモにかかって、魚から外れてしまった。焦って取り込もうとしてしまった。もっと弱らせてからタモ に入れるべきだった。
Sたちのところへ戻った。魚をバラしたと言うがみんな信じていない。
「来た!」
Sが言った。竿がかなりしなっている。これは大きそうだ。私はタモを持って待機する。魚が近づいてきた。でかい。私はタモですくい上げた。今までの魚よりはるかに重かった。パンパンに太ったボラだった。80センチはあったろうか。そして、ボラは臭かった。
それ以降ぱったりとアタリがとまったので帰った。私はみんなを家まで送った。ボラをすくい上げたタモは車中でとても臭かった。帰って風呂場で一人タモを洗った。
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